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第二話 プールの人魚

 グラウンドに槌の音が響く。次々と物資が搬入されて仮設住宅が建てられつつあった。生徒たちも不安そうに作業を見守るだけという訳にはいかなかった。動かせる人手には限りがある。男女問わず労働に従事せざるを得なかった。幸いにも肉体能力の強化は全員が与えられているので、特別苦に思う者はいなかったが。


 しかし問題はそれだけではなかった。


「ねえ聞いた? あの話」

「聞いた聞いた! 三河くんまだ捕まってるんだって!」

「ウソでしょ!?」

「どうせ余計なこと言ったんでしょう。自業自得よ」


 女子生徒たちの会話も耳に入ってくる。


(あー……やっぱりそういう噂広まってんのか)


 ショウタが密かにため息をつく。

 彼女たちは同級生であり怨敵でもあった。


「しっかしアタマにきちゃうね! 三河だって別に悪いことしてないのにさ!」

「まあまあ、落ち着きなって」


 怒り心頭といった様子の女子生徒を他の女子生徒が宥める。


「でもさぁ、ちょっと酷くないかな?」

「いやー、あいつが下手こいただけでしょ」

「そうかもしんないけどさ……」


 本人が近くにいるのだが、この化けっぷりでは流石に気づかないようである。その点だけは救いと言えた。

 正直今の自分が三河ショウタだと言って信じる人は少ないと思う。


(オレだって信じたくないけど)


 彼女たちの態度を見る限りでは飢えや兵士からの暴行で苦しんでいる様子もない。威令の徹底ぶりが素晴らしい。ショウタ自身は現場の責任者と面会しただけで、細かいことはあのロディニアという女が指示していたから、彼女の手腕も大きいのだろうが、それにしても王子様直々に『槍友学園』の庇護を命じた重みもあるのだろう。


「三河くんってほんとダメダメよねー」

「ホントだよねー」

「陰気だし根暗だし」

「しかも童貞っぽいし」

「「ギャハハハハ!!」」


 盛り上がる彼女達を尻目に、ショウタはその場から離れた。


(アイツ等もアイツ等だよな……人のこと好き勝手言いやがって。誰のおかげで寝床と飯に困らないと思ってるんだ)


 砂埃を巻き上げながら騎士が馬を走らせる。騎士はヘルメットを脱ぎ捨て、兜に付着した汚れを払い落としながら、ショウタの目の前に降り立った。


「ボリュームリヒ殿下、本日はどちらに?」


「う、うむ。ひと通り様子を見て回り次第、体育館に戻りま……戻るつもりだ。あまり目立っては邪魔になろう。一人で十分だ」

「承知いたしました」


 恭しく一礼すると騎士は踵を返し去っていく。

 ショウタは内心ほっと胸を撫で下ろした。


(ふぅ~危ねぇところだったぜ。あのままだったら確実に怪しまれるところだった。殿下……殿下か)


 改めて自分の立場の変化に戸惑いを隠せない。本物の王子は消息不明のようだが、もしひょっこり登場でもしたら自分は確実に処刑だ。そんなことになったら元も子もない。


 そもそもどうしてこんなことになってしまったのだろうか? あの光で学園の周囲は変わり果て、ショウタを含む数十名の容姿までファンタジーと化している。


(他の化けた奴らはどうしてるのかな?)


 あたりを眺めても、正直この世界の人間との区別があまりつかない。話しかけようもなかった。後でリストでも見せてもらおうと思った。


 プールのあたりまで来ると流石に喧騒も遠ざかっていく。学園の敷地ギリギリの一角。鍵は掛かっていない。


「お邪魔しまーす……」


 そう言ってプールサイドに入る。すると突然、顔面に水を浴びせられた。水泳の季節も終わり掃除もされていない。濁った水が口の中に侵入する。


「グヘッ!? ペッペッ!!」


 咳き込みながら前を向くと、そこには人がいた。正確には着衣の上半身だけが水面に出ている。


「アンタ誰?」

「烏洞さんっ……! まずいよ、けっこう偉そうな人だよ!」


 濁り水からの警告を無視して、横合いから挑みかからんとする女の存在をショウタはすぐに悟った。


(烏洞かよ。クソ面倒な) 


 烏洞ユキノと三河ショウタは最近急速に犬猿の仲となった。互いにそれなりの正当性のある揉め事だったせいで両者一歩も譲らず、最終的には味方の数の差でショウタは大敗した。


 この場で素性を明かすべきか、それともあくまで王子として振る舞うべきかショウタには判断しかねた。とりあえず名乗ることすらやめた。


「交流のない女性をいきなり訪問する非礼は詫びよう。だが怪しい者ではない。仕事で来ている。そこのプールにいる人魚は椿井リヤさんで間違いないな?」

「そう……だけど。ねえ、アンタマジでなんなの?」

「ここから先は個人情報に当たるので部外者の烏洞さんにはお帰り願いたい」


 ショウタはそう言って手を振って追い払う仕草を見せた。


「はあ!? 何その態度ムカつくんだけど!」


 案の定、憤慨したユキノが突っかかってくる。


「待て待て待て待て。友人を心配する気持ちを汲んで証拠を一部だけ見せよう」


 と、袋から取り出したのは貝殻ビキニであった。


「やっぱり変質者じゃん!!」


 すかさず首入腕挫を決められそうになり、ショウタは必死に弁明した。


「待て待て待て待て! 人魚としての生活に不便しないようにわざわざ遠方から取り寄せたんだぞ。書物の内容も口頭で教えてもらったんだぞ。他のモンスターっぽい人々にも同様にそれぞれの特性に合わせた品々を……痛い、痛いって! いい加減にしろよ、王子の……王子に向かってこの無礼者共が!」


 最後の一言を聞くと、ユキノも少し冷静さを取り戻したのか拘束を解く。先ほどまでの勢いはなくなり、声のトーンが低くなる。


「アンタ本当に王子なの? じゃあ何が目的なのよ? まさかとは思うけど、えぐい性癖のためにやって来たんじゃないんでしょうね?」

「相変わらず失礼な奴」


 ぼそぼそと呟くショウタに対し、ユキノはさらに詰め寄る。


「答えなさいよ!」


「少し落ち着こう? 私も最初はびっくりしたけど今なら大丈夫。 ねっ?」

 椿井リヤが二人の仲裁に入る。


 これでようやく収拾がついたので、ショウタは水質や水温を調整する魔石やら人魚が使うという洗剤や化粧品などを説明書とセットで渡した。


 その他にも人魚に関する様々な知識について説明していく。


「つまり、わたしはこれから一生このままってこと……? どうしよう? ママに会いたいよ……」


 涙ぐむリヤをユキノが慌てて慰め、ショウタも加勢することにした。椿井リヤに対しては特に恨みもないので、自然と善性が発揮される。これが烏洞ユキノであれば、嘲笑したであろうことは想像に難くない。


「魔法がある世界なんだからきっとそのうちどうにかなるって!」

「優秀な部下たちが全力を挙げてこの問題に取り組んでいる。心配無用だ」


 こういう場面で爽やかな顔ができるのは美男の特権なのだろうか? だとすれば以前の三河ショウタが余計に惨めになるなと、自分で台詞を吐いておきながら自己嫌悪に陥った。


(戻ろう。なんか疲れた。コイツらじゃ食えない豪華な飯を食ってやる。専属の料理人に作らせた異世界名物をな)


「あっ……あの……ありがとうございました。あとちょっと気になることがあって……同学年の子が捕まったままって話を聞いて……三河くんって子なんですけど、何か知りませんか?」

「リヤがあんな奴の心配なんてすることないって」

「でも……私だけこんなに良くしてもらっておいて……」

「ああ、彼のことか」


(なんでオレが自分の安否確認をしているんだ)


 なるべく笑顔を崩さないように、リヤにはこう告げた。


「これは直接確かめた情報ではないのだが、不幸なことに意思疎通が円滑になる前のタイミングで現場の兵士からひどい暴力を振るわれたらしくてね。ここじゃ手に負えないということで専門の病院に運ばれたそうだよ」

「……そうなんですね」


 嘘八百とはまさにこの事だが、二人を尻目に、その場を後にした。

最低でも週一回の投稿を目指して頑張ります。


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