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第十四話 パパ上を取り戻せ

 どこでボリュームリヒの負傷を聞きつけたのか見舞い客が絶えない。面会謝絶という名目で追い返しているため、ショウタが対応に煩わしい思いをせずに済んでいるものの、それはそれで退屈ではあった。熱はまだ下がらず、寝ているだけでもしんどいことにはしんどいのだが。


 ロディニアが包帯を交換するために部屋に入った。ノックさえしない。


「失礼いたします」


 返事も待たずに近づいてきた彼女は手慣れた動作で患部を露出させた。


「脈を測らせていただきます」


 彼女の手が自然に太腿へと滑る。ショウタは若干身を硬くした。


「殿下?」

「いや……なんでもない」


 彼女は怪訝そうに首を傾げながらも手首をしっかりと固定した。


「慣れていないんだ」

「遠慮など不要です」


 突然ぐいと引っ張られ、太腿に腕が密着した。


「これで脈が取りやすいでしょう?」


 ロディニアの服装は白いナース服。どうやら生徒会長のゲームデータと文化祭のコスプレ衣装から抽出したらしい。


「ところで、副会長の件はどうなった?」


 生徒会副会長の村前カナが、剣と魔法のファンタジーの象徴ともいえるドラゴンを一人で抑え込むなどというイレギュラーのほうが、暗殺者の行方などよりよほどショウタは気になった。ちなみに、下手人には案の定逃げられている。


「まずは養生を。詳細はまた後日」

「退屈しのぎだ。話せ」

「そこまでお望みとあらば……手短に述べると、我々の見地からも副会長の『投石』は常識外れも甚だしいことこの上なく、まさに異能です」


 ショウタだってロディニアやその一派と過ごすうちに彼らの実力をなんとなくはわかったつもりでいる。個人差はあるにせよドラゴン相手に丸腰同然で立ち回るほどの猛者はこの異世界には存在しえないのだ。そこを平然と乗り越えたのが村前カナである。


「それと、種類は異なりますが他の生徒にも能力の片鱗が確認でき……」

「まあ、一人だけというのも不自然だからな。おいおい対策を練るとするか」


 集中力の低下したショウタはそれだけ言うと布団を被った。


 新たな見舞い客が現れたという知らせを受けたのはそれからすぐのことだった。


「聖女様、また新たな見舞い客です」


 廊下で揉めているらしく侍女たちの声が響く。ロディニアは眉をひそめた。


「お引き取り願うよう申し伝えましたが?」

「それが……名乗りはしないのですが、かなりの身分の方らしく……」

「私が直接対応します。待たせておくように」


 応接室に入ると、その中央に佇む少女の気高さに聖女の目が眩むかのように細められた。


「これはこれは……噂の『邪宗聖女』でいらっしゃいますのね。このような場所でお会いできて光栄ですわ」


 わざわざ邪宗とつけて憚らないあたり、やはり高貴の身の上であろう。着ている物も非常に凝っていてロディニアは見惚れる思いであった。


「これはご丁寧に。してあなたの御名は?」


「我が身を晒す価値などこの場にはございません。ですがあなたの職務に免じてボリュームリヒの娘であることは申し添えておきましょう」


 ロディニアは一瞬息を呑んだ。


「……失礼ながら、なぜ公爵家のご令嬢がこのような辺境に?」


「パパ上の看病に馳せ参じるのが娘の務め。それ以外に理由など必要なくてよ?」


 聖女は思案した。もし王子の正体が露見すれば取り返しのつかない事態になりかねない。


「申し訳ございませんが殿下は絶対安静の身。いかなる者とて面会は控えていただきたく存じます」


「そのような建前など通用いたしませんわ。そもそもモアラーズ公爵家の侍医を差し置いての治療など笑止千万。パパ上が直接お話しできない以上、わたくしはあなた方に疑義を申し立てる権利がございます」


 令嬢の堂々たる態度にロディニアは内心動揺を隠せなかった。



「殿下……事の次第をお伝えしなければなりません」


 ロディニアが説明した内容を聞いたショウタは呆然とした。


「ボリュームリヒの娘? しかも実の? 年齢的におかしくないか?」

「戸籍上は実子。表向きは側室の子どもとされていますが……」

「養女ではないのか?」

「形式的には実子。年齢的におかしいとはいえ王子が認知されている以上扱いとしては実子とする他ありません」


 ショウタは不安げな表情を浮かべた。


「お任せください。私が適切に対処いたします」

「まあ待て、オレに自信がない。せめて一芝居打つ必要がある。重体のふりなんてどうだろう?」

「そのような真似をすれば公爵家に介入の口実を与えてしまいます」

「ではどうする?」

「最終手段ですが……」


 ロディニアはナース服の裾を軽く摘まんだ。


「殿下の名声に傷がつく心配はございません。『英雄色を好む』とはボリュームリヒ王子のためにあるような言葉です。中には意味をはき違えて『色を好むゆえに英雄』など抜かす愚者も……おっとこれ以上は余談ですね」


 彼女が手を鳴らすと、侍女や女騎士のうち気の利いた数名が集い、ベッド周りに帳を張った。


「ん……っ…」


 侍女の一人がショウタの肩に手をかけ、女騎士が別の角度から接近する。影絵のように映し出される姿勢は微妙に淫靡な様相を呈していた。


「ここからが肝心です」


 ロディニアは帳の隙間から覗き込んでタイミングを計る。侍女たちのポーズや枕やクッションの位置を細かく修正した。


「もう少し足を開いて……そうそう」

「胸元は緩やかに開けて自然な感じを」

「声のトーンは甘えるように」


 完璧に仕上がった演出にロディニアは満足げにうなずいた。大敵を迎え入れる準備は整った。


「こちらです」


 案内された部屋の前で令嬢は眉をひそめた。


「なにか……妙な空気ではありませんこと?」


 ロディニアは涼しい顔で微笑む。


「病人の寝室ですから多少湿気もあります。さあどうぞ」


 ドアを開けるとベッド周りの帳が目に入る。令嬢が怪訝な表情を浮かべる中、ロディニアが恭しく頭を下げた。


「愛娘のパドラがお見舞いに……ん?」


 ショウタの呻き声が止まり室内の雰囲気が一変した。薄暗い中で帳の内部が激しく揺れる様子にパドラの目が丸くなる。


「まぁ!」


 パドラの顔から血の気が引いた。薄暗がりの中では男性の半身に複数の女性が絡みつくシルエットが蠢いていた。


「ゴホンッ! パドラお嬢様、ボリュームリヒ殿下は現在『医療行為』の最中ですのでこの場はお引き取りを……」

「最っっ高ですパパ上様♡ いよいよわたくしの愛を受け入れてくださる気になったのですね!」


 ロディニアの目が点になる。完全に想定外のリアクションだ。パドラは興奮した面持ちで叫び続けた。


「他の者どもがいるのは気に入りませんが、この際小異は捨てます。わたくしも受け入れてくださいまし」


 次の瞬間、パドラが突進するようにベッドへ駆け寄った。帳が跳ね除けられ隠れていた女たちが転げ出る。見せかけの態勢が一瞬で露見した。


「こんな風にわたくしをバカにするなんてひどい」


 パドラの目には涙が浮かんでいた。周囲の空気が凍りつく。


「ママ上がありながら邪宗の徒にたぶらかされて、所領もポンポン寄進して……『親育』をしくじってしまいましたわ~~!!」


 彼女の悲痛な叫びが室内に響き渡る。ロディニアは眉をひそめショウタと視線を交わした。計画通りにはいかなかったものの、思わぬ方向から突破口が開けたようだった。


ここまで目を通してくださりありがとうございます。

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