第十三話 青天の霹靂
ショウタ率いる一行が現場へ到着するや否や目の当たりにしたのは異様な光景だった。
「あれは……何だ?」
カナが投げつける瓦礫は通常ではありえない軌道を描きドラゴンに突き刺さっていた。物理学法則を完全に無視した投擲は最早神業と呼ぶしかない。
「うっし! いっちょやってやろうじゃんかぁ!」
カナが吼えたその時、別の個体が突撃してくる。カズオが肉壁になろうとしたところに、
「邪魔すんなぁああッ!」
凄まじい剛腕の一撃でカズオを殴り飛ばすカナ。次の瞬間には瓦礫が火炎放射器のごとき勢いで発射されドラゴンを吹き飛ばした。
「副会長……凄すぎだろ……」
ショウタ一行は呆気に取られたまま戦闘に加わった。弩や弓を放ちながらも確実に戦況は膠着していく。ショウタも決死の覚悟で一太刀浴びせるが、前線の疲弊は無視できない。そこかしこでドラゴンが暴れ回っているのだ。倒壊した家屋から逃げ出す生徒たちの影が霧に紛れては消えて行った。
「殿下……このままでは皆が消耗するだけです。一旦街の砦まで退避しましょう」
ロディニアの進言に対しショウタは激昂した。
「ダメだ! ここが落ちればオレには他に行く場所なんかない!」
「……ならば」
ロディニアの瞳に決意の色が浮かぶ。
「王族のみが使える究極奥義を試す時です。万が一失敗しても私が責任を取ります。成功すれば一網打尽にできます。もし不能と悟りましたら一刻も早く本営へ戻ってください」
その言葉にショウタは息を飲む。そして――
突如として地面から現れた巨大な触手が彼を掴み上げる。
「うおっ!?」
そのまま高速で運搬されるショウタ。視界がぐちゃぐちゃに歪んだ。数秒後、校舎の屋上へ放り出される。
「こっちへ!」
ロディニアが駆け寄ってくる。
「霧を吸収すればドラゴンたちは自然に散ります。以前の要領です」
ショウタの脳裏に閃光が走る。いつぞやの墓地でやったあれだ。ロディニア曰く、エネルギーを舐めとる感覚を学園全体にまで拡張せよとのことだ。
「ふぅぅ……」
濃厚な霧が渦巻き彼を中心に吸引されていく。やがて晴れ晴れとした青空が可視化されると、無数のドラゴンも居心地が悪そうに動きにキレがなくなる様子が屋上からはよく見えた。
「ここでダメ押しです」
ロディニアが毅然と告げる。剣から放たれる光を周囲に散布せよということらしい。
「イメージがよくわからない」
ショウタの率直な質問に彼女は一瞬考える素振りを見せた。
「そうですね……立ち小便のイメージでお願いします」
「おっ?」
あまりにストレートすぎる比喩に思考が停止する。
「恥ずかしくないのか?そんな例え方をして」
「弟たちのしもの世話で慣れています」
恥じらい一つ見せず淡々と応じる彼女に一抹の尊敬を覚える一方で複雑な心境を拭えないショウタであった。
「まあ……わかったよ」
目を閉じ集中すると剣から放出される光がオーロラ状に四方へ広がっていく。それは確かに液体のように空中を漂いながら地上のドラゴンたちへと降り注いでいった。
「グォォォ……」
呻き声のようなものが聞こえる。ドラゴンたちは徐々にその場から退散したがっているようだ。ついでに現場の兵士たちも元気いっぱいで、むしろ獲物を逃すまいと追いすがっている。
ロディニアはわずかに安堵の色を見せた。
「殿下のお力添えで兵も回復しています。じきに片付くでしょう」
「うむ、こちらこそ協力感謝する」
ショウタは剣を収めながら返答した。
「こちらの無理に付き合わせてすまなかった。これまでもオレの見えないところで苦労をかけたと思う。何か褒美を……」
唐突な痛みで言葉が途切れる。灼熱のような感覚が右肩を貫き、次の瞬間には膝から力が抜けた。倒れそうになる体を支えようと剣を杖代わりにするも、腕が思うように動かない。
「ぐぐっ……!」
肩に視線を向ける。そこに矢が突き立っていたことに彼はしばらく気づかなかった。痛みと驚きで思考が一瞬真っ白になる。
「殿下!」
ロディニアの叫びとともに手際よく周囲を警戒しながらショウタを支える。
「校舎内に退避します。動けますか?」
ショウタはうなずこうとしたが、痛みで顔が引きつった。
二人は校舎内へと急いだ。扉が閉まった瞬間、外界の喧噪が遠のいた。階段の踊り場でショウタはついに力尽きたように座り込んだ。荒い呼吸が二人の間に響く。
「応急処置を」
ロディニアは冷静さを保ちながらショウタの肩を固定した。
「誰の仕業だ?」
ショウタは歯を食いしばりながら問うた。
「それが……」
ロディニアの表情に憂いが浮かぶ。
「殿下の存在を確認するための罠かもしれません」
「罠?」
「ええ。ボリュームリヒ殿下の正確な位置を把握するために仕掛けられた陽動。あなたが実在することを敵勢力が確かめるための……」
説明を遮るように再びショウタが呻いた。
「念のためもう一度言っておくが、オレは三河ショウタだ。他の化けた連中にも確かめるがいいさ……皆地球人を自認しているぞ」
ロディニアは手を止めずに小さく微笑んだ。
「お戯れを。今は治療に集中してください」
「都合よく魔法で治らないのか? さっきのオレのあれも回復系じゃあなかったのか?」
「回復といっても精力増強ですから。傷病には専門の術者がいます。ただ……」
彼女は周囲を窺うような素振りを見せた。
「医療班を呼ぶリスクもあります。私がここを離れてしまっては殿下がお一人に」
ショウタの額には脂汗が滲む。痛みの波が再び襲ってきた。薄暗い階段室に彼の苦悶の声がかすかに響いた。
「……本当にオレが狙いなのか?」
「可能性は高いでしょう。学園の混乱はあくまで陽動。彼らが欲しているのはボリュームリヒ王子の命」
「くそっ……」
ショウタは拳を壁に叩きつけようとして痛みに顔をしかめた。矢羽が震える。
ロディニアの指が矢を引抜くと同時に彼女の表情が厳しさを増した。
「毒が塗られています。急いで処置を」
躊躇いも見せず唇を傷口に寄せた。柔らかな感触とともに痛みが走る。彼女は何度も吸い出し、唾液で傷口を洗い流した。
「聖女としての加護により、毒耐性はある程度ありますが……」
彼女の眉間に皺が刻まれる。
「矢に仕込まれたのはかなり強力な神経毒のようです。意識を保てるうちに移動を……」
ショウタの視界が揺らめいた。痛みは麻痺するように鈍くなり、代わりに全身の感覚が遠のいていく。
(ちくしょう……こんなところで倒れてたまるか)
だが意識は急速に霞み始めた。ロディニアの声がぼんやりと遠くから聞こえる気がした。
朦朧とした意識の中でショウタは呟いた。
「……王子なら……せめて……」
言葉が宙に溶けていく。
「社交界で……美女に囲まれて……ちやほや……」
自分の声すら他人のもののように聞こえる。
「……されてみたいものだ」
最後に見たのはロディニアの心配そうな顔だった。その後の記憶は混沌とし、現実と夢の境目が曖昧になった。
まずは10万字を目標に頑張ります。




