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第十話 我らの教室

 教室のドアを開けると懐かしい匂いが鼻を突く。埃っぽさと黒板消しの粉っぽさが混ざった独特の香りだ。机と椅子が整然と並ぶ風景は以前と何も変わっていない。


(この場所は……何も変わらないのか)


 鞄を手に取り中に忍ばせていたスマートフォンを確認する。液晶画面は真っ暗で充電切れを示していた。カズオとの一件で手動発電機の存在を知って、密かにスマホを回収する機会を狙っていたのだ。


「何をしているの?」


 突然背後から声がかかる。振り返るとそこには烏洞ユキノが立っていた。眉を吊り上げ鋭い視線を向けてくる。


「……見回りだ」


 咄嵯に出た言い訳だったが通用しないことはわかっていた。


「嘘よ。雰囲気でだいたいわかるわ」


 彼女はゆっくり近づきながら言葉を続ける。


「白馬に乗った王子様は人の私物を盗む趣味でもあるの?」


 明らかな挑発だった。ショウタが動揺する姿を見越しての発言だろう。


「人聞きの悪いことを言うな。確認していただけだ」

「へえ? じゃあその手の中の物は何?」


 ユキノの指摘通り右手にはスマートフォンが握られている。慌てて隠そうとするが既に遅い。


「これは……」

「泥棒さん、教室から出て行ってもらえないかしら?」

「待て。話を聞け」

「嫌よ」


 冷酷な一言と共に彼女は脚を踏み込む。素早い動作でショウタの右膝裏を蹴り飛ばした。


「ぐっ!」


 衝撃でバランスを崩しかけたところへ更なる追撃が来る。今度は左脇腹に強烈な掌底打ち。痛みに耐えながら体勢を立て直そうとするがうまくいかない。


「無駄よ。さっさとそれを渡しなさい」


 視界がぼやける中でも彼女の冷笑だけははっきり見える。どうやら本気で渡すとは思っていないらしい。むしろ逆に隙を見て奪おうとしている節さえあった。


「相手が誰であれ他人の持ち物を何の断りもなく押収するなんて……それでも王子様? 白馬に乗る練習でもしたらどうなの?」


 嫌味を言い放ちながらショウタの手首を掴もうとした瞬間——


「助けてくれェエエ!!」


 廊下から絶叫が聞こえた。続いてドアを蹴破る勢いで新田カズオが飛び込んでくる。


「くそぅ! あの鬼みたいな女騎士に追われてるんだ! 匿ってくれェッ!!」

「ちょ……」


 制止しようとする暇もなくユキノに向かって叫ぶ。


「烏洞も手伝ってくれよ! あいつ完全に正気じゃねえって!」


「……はあ? なんで私がそんな面倒事を?」


 呆れ果てた声色だがどこか楽しげでもある。


「頼む! この恩は必ず返すからさ!」

「ふざけないで。第一アンタ、アンケート結果を渡しに行くって約束はどうなってるの?」

「そ……それは後でちゃんと……」


 言い淀むカズオに対してユキノは肩を竦めた。


「まあいいわ。それよりも今はあの白馬の王子様をどう処分するかが問題よ」


 不審に思いつつも追い討ちをかける。


「さっきみたいに逃げるなら捕まえるけど……」


「……」


 俯いたまま無言のショウタにユキノは苛立ちを覚える。


「おい! 急げってば! あと十秒もしない内に―」


 カズオの悲痛な叫びと共に教室前方の壁から光が差し込んだ。ドアが蹴破られるとともに凛とした声が響き渡る。


「そこまでです。殿下を不当に拘束する行為は見過ごせません」


 現れたのはロディニアだった。彼女の背後には衛兵隊長も控えている。


「逃げ回るとは卑怯千万ですね会長さん」


 氷点下のような微笑みを浮かべながらカズオを睨む。


「ご……誤解だ! ただのコミュニケーションだよ!」

「コミュニケーションなら正面から堂々とすべきではありませんか?」

「いやぁ……その……」


 言い逃れしようとするも既に状況は最悪だ。ショウタに助けを求めようとするも王子は完全に沈黙を保っている。


「ほら見たことか」


 ユキノが溜息混じりで吐き捨てる。


「三河なんかと同じ轍を踏むなんてごめんよ」


 その言葉にショウタの表情が一瞬固まったのを彼女は見逃さなかった。


 王子の顔色が確かに変わったように見えた。青ざめたような表情には明らかな動揺が浮かんでいる。それを見逃さなかったユキノは不吉な予感を覚えた。


 何か隠している。直感的にそう感じ取った彼女は視線を逸らさず見据え続ける。


「さて」


 ロディニアの声が一層厳しくなる。


「この事態の説明をいただきましょうか」


 教室内の空気が一気に緊張に包まれた。


 ハンドルを回す音がどこからともなく聞こえてくる。まるで落雷の前触れのようだ。


「殿下! この者たちはやはり刺客に違いありません!」


 衛兵隊長がやる気満々に剣を構える。


「お待ちください!」


 スライディングするような勢いで立島ノウジロウが教室に滑り込んできた。額に汗を光らせながらも、その手には先ほどカズオとショウタが遊んだゲーム端末がしっかり握られている。


「会長が失礼を働いたのは確かに事実ですが……」


 言葉を選ぶように慎重に続ける。


「しょせんは戯れ言です。我々の電子遊戯で殿下のご機嫌を伺うつもりで参上しました。ご確認ください」


 そう言ってロディニアに端末を差し出す。画面には充電完了の表示が煌々と光っている。


「どうか……」


 深々と頭を下げたままノウジロウが懇願する。


「……お赦しを」


 沈黙が流れる。その静けさを破ったのは意外でも何でもない人物だ。


「くだらない」


 ロディニアの一言は鉛のように重い。


「たかが遊戯で殿下を辱める行為など不敬罪に他なりません」

「はいぃぃっ!?」


 ノウジロウは仰天しながら飛び上がる。


「ロディニア……」


 ショウタがようやく口を開いた。


「そこまで言う必要はない。立島の誠意を思えば十分だ」

「ですが……」

「オレが預かると言っている。それにお前も相当無茶をしたようじゃないか」


 ガラスが割れたドアにショウタが視線をやった後、


「烏洞は新田と立島に感謝しておくように」


 ユキノは涼しい顔で応じる。


「私は単なる正当防衛よ。白馬に乗った王子様には関係のないことだけど?」

「まったく……」


 ショウタは溜め息交じりで苦笑した。


「今日はここまでにしよう。皆解散だ」

「しかし殿下!」


 ロディニアが食い下がる。


「ロディニア」


 今度は断固たる口調だ。


「命令だ。下がれ」


 彼女の目が一瞬揺れるが、すぐに従順な態度に戻った。


ここまで目を通してくださりありがとうございます。

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