【第5章】“怒りの行き場”がないから、AIが殴られている
次に落とされたのは、
喫茶店でもギャラリーでも制作現場でもなかった。
目を開けると、真っ白な空間に無数の文字が浮かんでいた。
タイムライン
いいね
バズり
炎上
責任は誰にある?
AI禁止しろ
創作の敵はAIだ
未来人
「……ここか。SNSの内部空間。」
この時代のSNSは、現実よりも正直な場所だ。
そして、現実以上に“歪む”場所でもある。
◆ SNSは“テンションを循環させない装置”
タイムラインを歩くと、どこもかしこもAI批判の投稿で溢れていた。
「AIのせいでクリエイターが食えない!」
「AIイラストは犯罪だ!」
「AIは文化を破壊する!」
「AIに頼る奴は努力不足!」
怒号のような言葉の群れ。
だが俺には、怒りの“質”が違って見える。
未来人
「……これはAIへの怒りじゃない。
AIに『投影』された別の感情だ。」
SNSはテンション理論的に見れば、最悪構造だ。
・反発は吸収されない
・感情だけが増幅される
・還元は発生しない
・テンションが行き場を失う
その結果どうなるか。
“停滞テンション”が生まれる。
つまり――
怒りだけが積もり続ける状態 だ。
◆ AI叩きは「怒りの出口」にされている
前方で、議論しているアカウント群が見えた。
「AI使いは人を踏み台にしてる!」
「AIは人の努力を奪う!」
「AI文化に未来はない!」
未来人
「……いや、そうじゃないんだよ」
俺は声をかける代わりに、近くの投稿の波へ手を突っ込んだ。
すると、背後に“本音”が浮かび上がった。
『自分は努力したのに報われない』
『作品が見られないのが怖い』
『社会が冷たく感じる』
『価値が奪われるのが怖い』
『不安だ』
未来人
「やっぱりな……」
AI批判の言葉の裏には、
AIとは無関係な“人間自身の痛み”が詰まっていた。
◆ SNS構造=テンションが一切循環しない世界
「おい! 未来人!」
どこからか怒声が飛んだ。
アイコンがこちらを向き、詰め寄ってくる。
「AIが悪い以外にあるか!
俺たちは被害者なんだよ!」
「循環が壊れてるのに、AIだけが責められてるんだよ」
「循環……?」
「SNSの仕組みはこうだ」
俺は宙にフローを描いた。
投稿 → 拡散 → 感情の反応 → 拡散
(価値はどこにも還元されない)
「見えるか? どこにも“戻り”がない。
つまりこれは、流れじゃなくて“膨張”だ。」
「膨張……?」
「怒りは膨らむだけで、消化されない。
だから何か“殴れる対象”が必要になる。」
俺は静かに言った。
「そして今、その役目に選ばれたのが……AIだ。」
◆ AIは「痛みの反射板」であって、原因ではない
「AIが悪いんじゃない。
社会の詰まりとSNSの膨張構造が、
怒りをAIに集めてるだけ。」
「だったら何が原因なんだよ!」
声は震えていた。怒りではなく、不安の震えだ。
「原因は三つある」
俺は指を三本立てた。
① 創作の価値が循環しない仕組み
② 労働と報酬の反発が成立しない社会構造
③ SNSが“テンションの出口”を作らないこと
「AIは“反射板”。
痛みをそのまま映す鏡なんだ。」
「じゃあ叩いても意味ないってことか……」
「叩けば叩くほど“本当の問題”から遠ざかるよ。」
◆ 停滞テンションを解消する唯一の方法
沈黙しているユーザーたちに、俺は続けた。
「AI叩きじゃ停滞は解消しない。
怒りは流れず、また次の対象を探すだけだ。」
「じゃ……どうすればいい?」
「自分のテンションを“流す方向”に使うこと。」
SNSの空間に、俺はゆっくりと流れを書いた。
創作 → 公開 → 反応 → 改善 → 次作
学習 → 実践 → 自己還元
人に教える → 自分に返ってくる
「こういう“循環のある動き”が、
停滞テンションを消す。」
「それって……AI使っても?」
「使った方が速いよ。
AIは“流れを作るための時間”を返してくれるから。」
SNS空間がゆっくりと沈静化していく。
「怒りは流せば消える。
閉じ込めれば増幅する。
AI叩きは、ただの“閉じ込められた怒り”なんだ。」
◆ SNSは敵じゃない。“詰まりを可視化しただけ”
タイムライン全体が静まり返った。
アイコンたちは、ようやく息をついたように見えた。
未来人
「ここは怒りを生む場所じゃない。
怒りが“溜まっていたこと”を見せる場所だよ。」
SNSの空間は、少しだけ明るくなった。
「AIが敵だと思うのは簡単だ。
でも、本当の敵は“停滞”の方だ。」
俺は上空に浮かぶログアウトゲートへ歩き出した。
「テンションを流せば、未来は変わるよ。
この時代の人間は、ただ詰まりすぎてるだけだから。」
光の裂け目に入り、俺は次の時空へ消えた。




