【第4章】創作現場は、誰も悪くないのに壊れていく
目を開けた瞬間、俺は見知らぬビルの廊下に立っていた。
壁にはポスターが貼られている。
『新作アニメ制作現場 — 関係者以外立入禁止』
未来人
「……ああ、ついに来たか。」
現代の“創作の現場”。
ここはテンション理論的に言えば、
最も張力が生まれるべき場所――
だが同時に、最も張力が潰されている場所でもある。
予感がした。
ここは“詰まり”の温床だ。
◆ 「今日も徹夜です!」と言わせる構造
奥から慌ただしい声が聞こえた。
「動画班、あと50カット!」
「作監チェックまだですか!?」
「すみません今日も徹夜で……!」
スタッフたちは走り回っていた。
誰が悪いわけでもない。
ただ全員が“追われている”。
未来人
「循環がもう限界だな……」
この世界では、
“価値”が生まれる場所より、
“価値”が流れない仕組みの方が強すぎる。
テンションが沈み、反発が吸い込まれ、
張り合いが消えていく。
◆ 「好きでやってるんで」
……その言葉が、最も危険だった
作業机の前で、若いアニメーターが意識朦朧と動かしていた。
「ずいぶん疲れてるね」
「でも……好きでやってますから」
彼は笑った。それは本物の笑顔だ。
でも、その背後にある構造は笑えない。
未来人
「“好き”って言葉がここまで搾取されてる時代、珍しいんだよ」
彼は手を止めて振り向いた。
「搾取……?」
「好きだから我慢できる。
好きだから不満を言わない。
好きだから低賃金でも続けられる。
好きだから替えが効くと思われる。」
俺が淡々と並べると、彼の顔が曇った。
「……言われてみれば、そうかもしれない」
「テンションを支えるのは“好き”じゃなくて、
還元される価値なんだよ。」
◆ 還元のない循環は、循環じゃない
別の部屋を覗けば、脚本家が頭を抱えていた。
「締め切り……あと3時間……」
未来人
「地獄のフローを見せてもらってもいい?」
ホワイトボードには、簡単な流れが書かれていた。
企画 → 脚本 → 絵コンテ → 制作 → 仕上げ → 最終チェック
一見、循環しているように見える。
だが俺にはすぐ分かった。
「……これ、“行って帰ってくるだけ”の往復だね。」
脚本家
「どういうこと?」
「循環というのはね、
戻ってくる時に“価値”が乗ってないと意味がないんだ。」
俺はペンを借りて、ボードに書き足した。
脚本家 →(作品)→ 視聴者 →(評価・対価)→ 脚本家
「これが“循環”。
でも現代は――」
俺は大きくバツ印で線を引く。
視聴者 →(対価)→ プラットフォームで止まる
プラットフォーム → 制作者にほぼ還元されない
脚本家
「……ああ」
「還元がないのに、“循環してるふり”だけしてるから
現場がどんどん干からびる。」
◆ 未来人、制作デスクにて“決定的な詰まり”を見つける
制作進行室に行くと、タスクリストが壁一面を埋めていた。
「なんだこれ……」
スタッフ
「あ、来客の方? この作品の作業量です。
見た目より全然回らないんですよ」
未来人
「いや、回らないようにできてるんだよ」
スタッフ
「どういう……?」
「ほらこれ。」
俺は進行ボードの“細い赤線”を指さした。
『チェック工程』
「ここだけ、テンションがゼロなんだよ。」
「テンション……?」
「反発が起きない。
責任の所在も曖昧。
フィードバックの循環がここで止まる。」
俺は説明を続ける。
「張り合いが生まれず、
反発がなく、
ただ“圧力だけ”が下に降りてくる。」
つまりこうだ。
上 →(納期)→ 下
下 →(修正依頼)→ 下下
それが無限に続く
未来人
「反発が上に返らない構造は、必ず破綻する。」
スタッフ
「……これが、詰まり……?」
「そう。
テンションの流れが断絶した場所が、
創作の現場を最初に壊す。」
◆ 「AIが奪うんじゃない。詰まりが奪ってる」
制作フロアの全員が限界なのに、
彼らの努力は“評価”にも“対価”にも循環していない。
本当に奪っているものはAIではない。
未来人
「AIはただの道具だよ。
本当に奪ってるのは――
**価値を流さない“詰まりの構造”**なんだ。」
アニメーター
「…………」
脚本家
「…………」
スタッフ
「…………」
しばらく沈黙が流れた。
未来人
「構造が詰まれば、
どんな才能もテンションも腐る。」
俺は制作フロア全体を見渡した。
「でも逆に、循環を整えれば……
AIを使っても使わなくても、
クリエイターのテンションは必ず戻ってくる。」
脚本家
「……循環が生き返れば、創作も生き返るのか」
「そうだよ。
未来の創作は“循環させた者が強い”。
効率じゃなくて、テンションで勝負する。」
◆ 未来人、制作現場に静かに別れを告げる
帰ろうとした時、若いアニメーターが声をかけてきた。
「あなた……未来の人なんですよね」
「まあそんなところ」
「未来の創作現場は……どうなってます?」
俺は少し考えてから答えた。
「テンションが戻ってるよ。
表現が還元され、
価値が循環して、
“好き”が搾取されない世界だ。」
アニメーター
「……いいなぁ」
「大丈夫。
ここが変われば、未来も変わる。」
そう言い残し、俺は光の狭間へ歩き出した。




