【第3章】『芸術が死ぬ』と言う芸術家へ、未来人が静かに告げたこと
現代に来ると、やたらと “芸術の危機” に出くわす。
今日も例にもれず、街のギャラリーの前で叫び声が上がっていた。
「AIは芸術を破壊するんだ!!」
中を覗けば、芸術家の男が演壇で拳を振り上げていた。
周囲の観客もうんうんと頷いている。
その熱量に、俺は少しだけ苦笑した。
「……またテンションの向き、間違えてるな」
そう呟いた瞬間、そばにいた人が振り向いた。
「え? 今なんて?」
「いや、何でもないよ。ただ――」
俺は演壇の芸術家に向かって歩き出した。
◆ “敵が違う”という単純な違和感
「すみません、ひとつ質問いいですか?」
俺の言葉に、芸術家は驚いたようにこちらを見た。
「……君は? AIの回し者か?」
「毎回その扱いだけど、違うよ。観光客だよ」
軽く笑いながら言うと、会場がざわつく。
「君、芸術が壊されている現状を何とも思わないのか!」
「いや、壊してるのはAIじゃなくて――
“効率を最優先した構造の方”なんだけど」
その瞬間、場の空気が一変した。
「どういう意味だ!」
「まずはひとつ聞こう。
あなた、アナログだけで創作してる?」
「そ、それは……今はデジタルで……」
「じゃあ線画の補正機能は?」
「……使っているが?」
「3Dポーズ人形は?」
「場合によっては……」
「背景素材は?」
「買ってるが、それが何だ!」
俺は軽く微笑んだ。
「効率化してるじゃん」
観客がどよめく。
◆ 効率化そのものは「罪」ではなく、「停滞」の逃げ道になる
「ちゃんと言うよ」
俺は演壇の隣に立った。
「効率化自体は悪じゃない。
むしろ人間の“負担を軽くする”健全な仕組みだ。」
「ならば、なぜAIは悪くないと?」
「理由は簡単だよ。」
「AIは“効率化”を極端に進めただけで、
芸術を殺したのは“テンションの停滞”だ。」
観客の視線が一斉に集まる。
◆ テンション理論:張力があるところに創造が生まれる
「テンション理論ではね、
“反発や葛藤”が価値の源泉になる。」
「……葛藤?」
「張力があるところに、
人の感情も、表現も、エネルギーも集まるんだ。」
俺は指を一本立てた。
「でも現代は違う。
反発が吸収され、葛藤は消され、
上から下へ“一方的に流れる構造”が出来上がってる。」
「それは……資本の話か?」
「そうだね。
表現の世界まで“効率化で均一化”されてしまえば、
張力が消える。」
「つまり……テンションが死んだってことか」
「そう。
テンションが死ねば芸術は弱る。
AI以前の問題でね。」
◆ AIは“詰まり”を暴いただけ
「じゃあなぜ、今になって問題が噴出した?」
芸術家が問う。
「答えは単純。
AIが最後の“蓋”を吹き飛ばしたから。」
「蓋?」
「循環が詰まってたんだよ。
循環主義的に言えば、
還元がなく、流出ばかりで、
創作の価値が回ってこない。」
「……確かに、報酬は減っている」
「その詰まりがAI登場で一気に見える形になった。」
「つまりAIは──」
「“詰まりを可視化しただけ”。
芸術を壊した犯人の役ではない。」
観客が息を呑む。
◆ 芸術は“効率”とではなく、“停滞”と戦っている
「じゃあ俺たちはどうすればいい……?」
芸術家の声は少し弱かった。
「AIと戦う必要はないよ。
戦うなら――」
俺は手を胸に当てた。
「自分の表現の“循環”を取り戻すことだ。」
「循環……?」
「還元がある環境を選び、
作品への価値を還流させる仕組みを作る。
創作の時間をAIで浮かせて、
表現そのものにテンションを込める。」
「効率化を悪にするんじゃなく……
使いどころを変える、と?」
「そう。
効率化は“嫌なことを減らす”方向に使い、
テンションは“創りたい方向”に向ける。」
俺は微笑んだ。
「未来の芸術家はね、
AIを避けるんじゃなくて、
AIで自分のテンションを守るんだよ。」
◆ 芸術家は静かにマイクを置いた
芸術家はしばらく黙っていた。
その沈黙には、怒りではなく、理解の影があった。
やがて、彼はゆっくりと呟く。
「……ありがとう。
AIが敵じゃなくて、
停滞した循環と、自分自身の迷いだったんだな」
「そう気づければ、もう半分解決してるよ」
俺は出口の方へ歩きながら、ふと振り返った。
「次に会うときは、
あなたの“テンションの乗った作品”を見たいな」
そう言って、光の中へ消えた。




