第四話:追跡者
男は傘もささずに立っていた。
街灯に照らされたその姿は、黒いスーツに身を包み、顔には無表情の仮面。目だけが、ぎらりと獣のように光る。
「……“視覚系”か。初めて見る顔だな」
低く響く声。まるで機械のような抑揚だった。
ヌンは未来視を起動する──
──五秒後、男は手を掲げる。掌から紫電のような光が走る。
すぐに身を引いた。
次の瞬間、玄関の壁が吹き飛び、火花が部屋中に散った。
「攻撃が見えてる……のか?」
男が口元を歪める。「なるほど、“あれ”の保護対象にしては、なかなかやる」
“あれ”? ポポのことか。
クロが部屋の隅から飛び出し、男の肩を掠めるように爪を引っ掻く。
しかし男はそれを無視し、ヌンだけを睨み据えていた。
「君を観察する任務だったが、予定を変更する。実験体の回収が最優先だ」
(やはり、ポポは“実験体”……)
ヌンの中で、断片的な記憶が蘇る。
火災、病院、失われた過去。そして“あの夜”、ポポの亡骸を見た──はずだった。
「お前ら、誰だ」
ヌンの問いに、男は仮面を外さずに答える。
「我々は“アトラ機関”。お前とあの女の処分と回収が任務だ」
言い終えるや否や、再び掌をかざす。紫電が空気を裂いた。
ヌンは未来視を全開にしながら、ポポの元へ跳び、彼女を抱えて転がるように避けた。
「……ヌンくん!」
「黙ってろ、動くな」
クロが屋根の上から飛び降り、男の首元に爪を突き立てようとするが、男は腕を払ってクロを壁に叩きつけた。
「ッ……!」
(まずい。こいつ、ただの能力者じゃない)
ヌンは一瞬で状況を把握する。相手の能力は放射型の衝撃波。そして仮面の下から見える皮膚には、異常なまでの“機械的な補強”が施されていた。
(サイボーグか?)
再度、未来視。
──五秒後、男はポポに狙いを定め、腕を突き出す。
「させるか」
ヌンは咄嗟に床に落ちていた鉄パイプを蹴り上げ、男の視界を奪うように投げつけた。
視界を逸らした隙に、ポポを抱えて部屋を飛び出す。
階段を一気に駆け下り、裏路地へと逃げる。雨がまだ降っている。
ポポの肩は震えていた。
「なんで、あの人……わたしを“実験体”って……どういうことなの……?」
ヌンは答えない。ただ、彼女の手を握った。
「お前の正体は、まだ俺にもわからない」
「でも……」
「でも、一つだけ確かなのは──」
ヌンはポポの瞳をまっすぐ見た。
「……今のお前は、俺の知ってる“ポポ”の顔をしてる。それが全部だ」
ポポの瞳が揺れた。涙のような雨が頬を伝う。
「ヌンくん……」
そのとき、クロが走って戻ってきた。
「振り切ったニャ。あの男、追跡はしてこない。……けど、きっとまた来ますニャ」
ヌンは静かに頷いた。
「もう少し、昔の場所を調べる必要がある。火災の跡地……そして、ポポの“死んだ場所”を」
ポポは息を呑んだ。
自分が“死んだ”場所へ向かうという、その言葉に。
もう少しバトル感強めた方がいい!とかこーゆー展開面白そう!とかありましたらぜひぜひ感想とともにお願いします!