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第二話:死者のいない街で

 “その日”、世界は終わらなかった。ただ、ヌンの中だけが壊れた。


 火災だった。住宅街の一角にあった木造家屋。

 夜中に燃え上がった家の中から助け出されたのは大人ばかりで、小さな少女――ポポ――の姿はどこにもなかった。

 翌朝、消防隊員が発見した焼け焦げた遺体には、彼女の身につけていたブレスレットが残されていた。


 ヌンは泣かなかった。いや、泣けなかった。

 心が何かに包まれたようで、感情が凍っていた。


 「ご愁傷様です」と繰り返す周囲の大人たちの声は、遠くの雑音のようだった。


 それから数年。


 ヌンは家を出なくなった。学校には行かず、仕事もせず、ただ部屋の中で生きていた。

 いや、“呼吸していた”だけかもしれない。


 PCの光。モニター越しのニュース。

 ネット上では誰かが幸せになり、誰かが不幸になり、誰かが死に、誰かが笑っていた。


 そんな世界に、ヌンは興味を持てなかった。


 それでも、異変は静かに近づいていた。


 はじめは些細な違和感だった。

 道を歩いていた時、向こうから自転車が来ると“感じる”前に避けた。

 コンビニで飲み物を買うとき、レジの店員が「いま千円札を落とす」と思った瞬間、本当にそうなった。


 一度、試してみた。秒針のないデジタル時計を睨みながら、「今から5秒後、外で猫が鳴く」と“思い込んだ”。


 ……鳴いた。


 以降、それは加速度的に研ぎ澄まされていく。

 “未来”が断片的に見えるようになった。正確には、「5秒後だけ」。


 ヌンは分析を始めた。

 これは妄想ではない。偶然でもない。能力だ。


 だが、それは“力を得た”という喜びではなかった。

 むしろ、彼をますます外の世界から引き離すものだった。


 なぜ自分がこんな力を?

 それに何の意味がある?


 ──答えは出なかった。


 変化があったのは、クロが現れてからだった。


 ある雨の日、家の前に黒猫がうずくまっていた。

 野良にしては毛並みがきれいで、首輪もない。どこかの飼い猫かと思ったが、そのまま家に入れてやると、当然のように部屋の隅に落ち着いた。


 名前は?と訊くように見つめるその目に、ヌンは自然と「クロ」と名付けた。


 数日後、ヌンは気づいた。

 クロが、自分の“未来視”を理解しているような仕草を見せることに。


 例えば──ヌンが5秒後の事故を避けるよう動いた時、クロは何も教えていないのに“すでに動いていた”。

 まるで、同じ未来を見ているかのように。


 さらに妙だったのは、クロが時折「何かを記録している」ような動作をすることだった。


 爪でカーペットに文字を描きかけたり、テレビの音に反応して視線を合わせたり。


 まるで──この猫は、人間と同じ知能を持っているのでは?と錯覚させるような行動。


 だが、それを裏付ける証拠はなく、ヌンも深く追求しなかった。

 唯一無二の存在がそこにいてくれたことが、ただ嬉しかったのかもしれない。


 ──そうして、日々は流れていった。


 静かで、退屈で、でもヌンにとってはちょうどよい“均衡”の中で。


 それを壊したのが、「ポポ」だった。


 あの日、公園の前。

 クロが突然唸り声を上げ、ヌンの視界に“赤い未来”が走った。


 殺意。銃。ナイフ。血の匂い。

 そして──少女の声。


 「ヌン……くん?」


 あの瞬間、世界がまた壊れた。


 死んだはずの少女が、何故か自分の名前を呼んだ。

 今までの静寂はすべて、嵐の前の静けさだったのだと、あの時ヌンは理解した。


 自分は、もう“逃げていられない”。


 この力も、あの過去も、そして──ポポの死の真相も。


 全てに向き合わなければならない。


 そして、今日もまた、視界に赤い光が走る。


 ──5秒後、背後から誰かが来る。


 ヌンは立ち上がった。ジャージの裾を払いながら、ゆっくりと振り返る。


 「……さあ、始めようか」


 ポポの“なぜ”に辿りつくために。

 自分が生きている意味を見つけるために。


 その足音は、確かに“敵意”を連れていた。

本当はもっと過去や能力の目覚めについて掘り下げたいけど勘弁でー!

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