第一話:死んだはずの少女
初めましてゼルヴェルです!なんとなく始めてみました!気楽にゆっくり投稿するのでぜひぜひお楽しみください!
都会の空はいつも濁っている。灰色のビル群、足早にすれ違う人々、意味のないネオンの洪水。
ヌンはそんな世界を、壊れかけたメガネの奥でじっと見つめていた。
黒のジャージ。乱れた前髪をかき分けるでもなく、センターに分けたまま無表情の彼は、公園のベンチに腰を下ろしている。
肩の上には黒猫が一匹。名前は「クロ」。毛並みは滑らかで、瞳だけがどこか人間めいていた。
「今日も──何も変わらないな」
小さくつぶやいたその瞬間、視界が“ズレ”た。
右目だけに走る、赤いチカチカとした光。それはいつも“未来”の兆候。
──前方、五秒後。
視界の端に映る男の手。
ジャケットの内側から抜き出されるナイフの軌跡が、まるでスローモーションのように見える。
ヌンは静かに立ち上がる。
「……やれやれ。昼間からかよ」
そして“未来”よりも一歩早く、男の手首を掴んでいた。
その動作には一切の迷いも、感情もない。あるのはただ、確実な「計算」。
「なっ……」
男が驚く暇もなく、ヌンは力を込めてその手首をねじる。乾いた骨の音が響いた。
男はうめき声をあげて地面に膝をつく。
「クロ。記録、頼む」
肩の上の黒猫が「ニャ」と鳴いた。だがそれはどこか人工的で、まるで録音された音声のようでもあった。
ヌンは男の顔を見下ろす。
「誰に頼まれた?」
「……っ、し、知らねぇ……渡された封筒の中に金が……!」
「ふーん。そっか」
そう呟くと、ヌンは男の顎を軽く殴った。気絶。ノイズのように倒れ込む身体。
ヌンはクロに尋ねた。
「どう思う?」
「“記録データに異常あり”。この男、ただの実行役にすぎないようですニャ」
「やっぱりか……無駄に動かされてるな、俺」
その時だった。
背後から聞き慣れた声がした。
「ヌン……くん?」
……ありえない。
この声をヌンが最後に聞いたのは、十年以上も前。火災事故で焼けたあの家。白い布をかぶせられた、少女の冷たい身体──
それでも彼は、振り返った。
そこにいたのは、ポポだった。
長い髪を揺らし、どこか申し訳なさそうに立ち尽くす少女。
その姿は記憶の中のそれと寸分違わない。年齢すら、当時のままのように見える。
しかし、それはありえないことだった。
「死んだはずだろ、お前……」
ヌンの声に揺れはない。だが、僅かに拳が震えた。
「ごめん……ヌンくん。私、全部──」
言い終えるよりも先に、“それ”は始まった。
空間が一瞬ゆがみ、ポポの背後に黒ずくめの人影が現れる。
「伏せろ!」
その叫びとともに、ヌンは地面を蹴った。
五秒先の“視界”には、ポポの頭部を狙う銃口と、それに続く鮮血のイメージがあった。
未来は、変えられる。だが代償も大きい。
銃声。
ヌンはポポを突き飛ばし、代わりに自分が弾丸を受ける位置に入る。
だが──
その弾は、彼の前で空気に溶けた。
「無能だな、お前」
クロが鋭く言い捨てた。
攻撃者は驚いたように後退する。何が起きたのか理解できていない。
ヌンは言う。
「“観測された未来”は、もう未来じゃない。だから俺はそこに“罠”を置く」
地面に仕込んでいたマインドワイヤーが、攻撃者の足元で展開する。
視界に光が走り──拘束。失神。
すべてが終わったあと、ヌンは呟く。
「……チェックメイト」
静寂が戻った都会の片隅。
ヌンはまだ震えていたポポに背を向け、クロと共に歩き出す。
「行こう、クロ。話は……そのあとでいい」
「にゃ。了解です、マスター」
死んだはずの少女。迫る謎の能力者たち。そして、ヌンに託された“過去と未来”。
その戦いが、今、幕を開けた。
いかがでしたでしょうか??ここから先の展開ぜひご期待ください!