♰73 緊張の糸は切れて爆睡。
連続二話更新(二話目)
緊張の糸は切れて、作戦Aをこなした私達は後片付けを他の人達に丸投げして、午後からはもうまったり過ごさせてもらった。
この三日は、せっせと練習の繰り返し。
根を詰めていたので、解放感でぐうたらした。
「舞蝶お嬢様には、心配かけてしまいましたね。まさか、あんな無茶な術式道具の使い方をするとは……。もしかしたら、あれで術式封じの効力を薄めた可能性もありますね。無茶をした反動で、彼自身の気力は負傷状態となったはず。まぁ、お嬢様の術式封じもなければ、反動の負担で大量の吐血もあり得たでしょうがね……。バカの火事場のバカ力なんて、嫌ですね」
肩を竦めては眼鏡の位置をクイッと整える優先生。
「あり得ない術式道具だったんですか? まぁ、聞いてなかったんで、ビックリしましたけど」
月斗は、せっせと私のためにマシュマロを焼いてくれる。喉にいいマシュマロ。
マシュマロといえば、焼きマシュマロの一択な私。キャンドルを用意してあぶってくれたものを、食べさせてくれる。
サクッと、トロリ。うまうま。
「『負の領域結界』の怪物を、『式神』として『召喚』したんです。本来は、他の『式神』を『召喚』するための術式道具を合わせたことで無理矢理召喚を可能にしたのですよ。普通に吐血して倒れてくれれば、お嬢様のお守りが発動することもなかったのに……」
はぁ、とまだ右手首につけたリボンを見て、嘆きのため息をつく優先生。
【また作るよ?】
「ありがとうございます、お嬢様。ワガママを言って申し訳ないですけど、ぜひともいただきたいです」
手を出せば、やっと手首からリボンを解いて返してくれる。
ぺらりと捲れる青灰色のリボンは、裏地が真っ白だ。そこに術式を書き込んだ。
発動したことで、文字は使用されて消えてしまったので、今は真っ白。そこにまた同じ物を書き込めばいい。
特殊な墨をもらっているので、それを入れた筆ペンで気力を込めて書き込む。
「それではお嬢様、今後の話をしましょうか?」
書き終えて乾き待ちをしていたら、優先生がそう切り出す。
「今後の話とは?」
またもやノックなしで入る藤堂が戻ってきた。
「なんで来るんです?」
冷めた目を向ける優先生は、ちらりと藤堂の右手首のリボンに目を留める。
「それ、返却しなさい」
「嫌ですけど!? お嬢だって返せって言ってませんからね! ……何を悩んでるんですか!?」
藤堂は私に”返せ”と言われていないからって返却を拒んだ。
別にいらないよなぁ、返却されても。
藤堂がつけたのを、優先生も身につけるのも嫌だろう。今作ったところだからいいや。
ぺいぺいっと手を振れば「俺の扱いやっぱり酷い!」と苦情を言われたが、スルーしておく。
話しに戻っていいと優先生と向き合ったのだけど、チラリと藤堂を気にする優先生は「いきなり実践を学んでしまいましたし、舞蝶お嬢様の術式の学びは、時には希龍への理解を深めつつ、制御を覚えていきましょう」と術式学びについて話す。
しかし、どうも、さっきの話とは違う気がする。
「あ。学びと言えば、お嬢。月曜日から再登校してくださいって、組長が」
「……!!」
藤堂から衝撃的なことを言われて、ガビーンとショックを受ける。
「いや、そんなショックを受けます? 手紙もくれたクラスメイトと会えるんですよ?」
「非道ですね。今回の敵を潰すために尽力してくれたお嬢様に対して、小学校に行けなどとは」
「いや、しょうがねぇーじゃん! 元々月曜日に再登校予定だったし! 小学校に通うのがお嬢の本分!」
「あなたね……サルの群れの中で数字を覚えろ、と言われて嬉しいわけないでしょ」
「サル言うな!! お嬢のクラスメイトだぞ!? お友達だぞ!!」
「違いますよ、バカ。例えであり、小学校の義務教育を受けなければいけないお嬢様が可哀想だという話です」
例えが辛辣すぎますよ、優先生。
いや、中身三十路女に小学一年生の授業は、確かに苦痛なほどには退屈なんだけども。だからこそのげんなり顔なんだけどね。
月斗から差し出された焼きマシュマロを、パクリとモグモグ。
心配げに月斗は、頭をなでなでしてくれる。
「いやいや。頭がいいことと、義務教育を受けることって、関係ないでしょ。ちゃんと通わないと」
「そういうの、無駄だと思うんですよね。レベルの合っていない授業を受けさせて、長時間拘束なんて、ただの拷問ですよ」
やれやれと、優先生は首を大袈裟なくらい振って見せた。
一理あるよね。拘束時間が長すぎるよ。小学生が授業中にスマホやタブレットを操作していいわけがないしね。
「俺に言われても! じゃあドクターが義務教育をなんとかしてくれよ! だいたい、授業以外にも、お嬢は同年代と交流した方がいいでしょ! 月曜日には”おはよう”ぐらいは言ってもいいんだろ?」
さては、それが組長側の思惑だな? 子どもらしく過ごせってこと? それで今日まで頑張った私に来週には登校しろ、と?
……出来れば、このまま再登校することなく、転校したい。
もっと言えば、家出たい。
でも、話を持ち掛ける風間警部は後片付けで忙しいだろうし、今はまだかな……。……耐えるべきか。再登校。
ケッと声を出さずに悪態をつく。足を組み腕を組み、そっぽを向いた。
「こわっ! ガラ悪い美少女! こわっ! どこでそんなガラの悪さを覚えたのですかー……」
「身近にいるガラの悪い者は、一名しかいないですよ」
「…………嘘だろ!?」
ジト目を受けてブーメランを食らう藤堂。
「いや、マンガだ! マンガに違いない! マンガならしょうがない」と、自分に言い聞かせて、無理矢理納得している。
……というか、私。月斗と優先生に、記憶喪失の話をしないと。
……藤堂、邪魔だな?
「そ、そーいえば、お嬢。『トカゲ』の怪物には、希龍の鳴き声って効かなかったんですかい?」
と、私の鋭い目に耐え切れずに話を逸らす藤堂。
そういえば、そうだった。
【キーちゃん、困ってた】
「「困っていた?」」
優先生と藤堂は口にする。
それ以外、表現がないので肩を落とす。
改めて、キーちゃんに尋ねてみよう。あの『トカゲ』の怪物は、術式無効化が通用しなかったのか。
コロコロとマシュマロを一粒転がして遊んでいたキーちゃんは、困った風に首を傾げた。
【術式無効化は、アレには使えない。もしくは使えるかわからない。そんな反応】と、推測をタブレットに打ち込んでみた。
「ほう。直感型の天才であるお嬢様の『式神』だからでしょうか。『トカゲ』のものは、術式の枠に入らないと言われています。だから、今の希龍の術式無効化では、打ち消せないのではないでしょうか?」
「鍛えればいけると?」
「ある意味そうですね。ただ、もう少し『トカゲ』を打ち消すように特化した技として仕上げないといけないでしょう。物理的に破壊は簡単ですが、希龍のひと鳴きで多数を打ち消すなんて、特殊な練習をしないといけません」
「なるほどねー。ですが、『トカゲ』は基本、公安の宿敵ですから、関係ないでしょ」
公安の敵であり、ヤクザの相手ではない。そう話を出しておいて適当に片付けようとする藤堂。
「……そうですね」と、優先生は僅かに間を開けた間に、キーちゃんと私を一瞥して顎を一撫でするように考える素振りをした。
藤堂は気付かなかったが……もしかして、関係ないとは、考えていない?
さっき藤堂が来る前に話しかけたのは…………まさか、公安に行く私の計画を話そうとしたから?
いつの間にか、月斗から聞いたのか? それともあのプレゼンで、公安に才能を売り込んでいることに気付かれた?
あくまで自然に風間警部にアピールしたつもりだけど、藤堂の目は誤魔化せても、流石優先生と言うべきかな?
理解してくれた上で、忠誠を誓った私に、協力をしてくれたのか。感謝しても感謝しきれないわ。
でも、そうね。今回で十分能力を示せたけど、私には『夜光雲組』の組長の娘という肩書きが足かせとなっているから、『トカゲ』退治の件も手伝うという一声で押すのもいい。
キーちゃんが『トカゲ』の技を無効化出来れば……。
結局、その日。藤堂が居座ってしまい、家出の話は出来なかった。
「やってること、術式の研究じゃねーか!」
「え? バカなのにわかるんですか?」
「俺のことをバカにしすぎだろ!!」
優先生と、せっせと研究レポートを書き上げていても、その優先生に冷たい言葉をかけられても、藤堂は猫用オモチャの猫じゃらしで、キーちゃんの遊び相手を務める。
研究レポートとしては、『式神』の自我と意思疎通について。
『最強の式神』氷平さんと『生きた式神』希龍。
私の体験と見解も打ち込んで、まとめ上げる作業をする優先生。ただ、『生きた式神』は、トップシークレット扱いのため、厳重なロックがかかるファイルにしまい込む。
何故か、優先生の研究ファイルのアクセスコード……教えてもらえちゃった。自由にご覧ください、とのことだ。
いやいや。あなたの研究はそんな簡単に閲覧していいものじゃないでしょうに。
連日、ひたすら作戦成功のために練習を積み重ねて、疲れが出たようだ。
夜は、ぐっすりと眠れた。爆睡だ。
【第弐章・『生きた式神』と”無敵”の才能と作戦A】
無敵な才能を振るった2章、完結!
月斗の執着心も恋からくるものだと断定し、一件落着はしましたが、
以前の舞蝶ちゃんの護衛を務めた者が戻ってきていることを伏線に、次章は【家出日和の誕生日にほぼ絶縁宣言】のタイトルにして、家出編の予定です。
だいたい30話くらい。つまり100話超えますね!
まだ準備出来ていないし、仕事を落ち着くまでこなしてからにしようと思うので、しばし休載しますね!
いいね、ブクマ、ポイント。励みにして、3章も頑張りますね!
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
2023/11/07◯