♰72 全力放火の常習犯の若頭。
2023/11/07
連続二話更新(一話)
怪物は、一網打尽にしたが、めちゃくちゃ燃えている。
今にも、崩れそうな火の海と化した。
まぁ地獄の業火並みの火炎放射だったのだから、こうなるのも無理もない。
「やっぱり! なんで火炎放射するんです!? 加減ぐらいしてくださいよ!! こっちが出口だし!!」
「あっ」
風間警部に叱られて、気が付いたグラサン少年は口元を引きつらせて頭を掻く。
パッと、私は右手を一振りして、燃え盛る廊下を壁に沿って凍らせた。
逆方向でトカゲ駆除をしている人達はともかく、グラサン少年にはバレてしまい、サングラスからはみ出るくらい大きくする目で見てくる。
……モロバレした!
「お、俺がやった!」
「嘘つけ」
風間警部も私がやったことも、それをグラサン少年に気付かれたこともわかり、咄嗟に庇う風間警部だったが、一蹴。敬語も忘れて一蹴だった。
「嘘つけ」と、今度は私に向けて、信じられないと含めて言ってくる。
6歳の私が術式を使えることが信じられない、と。
「嘘つけ!」と、風間警部に嘘だと言えと言わんばかりにツッコミ。
「三回言った」と笑みを引きつらせる風間警部。
「口止めは任せて……だいたい、過失の器物破損だし」
風間警部は、責任持って口止めを引き受けてくれると伝えてくれた。
「はい!? なんで! 非常事態だったんですからいいじゃないですか!」
「君は調節が可能だったのにいっっっつも全力放火ですよね!? 何回目ですか! 弁償請求書何回届きましたっけ!?」
「うぐっ!」
……全力放火常習犯。危険な若頭。
公安も、大変ですね……。
「くっちゃべっている場合じゃないですよ! まだまだ湧いてくるんで!!」
藤堂が苦情を伝える通り、まだ湧いてくる『トカゲ』の怪物達。
「通れるか!? てか『キー』は!?」
藤堂はキーちゃんに期待を寄せるが「いい! 試さなくても乗り越えられる! 通れる! 脱出だ!」と風間警部は却下した。
通用するかどうかもわからないキーちゃんの鳴き声を試して、これ以上グラサン少年に知られるわけにはいかない。情報を集めて、今回の術式無効化は、優先生の研究結果ではないとバレかねないものね。
月斗に抱きかかえて運ばれる私は、ついてくるキーちゃんに尋ねるも、困り顔をするだけ。
あの鳴き声は、通用はしないんだ。術式ではないってことなのだろう。
あとで、術式の枠には該当しないって教えておこうか。
氷の廊下を通ったあとに、階段から下りるが、廊下の挟み撃ちがピークだったようで、その数は減っていき、無事に脱出成功。
優先生とも合流して、周辺の警戒。
今回の敵は、一網打尽。
想定より人数は多いが、逃がした情報もない。
そっちは公安が取り調べをして、それで処罰は今日の会合参加者のトップが話し合い決定を下すとのこと。被害は、多少の怪我で済んだそうだ。
まだ慌ただしい中、私は子どもだからという建前で、先に帰らせてもらうことになった。
元々の手筈なので、優先生も一緒に帰ろうとしたところ。
「舞蝶」
父が呼びながら歩み寄って来た。
「……その、今日は……」と口ごもる。
ゆっくりと手を伸ばしてきたが、その手は止まり、ゆっくりと引いては「無事でよかった」とだけ。
あとは「舞蝶を頼んだぞ」と藤堂達に声をかけておくだけで、後片付けに戻る。
……うぜー。
と、冷たい目で背中を見送ると、あわあわした藤堂が月斗の背中を押した。
「さぁ。お疲れでしょう? お嬢様。声も出したじゃないですか。喉に痛みはなさそうですが、かゆみもないですか?」
優先生が、微笑んで覗き込む。
お疲れしたのは、大立ち回りをしてくれた優先生だろうに……。
私は手を伸ばして、ナデナデと頭を撫でた。
目を丸める優先生に、にっこりと微笑んで、ありがとうと言おうとしたのだが、人差し指で押さえ付けられて止められてしまう。
「……舞蝶お嬢様。ありがたいお礼の言葉を聞きたいのは山々ですが、喉を痛めてまた完治期間を伸ばしては申し訳ございません。大丈夫です。伝わっていますから」
そう微笑んで、先回り。
ちゃんとした医者、否、主治医。喉が悪化しないように、止めた。
本当に残念そうな表情もするけれど、いい子いい子と頭を撫でられた。父に撫でられたら、優先生に撫でてもらえれば上書きしてもらっていたところだな。
ニコニコしたまま、車に乗って、魔法瓶の紅茶をもらって一息。キーちゃんも備えていた花をむしゃむしゃ。
優先生に『トカゲ』の出現を藤堂から話して、そういえば氷の術式使ったの誰って話になってしまい、優先生は私に注目。
はい、私です。私がやりました。
ということで、リムジンを一度停まってもらい、タブレットで説明をした。
「バカですか? あの『紅明』の若頭」
心底呆れ顔の優先生は、額を押さえた。
「豪邸とは言え、廊下で……何故、全力放火って……全力投球で妖刀を使って迷惑かけているって話は、事実なんですね」
優先生は息を吐く。
妖刀の全力投球って……はた迷惑な若頭だわ。
「すごい火炎放射でしたねぇ。火の海で廊下が崩れるかと。だからお嬢が氷で鎮火してくれたんでしょ?」
月斗は、飲み終えた魔法瓶を片付けた。
「あの妖刀に選ばれたから、もう後継者確定とはいえ、実力発揮しつつも、暴れん坊で現場を破壊しまくってるとか。……なまじ頭キレる子どもですからねぇ。ちゃんと口を閉じさせてくれるといいですが……」
藤堂は、自分の顎髭をさすさすと撫でた。
「風間警部なら、ちゃんと口止めしてくれるでしょう。……嫌なのは、通信機を盗み聞きして『キー』の正体を突き止めて、お嬢様に辿り着くことですね」
「どーなんでしょうねぇ。まぁ、あっちも『紅明組』の若頭って立場もあるんで、『夜光雲組』のお嬢を利用なんてあり得ませんよ。そのために秘密にしていたわけですしね。『紅明』の組長も手を焼いてても、ちゃんと止めてくれるでしょう」
『紅明組』の組長も、秘密は知っている。希龍を見せてはいないけれど、私の術式が『キー』であると作戦Aを知らせたために、才能だけは知っていることになっているのだ。
利用する心配が少ないということで、話した相手。大丈夫だろう。
「あっ! お嬢! 明日、お出掛けしましょ! 美容院に予約入れたんで!」
パッと明るく笑うと、藤堂は自分のスマホの画面を見せつけた。しらーっとした目で見るのは私だけではない。優先生もだ。
「また勝手に……せめて許可を取ってから予約を入れてくださいよ」
「いいじゃないですか。今日まで外出禁止だったんですぜ? 美容院は元々行く予定でしたしね。整えたり、ダメージケアしたり。キレイにしたら、近くを散歩でもしましょうよ。解決しましたしね」
何故かルンルンとした藤堂。
そんなに出掛けたかったの……? そこから私も反対しないので、美容院後の予定を組み立て始めた。