♰70 その声に疼く執着心は。(月斗side)
三人称視点、月斗side。
紫の負の領域結界の水晶を見た時、また領域結界が発動するのかと思った月斗。
なのに、舞蝶が袖を掴み、険しい顔をしたため、違うと知る。
その通り、領域結界が発動するのではなく、領域結界内の怪物を『召喚』する技により、怪物が巨体で隠すように立ちはだかってしまったせいか、何かを感じ取ったのか、舞蝶は。
「 つきと 」
まだ掠れた弱々しい声を、か細く出して呼んだ。
初めて。
その声で。
自分を呼んだ。
呼んでくれた。
その名前を呼んだ今は、一つ。
不安で強張った表情に突き動かされて、助けを求める声に応えた。
「はいっ!」
手を離された瞬間には、氷室の元へ影を伝って移動した。
人前で使ってはいけない能力だったが、仕方ない。
氷室の隣に出た瞬間、振り下ろされた刃を避けるべきだと判断できたために、氷室の身体を持ち上げて移動した。
吸血鬼の超人的な身体能力で、怪物から距離を取る。
「月斗!? 何故っ」
「お嬢のご命令! やっべー、使っちゃったな、人前で……まぁいっか、先生が無事なら」
何故と言われたら、舞蝶命令の一言だが、従ったことに後悔はない。
舞蝶に忠誠を誓う者同士であり、舞蝶が声を出してまで頼んだのだから、当然悔いる気もないのだ。
「……いえ、その心配はありませんよ。ありがとうございます。お嬢様のお守りにも助けられました。月斗には、希龍の結界を張ったのですね」
周りをチラッと見た氷室は、そう影で繋がる舞蝶に向かって言い、月斗と目を合わせる。
希龍の張った結界。それは”希龍を知る者しか結界内が見えない”という術式。
「そうか! キーちゃんを知らない人には見えてないんだ!?」
周りを見ても、自分を誰一人見ていないことに気付いて、驚く月斗。
「ええ。流石は、お嬢様ですね。お嬢様が完成させてくれたとはいえ、咄嗟にかけたとは……素晴らしいです」
氷室は、眼鏡をクイッと上げた。
「何ぶつくさ言ってんだ!! 氷室!! どうやって避けた!? いやいい!! 今度こそ死ね!!」
敵のリーダーの三ノ輪が叫ぶ。
「見えないなら、やっちゃっていいですよね?」
ニヤリと、月斗は口角を上げた。
ザンッと影から刃を生やして、迫った怪物の手を切り落とす。
「なんだ!? 今の黒いのは!!」と驚く三ノ輪。
「げっ! 影は見えてるのか」
「ではやめなさい」
「でも、お嬢を不安にさせやがったアイツを一発ぐらい……」
月斗の影は見えてしまっているが、銃なら問題ないはず。
腰から抜こうとしたが掌を突き付けられて、動きを止める。
「私の役目ですよ。だからあなたは先に戻」
「ぴえぇえん!」
「「えっ」」
カッコつけようとした氷室の言葉を遮る甲高い鳴き声。
二人は目を点にした。
怪物がパッと消えたかと思えば、そばにはいつの間にか、希龍が浮いていたのだ。
フッスンフッスン、と鼻息を荒くする希龍は、ドヤ顔を披露した。
「なんでいんの!? 影移動は、俺自身のみのはず……って影に入れるからついてきた!?」
ええ!? と、ビックリ仰天する月斗。
何故か影の能力に干渉出来てしまう希龍は、一瞬で移動した月斗を追いかけてきたのだろう。
「な、何をした!? 何をしたんだ!? 氷室てめぇええ!!!」
「……さて。あなたのせいで、大事なお守りが発動してしまいました。発動してこその道具でしょうが……許せません。腕一本ぐらい失ってください。それで勘弁してさしあげます」
「はぁああ!?」
笑顔で右手首のリボンを撫でる氷室は、激怒していた。
そそっと希龍を回収のために巻いてまとめて抱きかかえた月斗も距離を取る。
「氷平さん。カマを借ります」
そう告げたのは、舞蝶に伝えるためでもあった。
『最強の式神』の氷平を、同時に出せない。
今日はもう十分『完全召喚』は、活躍したのだ。次は自分の番だと、氷室は自分で『召喚』した。
「カマだけ!? 舐めやがって!!」
まだ持っていた爆撃の術式道具を放ってきたため、ブンブンとカマを回転させて防いだ。
「選ばせてあげましょう。右がいいですか? 左がいいですか? ああ、いえ。利き手の右手にしてさしあげましょう」
笑顔で尋ねておきながら、あえて丁寧な口調で、利き手を切断すると発表する氷室。
「(うわー。鬼畜。……お嬢もこんなこと言いそう。藤堂さんに)」
とか、わりとどうでもいいことを考えてしまう月斗。
手を一振りするだけで、カマはザックリと三ノ輪の右腕を切り飛ばした。
悲鳴を上げてのたうち回る三ノ輪。
それは怒りの絶叫に変わり、流れる血の中に左の掌を叩き付けて、術式を発動させた。
「「!」」
術式封じがもう切れた!
個人差があるが、三ノ輪は想定よりも早く解けた。
不格好な『負の領域結界』を、発動させようとした。
が、それは叩き斬られた。飛んできた斬撃により。
「――何故ここにいる? 月斗。持ち場に――――飛んで戻れ」
禍々しい妖刀を持った『夜光雲組』の組長が歩み寄り、月斗に厳しい目を向ける。
「ハイッ! 組長! 戻りますッ!」
ペコッと頭下げて、”希龍とともに見えている者”達に、月斗は能力がバレないように、希龍を抱えて、瓦の屋根を踏みながら、飛び上がった。後ろを振り返らずとも、もう戦いは終わったとわかっている。
だから、塔の屋根を踏み台にして、舞蝶のいる窓辺に戻った。
「ただいま、お嬢」と、窓辺にしゃがんで、笑いかける。
「先生も無事だよ」と、ちらりと、じっと見てくる風間に、なんて説明しようかと考える。
咄嗟だったから、仕方ない。
まぁ、権力争いから逃げている理由として、影の特殊能力の内で出来るってことだけを話せばいいか。と軽く考える。
そんな中、舞蝶が膝を立てていたソファーから立ち上がり、爪先立ちをして、両腕で頭を抱き締めてきた。
目を見開いてしまう月斗。
「 ――――ありがとう 」
「――――!」
そっと囁かれたお礼が、耳に吹きかけられる。
「(お嬢の、声……。何度もお礼を伝えてくれたけれど……ずっと……ずっとこの声で伝えてくれたのかと思うと……)」
耳が熱い。
真っ赤になる顔を、すりすりと頬擦りして、舞蝶の柔らかい肌を感じる。
うっとりするほどに、甘やかな匂いを吸い込む。両腕で抱き締める。大事に大事に、優しく包み込んだ。
「(最初に、俺の名前を呼んでくれた)」
バクバクと高揚を覚える。
自分の名前をつけてくれた舞蝶が、その声に出して初めて呼んだ。
思い浮かぶのは、夜中の廊下に立っていた舞蝶とまともに目を合わせた瞬間。お礼の文字を見せて、ニッコリと笑う舞蝶。
声が出せなくても、お礼を伝えようと微笑み、口を動かして、文字を打ちこんで見せた。
「(初めてのお礼を、俺に言ってくれた! 嬉しい……嬉しいっ)」
震えるほどに嬉しい。
だめだと言い聞かせていたが、しがみつくように抱き締めていた月斗は結局、ゴクリと喉を鳴らす。
吸血鬼の執着症状。
「(これ絶対――――”恋”だ)」
真っ赤になりながら、月斗は認めるしかなかった。
舞蝶への執着心は、確かに恋心なのだと。
その執着心、恋と断定。
いいね、ありがとうございます!
(2023/11/06◯)