♰66 不敵なグラサン少年は紅の若頭。
『紅明組』は、この会合で呼ばれた中でも、強い組の名だ。
戦闘員が必要ってことで、作戦Aにも声をかけておいたと聞く。
若頭ってことは、後継者か。とはいえ、彼には声をかけていない。
漏洩を気を付けて、作戦Aの参加者はギリギリ多くを調節した。
後継者に話すとその支持者も武器を持って乗り込むから、必要以上に待ち構えていると露骨に示さない方がいい。
どうぞ襲ってくださいの姿勢を見せて迎え撃ち、完膚なきまでぶっ潰す日なのだ。
「今回の『夜光雲組』のご令嬢を奇襲された事件の危険度を、自分より年下のお嬢様が理解しているのに、お付きの護衛も揃ってわかっていないようなバカ坊ちゃまどもだ。いいよなぁー、バカなガキって何もわかってなくてよぉ。たかが『陽回組』と『佐々木組』の組長の息子ってだけで、今口聞けない女の子に威張れるんだから、呑気でいいよな」
サングラスが暗すぎて目元が見えないが、つり上げた笑みは冷たく嘲た。八重歯が目立つ。
バカなガキと嘲笑われた少年二人は赤面し、すぅっと目を細めて見下す藤堂を前に、護衛達も揃って蒼白の顔で青ざめた。
「バカなお坊ちゃま達はよかったでちゅねー? ウチのお嬢に、ヘッドショットされなくて」と、煽ってやってニコッと笑ってやる。
おちょくる煽りさえ、恐怖心を刺激するのだろうか。
もういいかな。
飽きた私は、早く窓を見たいんだが。
「どうかしましたか?」と、そこに入ってくる優先生。
「ん? なんでもないなんでもない」
「……そうですか」
絶対なんでもなくない空気だが、優先生は怯えた子どもをスルーして、窓を指差す私の元に来ると優しく笑いかけて「お待たせしました。これでいいですか?」と抱っこしてくれて、外の景色を見せてくれた。
一望しても特に何も感じない。コク、と頷く。
「なんか聞いていた話と違うな? 藤堂さん。アンタんところのお嬢様」
「……なんの話ですかい?」
目の前の丸テーブルの上に足を乗せては行儀悪く組んだグラサン少年が、私の話をするので、優先生も月斗も、もちろん話しかけられた藤堂も反応するしかない。そして、警戒。
身内に、しかもこんなところに敵が潜伏!
なんて展開は、やめてほしいものだ。
「いや、前回の会合で、俺の弟が見てたんだってさ。そこのクソバカ坊ちゃまどもに悪口を言われても俯いて耐えてるわ、側付きのオバサンは黙って見ているだけだわ。で、雲雀家はよほど厳しい教育をさせてるのかなぁーって話したんだ」
「……へぇ? そんなことが」
私に目をやっては、再び少年達を見下す藤堂は、ギュッと拳を強く握り締めていた。
「でも結構、過保護に大事にされてんじゃん」
面白がるように笑みをつり上げるグラサン少年。
「当たり前じゃないですかぁ~」
へらりとする藤堂がまだ言いかけたが、そこに入室してきたのは風間警部だ。
「あれ? なんかありました?」
風間警部が、問うと「なんでもありません」と、護衛達は自分の護衛対象を回収して離れた。
風間警部に話しても、月斗達の言い分が正しいことは思い知ったのだから、逃げるが勝ちだろう。
「今、雲雀組長のお嬢様が大事にされているって話をしてたんですよ~、風間警部」
グラサン少年はひらひらと手を振っては、気安げに声をかけた。
「そりゃあ『夜光雲組』のお嬢様ですからね」
当然のことだろ、と返す風間警部の声を聞くバカ達は耳が痛いだろう。
「特に、天才術式使い氷室優に大事に抱っこされるなんて、よっぽど特別なんですねぇ?」
首を傾げるグラサン少年が、サングラスをずらしてくれたので、ようやく瞳が見れた。
わぁ。鮮やかな赤だ。
そういえば、組の名前に『紅』が入っていた。そこから、きているのかな。
「『紅明』の若頭ですか……。私は舞蝶お嬢様の主治医です。大事にして何が悪いのですか?」
ツンとした態度の優先生。
「相変わらずつれない人ですねぇ~。俺のスカウト蹴っといて、そちらのお嬢様の下につくんですか?」
おやぁ? 流石、優先生。天才術式使い氷室優として、引っ張りだこだ。
「まっ! それより、下といえば、若頭くん、護衛とかは? なんか欠席だって聞いたけど」
割って入る風間警部は、助けてくれたような気がする。
「あー、今日は欠席ですよ。報告の通り」と、頭の後ろにまで腕を組み始めるグラサン少年。
……おかしな話だな、と眉間にシワを寄せる。
この事件度は危険だと理解している口ぶりだったのに、いつでも動かせるような護衛や部下を連れてきていない?
まさか、知っている?
最悪なのは、単独で迎え撃つ気で近くに潜伏させている可能性だが……どっちだ?
グラサン少年に見られている気がする。
ニヤニヤとしているせいか、また隠すグラサン越しに、私をじっくりと観察されている気もした。
風間警部が親しいようだから、調べてもらおうと手を伸ばすと「欠席と言えば」とグラサン少年が口を開く。
「弟が見た、側付きのオバサンはいないんですか? バカ坊ちゃま方にいじめられても、一切庇うことなく黙って見ていただけの厳しいオバサン」
「いじめ……側付きのオバサン?」
……結局バカ達の所業がバレたし、風間警部にあの側付きのことが耳に入ってしまった。
……今、多分、拷問の刑を受けていると思うんだけど、話しちゃだめだよね?
藤堂が明後日の方向を向いて、頭を掻いている。
「舞蝶お嬢様に、側付きなんていたの?」と、そんな藤堂が問われてしまい、目が激しく泳ぐ。
「いえぇー、まぁ。でも、あれです。今ちょいと人事異動? 的な感じで入れ替え中でして」
「この時期に?」
あまりにも中途半端な時期の人事の入れ替えである。
苦しい藤堂と違い、優先生はしれっと冷静に告げた。
「舞蝶お嬢様が高熱を出して喉まで傷めてしまったことで、責任を取らせて辞めていただいたのです。だから、私が専属主治医となりました」
「……へぇ」と優先生から、私へと目を向ける風間警部。
何か言いたいのだろうか?
「ヒュー。専属主治医。天才術式使い氷室優を、か。なんて贅沢。流石は天下の『夜光雲組』だ」と、小バカにしたような口ぶりのグラサン少年。
いや、こんな話をしている場合ではない。
目が合っている隙に手招いて、風間警部の肩を掴み、そっと風間警部の身体を使って、グラサン少年の死角で彼を指差して示す。
で、気が付く。
キーちゃんが、グラサン少年の元へ向かってしまった。
不思議そうに周りをくるりとしながら、上から覗き込む。
「マズいです、希龍を戻してくださいっ。彼は”火”ですっ」と、耳打ちしてきた優先生。
「ん? なんだ? 水?」と、グラサン少年の元に落ちたポタッという音が、私も聞こえた。
彼のスーツと、頬に雫が落ちる。
”火”っ?
気力が火属性とかで、キーちゃんがまとう姿をくらますことを強化した冷気が溶かされて、水になってしまっていること!? キーちゃん戻って!!
すぐさま反応してくれたキーちゃんが、こっちにすっ飛んで戻ってくれた。
つい、目で追ってしまった風間刑事と藤堂。
「……氷室さん、アンタなんかした?」と、グラサン少年が、容疑を優先生に向ける。
「なんの話です?」と、本当に何もしていない。
とは言えない優先生。
雫を落としたのは、紛れもなく優先生の術式の結界である。犯人の特定が早い。
優先生は氷使いだけども……早い。かなり頭がキレる高校生のようだ。
なまじ頭のいい高校生は、戦闘員の部下を持っている。
それを下手に動かされないよう確認しておかないと。
必死に風間警部へ、目と指先で訴えた。彼を調べろ!
キーちゃんも振り回す尻尾の先で、くいくいっとグラサン少年を指差す。
「ハハッ!」と噴き出し笑いするグラサン少年。
「なんだ? バカ坊ちゃまどもの百倍は頭がいいみたいじゃないですか。雲雀のお嬢様」
テーブルの上から足を退かして、代わりに肘を乗せて手を組む。
「俺の部下の話中にも、ガン見してきましたよねぇ? 気になるんですか? いませんよ。マジで。連れてきていません。……”それがおかしい”って?」
ニヤリとグラサン少年は問う。
しかめっ面をしてしまう私は、ポーカーフェイスを鍛えるべきか。
いやでも、仕方ない。不測の不安材料が、ここにいるんだ。作戦を台無しにされるわけには、いかない。
「……どこかに待機させているなら、風間警部には話しておいてくれませんか?」
月斗が、そう静かに促す。
おちょくる姿勢のグラサン少年に、洗いざらい話してもらいたいから、そう促してもらえるのはありがたい。
「待機っつーか、まぁ、俺の合図次第では駆け付ける手筈ではありますよ。でも必要ないんでしょ? ”作戦Aとやら”があるから」
ピリッと緊張が走る。作戦が洩れている。
どこまで。どこから。
グラサン少年、名前はもみじせいや、紅葉聖也です。
改めての自己紹介は3章辺りで。
2023/11/02