♰53 『生きた式神』の主食は花。
「なんの情報が知りたいんですか……?」
鼻を啜りつつ、藤堂は観念した。
「先ずは今回挙げられそうな会合場所ですね。お嬢様が身を隠しながら、私のそばで『完全召喚』が出来る範囲の場所があるかどうか。あと希龍の声がなるべく届く範囲に敵を集められる場所があれば、好都合ですね。あとは合図です。希龍が鳴くに相応しいタイミングの合図を決めないと」
「今回かぁ。術式使いが多い組織で、負の領域結界も使うような敵さんをお出迎えするってんなら……」
藤堂は指を一つずつ折りながら、戦闘出来る広さもある『夜光雲組』が所有する建物の名を挙げた。
……知らん。
そういえば、記憶喪失を打ち明けるタイミング……いつにすればいいんだろうか。
忠誠を誓うって言ってくれる優先生も連れて、公安へ突撃するタイミングを相談するには、先ず記憶喪失を…………事件解決してからでいいかな。
そこで、訪問者。庭師のおじさんだ。
膝の上を見れば、またもやスピーとキーちゃんが寝落ちていた。私達はサッとそのキーちゃんを布団の下に隠して、襖を開けた。
「藤堂の指示で、舞蝶お嬢の部屋に飾る用に持ってきましたが……これくらい派手で大丈夫でしたかい?」
藤堂の要望通り、大きな花束みたいに花瓶に詰まれた花がいっぱい。
流石、庭師。センスよくカラフルに可愛い詰め方をしている。
部屋が明るくなりそうだねぇ。飾るより、食す用で申し訳ない。……多分キーちゃん、食べるよね? 食べないなら、そのまま飾るけども。
ありがとう、と笑顔を見せたが、笑みを返す庭師のおじさんは、ふと顔を上げてはギョッとした。
その瞬間、白い物体が頭上を通り過ぎて、庭師のおじさんは廊下に倒れる。
「なんじゃこりゃ!?」と庭師のおじさんは見事に散らばった花を被っているが、それより自分の胸の上にいる大蛇、間違えた龍を見て、しゃがれた声を張り上げた。
キーちゃんは、むしゃむしゃと花を食べていて、上機嫌に尻尾を揺らす。
その尻尾を掴むと、藤堂がキーちゃんを部屋の中に勢いよく引っ張り放り投げた。
投げた先には月斗がいたので、狙ったのだろう。
「ぶへっ!」と、顔にぶつかりつつも抱き留める月斗。
「大丈夫だ! 問題ない! 持ち場に戻れ!」
駆け付けたであろう部下に声をかけて戻らせた藤堂は、庭師のおじさんと一緒に花を拾い集めながら「今見たモンも、他言無用だ!」と口止めした。
私も手伝おうと花を一輪拾うと、キーちゃんから、”もっと~”と、駄々こねる気持ちが届く。
見れば、口の中のものは飲み込んでしまったのか、月斗の腕の中でもがく大蛇、違った龍。
てとてとと月斗の元まで行き、花を差し出せば、パクリと一口。もぐもぐ。
……よく噛んでえらいね?
「とりあえず、花は食べるようですね? ちゃんと先程消費した気力は回復したかどうかは……確かめられませんが」
優先生は、しげしげと観察する。
「えっと、庭師の方。お名前は?」
「は? 坂本ですが」
「坂本さん。お嬢様の術式について口止めされたそうですが、一先ず、あなたも事情を知っておいてくれませんか? 下手をしたら、この『式神』があなたの庭に出没するかもしれませんので」
「……『式神』が……花を、食べる???」
優先生が、サラリと巻き込む。
おじさんも、初耳。青い顔でよろめきそうだ。坂本のおじさん。
「はい。ほら、あなたが追いかけていたじゃないですか。小さな蛇。あれのせいで、『生きた式神』が誕生したのです」
優先生も花をいくつか取ると、キーちゃんに一つずつ食べさせた。
「『生きた式神』……」と、吐きそうな様子の坂本のおじさん。
大丈夫?
「そういうことで、お嬢様の部屋には、新鮮な花を活けてもらえますか? まだはっきりはしていませんが、花は好物のようですから」
キラキラ笑顔な優先生。
もうちょっと衝撃を受け止めるまで待ってあげようよ? 坂本のおじさん、目を回しそうだよ?
「もちろん、これは組長も口止めを厳命しているからな?」と肩を掴む藤堂。
厳命したのは、術式の才能だけど、まぁ、キーちゃんもそれのうちよね。
【よろしくお願いします。名前は希望の龍と書いて、キリュウのキーちゃんです】と、タブレットを見せて、上目遣いで頼む。
みんなが弱い、幼女の上目遣い。
呆気なく「わ、わかりました。……お嬢の部屋から見える庭に、そちらの『式神』の食用の花壇、作っておきますかい?」と、迅速な対応をしてくれる庭師の坂本のおじさんだった。
もしも食べなくなっても、見栄えが良ければいいんじゃないかってことになって、キーちゃん用の花壇作成は決定。
大きな花束の半分近くはたいらげたキーちゃんは、ぷはーと満腹になったことを満足げに私の膝の上で顎を乗せたまま、寛いだ。
「能力を使った分を摂取したんですかね? 花の生命力、というか気力って、術式で例えればどれくらいなんです?」
まどろんでいるキーちゃんの頭をコショコショしながら、月斗は優先生に尋ねた。
「一輪で、これくらいです」
優先生は、左の掌の上に氷を生み出す術式を使って見せる。
パッと消して握ったあと、優先生はニコリと微笑んだ。
おや? 目が笑っていない。月斗を真っ直ぐに見ている。
月斗もそれに気付いて、僅かにギョッとして身構えた。
「能力と言えば、です」
自分を見てくる優先生の言葉に、さらに強張る月斗。
「吸血鬼の特殊能力を、参考のためにザッと調べたことがあるのです。王族特有の影の能力も、もちろん、調べました」
影の中に『式神』が突っ込んで、自由に泳がれたことをバッチリ見られたから、月斗の目も泳ぐ。
「かつての強力な影の能力。色々とありますが、便利ですよねぇ」
笑顔でじわりと迫る優先生。
オロオロと目が泳いで、だらりと汗を垂らす月斗。
「吸血鬼の王座の後継者争いで危険視されかねないほどに、強力な影の能力を持つ月斗はどうなんです? 影を誰かの影と繋げたりして、声すらも繋げる、なんて便利な使い方もあるそうですが、使えないんですか?」
使えるねぇ……。
ピンポイントで言うあたり、今回、それを使いたいってことかな。
それなら、表で大立ち回りする優先生と連絡が容易そうだ。私も裏にいながら、『式神』を操れるしね。
「え? マジで? 使えたりすんのか? そんな今回バリクソ役に立ちそうな能力」と、首を捻る藤堂。
「あればお嬢様と秘密裏に連携が取れて、お嬢様の秘密を隠し通せるのですがねぇ?」と、迫る優先生。
やめてあげて。
万が一にそれで出来なかった場合、月斗なら”頑張って出来るようになります!”とか泣きながら練習始めかねないよ? 追い込めないであげて。
月斗は”どうしよう”と、私に目を向けてきた。
月斗がいいなら、と私は頷く。私も助かるのは事実だ。
「……マジで秘密ですよ? 三人だけなら、繋げられます。会話もそうですけど……俺自身なら、相手の方へ影を通して飛ぶことも可能です」
「マジか!!」
「しーっ!」
オーバーリアクションの藤堂に、白状した月斗は慌てて人差し指を立てる。
「……近年でその能力を発揮する能力者はいないはずでしたが……なるほど、それで保護を」
ぼそりと藤堂に聞こえないように呟いた優先生は、チラリと私と目を合わせた。
それが何を意味していたのかはよくわからないけれど。
「問題ないなら、それを使わせてください。隠れたお嬢様が気付かないことを知らせて『式神』を動かしてもらいたいですからね。逆にお嬢様の聡明さで気付いたことは……ああ、それは本当に声を届けるのですか? それだと、声が出せないお嬢様の指示が」
「タブレットに打てば? あらかじめ、想定できる指示は書いておいて、俺が読み上げて伝えるとか。声を繋げるんですけど、繋がった相手の耳に直接流れる感じになりますし、俺自身、チャンネル変えるように操作も可能です。全員同時に繋ぎっぱなしも可能ですね」
「同時に三人を繋げるってことは……めちゃくちゃちょうどいいな?」
月斗本人は抜いて、私、優先生、そして藤堂。三人だ。
「「「……」」」
なんだろうね。藤堂の当然の仲間意識。月斗まで、無言になったわ。
「おいコラ。ここまで来て仲間外れにする気ですかい? 泣きますよ? 大人のガチ泣き見ますか?」
見たくないっスね。
「てかまた『生きた式神』が寝てるし……」
藤堂は、また寝ていることに気が付く。
スピーと寝息を立てるキーちゃん。……普通に寝たい盛りだったみたいだ。
「てか…………どうやって報告すればいいの? これ?」
「…………報告はしない方がいいでしょう」
「マジで言ってる!?」
藤堂が指差すキーちゃんは伏せる方向がいいと、優先生は告げた。私と目を合わせて頷き合う。
「まだ情報を集めることに奔走している最中だからですよ。あちらも作戦Bを立てるでしょうが、こちらの作戦Aを話すのは、敵が明らかになってお嬢様の力が必要な時です。作戦内容にあるように、タイミングは大事です」
「…………わかったよ」
ものすごく嫌そうに苦味を堪えた顔を歪ませて、ガシガシと髪を掻いた藤堂は諦めた。
次回、月斗くん視点ターン。
しばらく舞蝶ちゃん以外の視点が続きます。
2023/10/21