♰50 寝たい盛りの『生きた式神』がマジ寝。
……待って? これって、氷室先生を完全味方につけたってことでは?
むしろ今後、術式関連の研究を餌にすれば、完璧な味方だ!
【どこ行っても私についてきてくれることって間違いない?】
「? それは一体どういう意味で……?」
目を爛々と輝かせる私を見上げて、意味を測りかねている氷室先生を、真っ向から公安へ行こう! って誘ってもいいか、月斗に確認。いいよね?
だが、しかし、月斗は首を振る。
しかも、口元に人差し指を立てて、しーっと口止めを示す。
氷室先生の前であからさますぎる、と思ったが、氷室先生に口止めをしているわけじゃなかった。襖をちょいちょいと、指差している。誰かいるんだ。
スッと、氷室先生は立ち上がると、ザッと襖を開く。
そこにいた藤堂が、ビクンと震えた。
「うお〜びっくりしたぁ。ちょうど開けるところだったんすよ」
ヘラヘラする藤堂だが、動揺で目が泳いでいる。白々しい。
「……いつから?」
「いや、だから今」
「月斗?」
藤堂と対峙していても、氷室先生が尋ねているのは、気が付いていた月斗だ。
「あっ、す、すみません。大事な話なんで腰を折らない方がいいかと思って……わりと序盤から。流石の藤堂さんもタイミング見計らって、聞かなかったことにするかなぁ〜て…………すみません」
月斗も精一杯笑うが、藤堂にそんな期待しちゃだめだと言う空気を、私と氷室先生から感じ取ったようで、しょんぼりと項垂れた。
確かに藤堂が来たら、話は出来なくなるから、言えなかったのだろう。
「はぁ。別にいいですよ。ただのつまらない子どもの頃の話と、お嬢様に忠誠を誓った話をしていただけです。問題ありません」
ため息はついたが、別に構わないと、氷室先生は堂々とした。
まぁ、藤堂も他人の重い過去を引っ張り出したりしないだろう。……いや、それをうっかりやるのが、藤堂の悪癖だった。
そこは吹っ切れたこともあるし、大人な氷室先生が返り討ちにするなり叩き潰し……ん? 待てよ? 藤堂の方が年上では?? 見た目的に……。
一歳か二歳は、藤堂が上のような??? ……ダメな大人、藤堂。
「なんだろう? 今お嬢から哀れみが注がれた気が……」
「そんなことより、問題は? 術式使いは、不調が治りましたが?」
「ああ、俺もさっき会った。侵入もねーし、またアイツに張り直させるが、先生の結界より外まで張るのは強度が下がるっつーんで、わりぃけど、結界解いてくれ」
「やれやれ、もったいないですけど、いいでしょう」
「もったいない?」
「いえ、なんでも」
キーちゃんのパワーアップの方の能力を、氷室先生はあえて伏せた。
まぁ、なんでもかんでも、藤堂に話すこともない。
「この結界の請求書はあなたに渡せばいいですか?」
「とんの!? アンタの研究、そんなかかる!?」
「研究費のためにむしり取っているわけではありません。正当な報酬を要求しているだけです。昨日は例外にしてあげますが、今日は無償とはいきません。お嬢様の安全のためにも、手を貸したので、その見合った報酬を支払っていただきます」
「いやいや! 元はと言えばアンタがお嬢にとんでもねぇ『式神』を作らせたせいだが!? なんなら『最強の式神』までひょいひょい『召喚』させたせいじゃん!」
「以後気を付けましょう。なので、結界を張った特別手当をください。私は得意ではないので比較的安いですよ。はい、消しました。結界を張り直した方がいいですよ」
「っ~!」
淡々と、報酬請求する氷室先生は、結界を解除。
また強い結界を張ってもらうために、藤堂はメッセージを送りつけたようだ。
すぐに、ピコンと鳴った。結界は張り直されたようだ。本当に感じにくいな、守る系の結界。
「氷室先生の研究の実験による誤爆だってことにしないとマズいんで、報酬要求はちょっと」と、理由をつけて、引きつった笑顔で藤堂は、却下を試みる。
「構いませんよ、お嬢様の隠れ蓑の役目が果たせますから。”氷室優は、術式無効化の術式の研究をしている噂がある方が好都合”です。ですが、代わりに結界を張ってあげたのは、話が別です。何も一人だけではなかったはずですよね? あえて、天才術式使いを顎で使いましたよね? 本来、警備の護衛がすべきこと。正当な請求です」
ドンッと微動だにしない氷室先生。
ぐぅ、と後退る藤堂は、図星らしく、言い返せないもよう。
「ここに振り込んでください」と氷室先生は、スマホで口座先でも送り付けたらしい。確認した藤堂は、嫌そうにしょんぼりしていた。
「ところで、昨日の事件について、まだ知らせは来ていませんか?」
「ん? まぁ、多分、夜遅くには戻ってくるだろうから、加胡さん辺りに聞くつもりだが、急な連絡がない辺り、こっちには危機は迫っていないと判断していいと思いますが?」
「そうですか」
こちらに連絡が来ない辺り、やはり私や本邸が襲撃されるような証拠は、掴めていないのだろう。
「……ふむ。藤堂は、会合には参加したことがあるのですよね? 場所は、予想が出来ますか? 雲雀家が所有する建物が会合場所になるのですよね?」
「あ? まー、そうだけど……なんだよ。会合に興味出して」
嫌な予感でも察知したようで、身構える藤堂。
「お嬢様。作戦を立てるなら遅かれ早かれ、コレも巻き込むことになりますし、早い方がいいです。少しでも多くの情報を基に臨機応変も可能な作戦を、なるべく具体的に立てましょう」
親指でコレ呼ばわりする藤堂を、笑顔で指差す氷室先生。
会合場所、もとい、戦場候補を特定して、作戦を練ろうって話だ。
ちょっと考えて、顎を摘まんで首を傾げる。
まぁ、結局、作戦を実行するには、味方にも合図を教えないといけないしね。
月斗と目を合わせれば、それがいいと頷きを一つ見せたので、私も同じく頷く。
「作戦って……おいおい、まさか。お嬢を戦場で使うって話なら大反対だからな!?」
「まぁ、落ち着いてください。今回の事件の敵は、おあつらえ向きに術式使いを主戦力に攻め込むでしょうから、お嬢様の『生きた式神』をフル活用する方法を考えつつ、練習するという方針にしただけです。大丈夫、ただの仮定として作戦を立てて、お嬢様は必要な技を練習してみるだけのこと。大丈夫です」
「全然信用ならねぇ”大丈夫”だな!? おっと!」
めちゃくちゃいい加減に宥める氷室先生は、強引に藤堂の肩を押して、部屋の中に突き飛ばして入れた。
「って! 寝てる!? 『生きた式神』が……寝て、るんだよな?」
気が付いた藤堂が指差すのは、月斗の膝の上のキーちゃん。
静かで全然動かないと思ったら、寝てた。
もしかしたら、エネルギー切れとかで動かなくなったのかと心配したが、頭を持ち上げてみても、スピーっと寝息を立てていたので、マジ寝だった。
「キーちゃん、おねむ」
「え? ソイツの名前、キーちゃんなの? お嬢がつけたの? もうつけちゃったの?」
月斗が口にした呼び名に、目を点にする藤堂だが、実は名付けの話が出た時点でつけちゃったよ? とっくよ?
「これって、気力が僅かだから、省エネモードとかじゃない? 大丈夫ですかね? 氷室先生」
「通常の『式神』は『召喚主』の気力をもらいながら、活動します。なので、予測では気力が足りなくなれば、お嬢様からもらうはずです……通常の『式神』に、当てはめすぎてはいけませんが。どうでしょうか? 舞蝶お嬢様」
藤堂はスルーして、月斗と氷室先生が話しては、私に確認。
【まだ感じない。でも、さっきの『最強の式神』の『召喚』中も、気力は吸われている感覚はあったのに、やっぱりキーちゃんにはないの】
さっき伝えそびれた違いを話す。
「キーちゃん」と、呼び名に衝撃を受ける藤堂。
「そうですか。自立型……しかし、お嬢様とは意思の疎通が出来て、繋がっていますよね? 主従関係は成立している。それはもちろん、お嬢様が生みの親だからというのもあるのでしょうが……。お腹空いたら、伝えてきそうですか? 希龍は」
まだまだ子どもなキーちゃんが上手く言えるかどうか、心配してくれている氷室先生。
「きりゅう? え? 名前? それでキーちゃん?」と、蚊帳の外の藤堂。
【そこは私が直感でわかると思う。でもお腹空いたら、何食べさせるべき? 蛇って、ネズミとか食べるんだっけ? 生きたネズミとか、必要?】
眉を下げてしまう。
正直、毎食生きたネズミの用意は、嫌である……私じゃなくても、嫌です。
「そこは、希龍の好み次第ですよね。庭師が泣くかもしれませんが、主食が花という場合もあり得ますよ」
手を伸ばした氷室先生は、キーちゃんの目の上のガーベラを人差し指で撫でた。
そういえば、花の生命力も糧になるって言ってたね。
生命力、気力の確保に、花をむしゃむしゃする、花を身につけた龍か。
それなら、絵面的にオッケーだね!
「そういうことで、一応、花を部屋に飾っておきましょう」
おやつ代わりに、お部屋に飾られるお花よ……。
「ちっ。あ、俺だ。お嬢の部屋に飾るように花くれや、じいさん。うーん、とりあえず、大きな花束並みで頼むわ。新鮮な感じのを頼む」
氷室先生の目配せを受けて、舌打ちでむくれつつも、庭師のおじさんに電話で指示する藤堂だった。
「それで……何故眠っているのでしょうか? 先程能力を使った影響で、やはり自身の気力が足りないのでしょうかね?」
う、うーん。それはあり得るけれども、どうなんだろうか。
普通に子ども、むしろ赤子なキーちゃんが、睡眠を貪っているようにも見える。
「気力の消費量がわかればいいのですがね……ここまで自立型だと、推し量ることも一苦労ですね。あの術式無効化の鳴き声がどこまで響き、どんな相手に効果を発揮するか、確かめないと」
「一回が限界なら、かなりみんなで合わせないといけないですよね。チャンスは一度切り。見極めないと。それに”術式発動中”という条件の特定の相手に効果を発揮されるとして、複数可能か、またお嬢やキーちゃんにどれほどの負担がかかるかも把握出来ないと。安全考慮も気を付けないとですよね」
「ええ、その通りです。第一はお嬢様の安全ですよ、わかっていただけますよね?」
作戦を立てても、私の安全が最優先事項だと、月斗も氷室先生も一応言い聞かせてくるので、了解した、と頷いて見せた。
グッと親指を立てて見せて。
協力的なら、全然安全だよ~。大丈夫大丈夫~。
「待って? めちゃくちゃ参加する気満々すぎね? やっぱり嘘じゃねーか!!」
本気度を悟った藤堂、喚く。
そこで、ビクッとキーちゃんが飛び起きてしまった。
オロオロするキーちゃんを、抱き締めて宥めた。
「え? お、俺のせい? ごめんな?」
藤堂は申し訳なさそうに、一応謝ってくれたのだった。
なんでもないとわかり、ホッとしたように力を抜くキーちゃん。
いいね、ありがとうございます。
2023/10/18