♰43 【先生! 『式神』を作ってみよう!】
部屋に戻って、基本的な術式を習い中だけど、氷室先生が頼んでいた資料が届いたということで、そちらに移ることになった。
私のルーツを知るために、必要らしい。
私の母、蝶華は緑山家という名の術式使いの家系らしい。
そこそこ名の知れた名家であれど、母本人はあまり活躍していないみたいで、氷室先生も名前を聞いた覚えがないそうだ。父や側近からの情報からすれば、守りと攪乱に特化した術式を使う人で、戦闘は援護向き。父とも一緒に、そういう戦いをして乗り越えたとか。
そして、父。父の血筋を辿れば、一人、術式使いの女性が雲雀家に嫁いだらしい。
しかし、その後、雲雀家で術式使いの才能を見せた子どもは、私のみ。
その女性は、龍世家という名家。龍の『式神』を祀る一家。嫁ぎ相手の当時の雲雀家当主に、熱烈な求婚を受けて嫁いだ彼女には、守護神のような『式神』が、そばにいたとか。
しかし、とっくに龍世家は、術式使いとしては、途絶えていた。
今回、その龍世家の情報を、氷室先生が伝手を使って集めてくれたわけだ。
「私が氷室と言う名にちなんで、氷系の術式が得意な通り、血筋によって、特性が術式には大きく影響します。お嬢様の母親は、蝶などの『式神』で大量『召喚』を得意としていたそうです。それから『幻影』ですね。まぁ、術式自体、『幻』を生み出すことが得意ですからね。昨日の負の領域結界のように幻影の世界に飲み込んで閉じ込めるとか。緑山家は、特に守りの結界で身を隠すことを得意としたようです。お嬢様にその特性が引き継がれているかどうか、術式で結界を作ってみて調べてみましょうね」
氷室先生は、パッと掌に氷を作っては、消し去って見せた。
その際、氷という文字と、またヘンテコな字が見えたけれど、それは術式の文字。
術式を発動させるための鍵ってヤツ。正しい答えを出すための数式、みたいな。
この文字を見て覚えれば、なんでも使えるじゃん。
とか、思ったけれど、そうそう他人の術式を見られることはないらしい。
それこそ、その術式が使える術式使いぐらいだとか。
……つまり、私も氷使える! 夏に便利!
「私としては、お嬢様は守りより攻撃向きだと予想をするのですが、それはあの『式神』を召喚したからでしょうかね」
苦笑してから、資料を一枚、私の前に置いた。
「こちらが私が手に入れた龍世家の遺された術式の特徴です。少々、幸運を呼ぶという象徴の金色の龍の『式神』のおかげで、雲雀家に嫁げたなんて、逸話がありますね。そのせいで、幸運は彼女が全て持って行ってしまい、衰退してしまった……変な仮説を書いたものですね」
半呆れ気味な氷室先生に、話してくれる。
【おとぎ話みたいで面白いけどね。じゃあ仮説として、幸運により、運がよかったがために、たまたま『最強の式神』が『完全召喚』が出来たという説は?】
「んー? 幸運で、そんな『完全召喚』を可能にされると……納得出来ませんが」
【幸運、強運。運も実力のうちともいうし、好転させる力があるのは、強いと思わない? 実は、龍世家から引き継いだのは、そういう強運の特性なのかもしれないよ?】
「……すごいですね。納得出来そうな説に持っていきますね。お嬢様は、やはり素晴らしい」
氷室先生。先生が教える側なので、尊敬の眼差しを向けるの、やめてください。
「えー。俺、ちょっと追いつかないんですけど……強運という実力? いえ、能力? 結局、あるんすか? ”なんかラッキーなこと起きる”って感じの特性って認めていいもんですか?」
月斗が首を捻って挙手して、説明を求めた。
「まぁ、立証は難しいですね。言う通り、”なんかラッキーなことが起きる”という曖昧な実感程度だと。でも、そういう曖昧なもので、『完全召喚』を可能にしたと言うなら、本当に奇跡を起こしたことになりますね。だから、他に、お嬢様が縛りを掻い潜ることや、『最強の式神』を『完全召喚』を可能にしたことに、何か特別な才能があるというなら解明をしたいですね。せめて、今回だけでも、可能にした理由が知りたいですが」
もっと納得出来る理由はないかと考え込む氷室先生は、顎に手を添えて俯く。
【縛りって、つまりは条件でしょ。『血の縛り』よりも、他の条件が十二分に満たしたことによって、可能にした説は?】
「他の条件? 血の縛りは元々、生み出した氷室家が枷にしたものですから……『式神』が望んだ条件が、その枷の拘束の力よりも上回る……つまり、お嬢様の才能が、素晴らしすぎたってことですね!?」
興奮気味な氷室先生。
私の才能を過大評価しすぎな気が……うーむ。
【気力の問題だけど、『最強の式神』を『完全召喚』することは、子どもの私に可能なの?】
「……それもまた、返答に悩みますね。本来なら無理でしょう。そもそも、血の縛りを破っています。お嬢様に負荷がかかってもおかしくありませんでした。集中力を変に邪魔したら、最悪、暴走をしてお嬢様は何日も寝込む危険もありました。お嬢様の年齢で『完全召喚』をした前例はありません。そもそも、最年少で『最強の式神』を『召喚』出来たのは、私だったので。私は一部分でしたがね」
天才術式使いの氷室先生は、なんでもないみたいに笑った。
まだ気力の消耗量がよくわからない。大きな術式を使えば、それだけの疲労感は覚える。明確な測定はない。数値化されないエネルギー。
だから、私の気力が膨大、とかいう判定は出されない。出来てしまったのなら、可能な気力量で済んだのだろう。ということで、片付く。
【先生は、あの『式神』のカマの『召喚』は、どれぐらい持つの?】
「使い方によります。昨日のように、振り回しながら、応急処置なんてしながらなら、あっという間に消耗してしまいましたね」
しんどかったと疲れたように息を吐いて、肩を落とす氷室先生。
ということは、と顎を一撫でした私は。
【結局、”集中”が、カギでは? 私は昨日、『最強の式神』だけに集中することに努めました。そう思ったからです。直感でした。もしかしたら、集中が一点なら、消耗は少ないのかも】
「! なるほど……! あれほどの『最強の式神』を使えた理由は、一点集中にあったのですね! それでお嬢様は、六時間ほど熟睡で、すっかり回復したと!」
めちゃくちゃ、嬉々としてメモ書きをする氷室先生。字、汚い。流石、医者。横からだと読めん。
「あのぉ~」と、また月斗が挙手。
「気力の消耗について議論するより、舞蝶お嬢の術式使いとしての才能の解明に集中した方がいいと思うんですけど……」
半笑いな月斗に言われて、ハッと我に返る私と氷室先生。
そうだった。めっちゃ脱線している。
「申し訳ございません、舞蝶お嬢様。優先すべきは、お嬢様の才能を明確にすることでしたね」と、気を取り直して、眼鏡をクイッと上げた。
「お嬢様が引き継いだ特性……。母親の蝶華さんの『複数召喚』は、面白いですね。一体どうやってそんな集中を……」
【蝶々という小さな『式神』だったからじゃない? それこそ自我はなさそうだから、器用なら出来そう。赤ちゃんだった私を、それであやしてたらしいよ】
「な、なるほど……それはまた、本当に器用そうですね」
私の『最強の式神』を一点集中で『召喚』したこととは、真逆だ。
「……この龍の『式神』は『召喚』出来ないんですか? 自我があれば、何かわかったりしません?」
なんて、月斗はへらりと提案してきた。記述の龍の『式神』の文字を指差す。
「流石に『式神』の『召喚』に、必要な名前は遺さないですよ……。特に、家系以外の者に渡らないようにしますからね。再現は不可能です」
わかってないと、やれやれと首を振る氷室先生を見たけれど、私はぽむっと掌に拳を置いた。
【先生! 『式神』を作ってみよう!】
「……お嬢様。作ってみようって簡単に言えるほど、簡単には作れませんよ? それに、どうして作るのですか?」
【作り方知らないけど、作り手の特性は反映されるのでしょう? なんか証明みたいにもなるんじゃない?】
「す、すごい発想ですね……! 『式神』の作成で、自分の特性を反映させて調べるとは……んー。ですが、やはり、気力の消耗の問題あります。いざって時に備えて、お嬢様も『式神』を出して身を守ってほしいので、もう少し事件が解明されることを待ちましょう。せめて、今日明日、ここを襲撃されないとわかるまで」
一応いい案とは、思ってくれているらしい。
ただ、気力切れを恐れて、実行は却下された。
とりあえず、案を出してくれた月斗の頭を、ポンポン。
「ええ? 俺、いいこと言いました? じゃあ、お嬢も」と、月斗は緩み切った顔で、ポンポンし返した。
【その事件だけど、先生も加わらなくて大丈夫なの?】
「……どういう意味ですか?」
【先生ほどの術式使いが抜きだと、厳しいように思えるんだけど……あの負の領域結界とか。数が多いみたいだし、質より量みたいな敵? こっちは質も上げて、対抗すべきだと思う】
「……そうですね。個々の質よりも、量で押してくるようですね。ですが、公安もいますので大丈夫かと」
【そもそも、あの負の領域結界を打ち破れる術式使いって、どれくらいいる? 今回は、どれくらい味方に付くの?】
「…………お嬢様を心配かけたくないですが、あの『負の領域結界』は、込められたエネルギーをゼロまで削らないと解除が出来ない術式でした。もしも似たようなもの、または同等の術式を用意済みとなれば…………どんなに優秀な術式使いを集めたところで……苦戦は必須ですね」
嫌そうに顔をしかめた氷室先生は「……敵を迎え撃つ時、お嬢様は私に参加しろと仰るのですか? お嬢様から離れて?」と、これまた嫌そうに、私が言いたいことを確認する。
「確かに、敵の術式使い対策にも、術式使いは多い方がいいでしょうが……。かと言って、また敵の尻尾は掴めていません。お嬢様の才能は未知数が故に、手に入れようとしてくる可能性も低くはないのですよ」
離れない理由を言い聞かせてくる。
【じゃあ、やっぱり『式神』作ろう!】と、にぱっと笑顔。
「……何故?」と、氷室先生は首を捻る。
【私の才能を調べて、一緒に迎え撃つ作戦を立てるために!】
キリッと、かっこつける決め顔をする。
「参戦したいの!?」と、びっくりして声を上げる月斗。
「お、お嬢様。確かに、今”術式使いは多い方がいい”と言いましたが」と、揚げ足取られたことに、悔し気に眼鏡をクイッと押し上げる氷室先生は「だからと言って、学んでいる最中のお嬢様を加えるわけにはいかないのです。それに、お嬢様の才能を多くの者に知られることになりますので、余計狙われる危険性が増します。味方にまで狙われることになるですよ?」と、咎める口調で止めてくる。
【先生が隠れ蓑になるって言ってくれたじゃん】
「隠れ蓑? 言いましたが……。え? お嬢様。隠れて、私が『式神』を『完全召喚』したように見せるおつもりで?」
笑顔で、コクコクと見せる。
【先生が『召喚』したようにする! それに、迎え撃つのは、敵が期待しているであろう会合でしょう? なら、普通は、最初に仕掛けられた奇襲の被害者である私は行った方が、自然じゃないの? ”待ち伏せかも”って、怪しまれちゃうよ】
そうは予想をつけるが、どうかな。
子どもの私も、以前、会合に連れて行かれて、山本部長と会ったみたいなこと言っていたから、会合に血縁者を連れて行くことは珍しくないのかも。
自然な顔合わせとかさ。ほら、顔知らないまま因縁つけて喧嘩したら、揉めに揉めちゃうから。先に、顔を覚えとけ的な。
「あー、それもそうですよ。お嬢を置いておくより、攻撃力で守りを固めた場に連れて行って、返り討ちがいい気がします。そうすれば、お嬢の『完全召喚』も戦力になりますし、氷室先生だって、隠れ蓑をやるって言ったんですから、ここはド派手に見せた方がいいんじゃないすか? 万が一にも、お嬢に才能があるだなんて情報が洩れてても、氷室先生がそこで大立ち回りをすれば、掻き消えてお嬢が安全になります」
月斗が加勢して、推してくれた。
「……一理はありますね。やはり掴む情報次第では、お嬢様の『完全召喚』は主戦力となります。会合の場に不自然を勘付かれないために行くのなら、参加しないといけませんし。噂で立つかもしれませんから、払拭としても、私が出しゃばり、大立ち回りをするのもいい……なるほど」
ほぼ独り言でブツブツと言う氷室先生は、口元を覆うように手を添えて考え込む。真剣そのもの。慎重だ。
【情報が来るまで『式神』を作ってみよー!】
私は、三度目の提案を、ぐいぐいと押す。
事件の詳しい情報が得られるまで、やれることはしよう!
「……わかりました。でも気力の方は、あまり使いすぎないことを約束してください。倒れてしまっては、元も子もありません」
折れてくれた氷室先生に、わかりました! と、敬礼で返事。
「『式神』の作成に必要な陣を用意しておきますので、その間、依代作りをしてください」
よりしろ……?
「『式神』の身体です。基本的に無機物だったり、動物の皮、剥製も使われますが、今回は紙で工作していいでしょう。それほど簡易的な方が、よりお嬢様自身の特性が露になるかと。お嬢様の家系から、蝶でも龍でもいいかと。『最強の式神』を基準にしないでくださいね、あれは特別巨大なのです。小さくても大丈夫ですからね」
一応、釘をさす氷室先生。
へぇ。素材を用意して、力をそれに込めて、陣とかいう専用の術式で作成するんだね。
……あの『式神』の素材ってなんなんだろうね。何を用意すれば、あんな巨大骸が出来上がるの。
とりあえず、作成について理解した私は、部屋を出た氷室先生を見送ってから、月斗と一緒に工作を始めた。
今日買ってもらった便箋。無駄に多かったので、それを使って龍を作ってみる。
蝶より龍じゃね!? 強そうだから!
というノリで、龍を選択しましたが、何か問題でもありますか?
【……へびさん】
「んー。便箋一つじゃあ、難しいですよぉ~、かっこいい龍さんは」
出来上がったのは、うん、そうだね。
控えめに言って、せいぜい蛇だよね。龍と言い張るなんて、おこがましいよね。
手伝ってくれた月斗は、気を遣って明るく笑う。
便箋を丸めて、貼り付けたところで、かっこいい龍など作れなかった……無念。
『式神』を作るお時間です。
2023/10/11