♰42 お庭の散策と労い花を一輪。
お昼ご飯を食べ終えた私は、食後の運動がてら、庭を散策する。
藤堂にも予め知らせておいたので、男女二人の護衛付き。
お庭のお散歩で護衛がつくんだ…………どこの令嬢。
あ、ヤクザんところの令嬢だったわ。しかも、かなり力のあるヤクザのお嬢でした。
元々、私も敷地内を散策しきれていなかったのである。
まだ知らない方を、月斗と氷室先生と、手を繋いで進んでいく。
すると、林の向こう側に蔵を見付けた。
和な屋敷らしいなぁ。あの蔵、何が入っているだろうか。
すいーと、引き寄せられるように、そっちに向かう。
「お嬢っ。あの蔵は、別に行かなくていいですよ」と、焦った様子で、月斗が止める。
「はい。お嬢様には用がない場所ですよ」と、氷室先生も、やんわりと行くことを止めた。
なんで? 目をパチクリさせていれば、蔵の中から、ちょうど人が出てきた。
半透明のレインコートを、赤いしぶき塗れにした男が扉を開ければ、複数の呻きが洩れるわ、泣き啜る声がするわ……ホラーチック。
ハッと、私の存在に気が付いた男は、自分の姿を見下ろすと、明らかに”ヤバい”と顔に書いて、中に戻って素早く扉を閉めた。
「……」
氷室先生は顔を背けて、月斗はもうしっぶい顔で俯いている。
……なるほど。そういう蔵なんですね。わかりました。
あそこで、私を冷遇した使用人が拷問を受けているのか。
昨日の今日で忙しいだろうに。ご苦労なこった。
「こんなところまで何してんすか!?」と、そこで駆けつける藤堂。
「てめぇら止めろや!!」と、付き添った護衛達を叱り付ける。
離れればいいんでしょ? もう。
スタスタと蔵から離れて、庭園に入って、綺麗に咲いた花を撮る。
「お花を撮るお嬢、可愛い!」
そんな私を撮る月斗と氷室先生。
月斗、連写しすぎ。一度に、何枚撮るの。ファンサいる?
「秋だから花が少なくてすみませんねぇ、お嬢」
しゃがれた声がかけられたかと思えば、戦場で負ったようなデッカイ傷を顔に残した庭師のおじさんが、話しかけてきた。
……草刈りのカマで、侵入者を殺るタイプの庭師ですかね?
「お嬢が最近ちょくちょく庭に来てくれてアッシも花も喜んでますぜい。昔もよく駆け回ってくれて……」
遠い目で、花壇を見つめた庭師には、母が生きていた頃を思い出しているのだろう。
元から人見知りをするタイプだった『雲雀舞蝶』だが、庭で遊ぶことは好きだったらしい。
特に、花。名前が、蝶だからだろうか。花好きだったようで、庭に植えられて揃えられているのは、好みの花ばかりだ。小さなダリアの花は、色別に整列されていた。
摘んでもいいかと、五本の指を見せた掌を見せては、ダリアの花を指差す。
キョトンとしてから、後ろにいる五人のお付きを見て、意図をくみ取った庭師は「どーぞ」と許可をくれた。
代わりに切り取ってくれたので、一本を庭師に笑顔で渡す。
「え? アッシですかい?」と、びっくりした顔の庭師に笑顔でグイッと差し出すと「い、いただきます」と、照れ臭そうに頬を掻いた。
それから、月斗の元へ。しゃがんでくれた月斗の耳にかければ、へにゃりと「ありがとうございますっ、舞蝶お嬢! 一生に大事にします!」と言うんだけど、どうやって? 押し花? ドライフラワー?
首を傾げつつ、次は同じくしゃがんでくれる氷室先生。
氷室先生は眼鏡をかけているので邪魔そうだから、ワイシャツの胸ポケットに差し込んであげる。
「ありがとうございます、お嬢様。生け花として半永久保存が出来る術式を、あとで練習しましょうか?」と、小さく耳打ちしてくる。
……先生も、一生大事にする気満々なの? いや、その術式は興味あるから練習してみますが。
それから、藤堂。
を、横切り、女性の組員に差し出す。
ギョッとしつつも両手で受け取ると「あ、ありがとうございますっ!」と、深々と頭を下げた。最後の花も、隣の大柄の男性組員に差し出す。
「ええっ? じ、自分が受け取っていいんですかっ? あ、ありがとうございますっ」と、オロオロしつつ、受け取るけれど、めっちゃ二人して、上司の藤堂を気にする。
「なんでですかっ!!」と、案の定騒ぐ藤堂。
私は、どうしたの? と言わんばかりに、首を傾げて見る。
わっかんなーい、と頬に人差し指を食い込ませて、とぼけた。
「性格わっる!!」
叫ぶ藤堂の頭を、氷室先生がスパコンッと叩く。
「日頃の行いのせいですって……」
同情と憐みの眼差しを注ぐ月斗だった。
「なんすか。部下に届けさせた便箋、気に入らなかったんすか? 俺が届けなかったから拗ねてるんすね? お嬢なりの愛情表現ですね?」
「いやすげーポジティブに持っていった!?」
月斗もびっくりなポジティブ解釈。
ちゃんと寝た? 寝てない? まだ徹夜明けテンションなの?
「ああ、そうだった。手紙の返事を書いたから、学校に届けてほしいそうですよ。こういうの、世話係の月斗がやるべきだろうが、まだ何も教わっていないからな、藤堂がやれとのお嬢様からのご命令です」
「それマジ? 俺をこき使ってるわけじゃなく?」
「どうせ部下を使う癖に。宿題も終えてしまったから、提出しておいてください」
しれっと、氷室先生が指示を渡してくれる。
まぁ、転校するつもりだし、月斗が新しく覚えなくていいかなって言う判断。
転校してから、そっちで学んでもらえばいいかな。もしくは、他に誰かつくかもしれないしね。
藤堂、やっといて。な気持ちである。確かに、こき使ってます、てへ。
「宿題は提出しないとだぁー。……え? そんな早く提出するものありました? 全部一週間分のやつじゃ……」
「その一週間分を、昼食前の休憩時間に終わらせてしまって……」
「……一週間分の宿題を休憩時間に終わらせてしまったって、何? お嬢の頭ん中、マジどうなってんの!?」
「なんなら宿題、確認してみますか? あなたの頭でもちゃんと理解は出来ますよ、多分」
「多分じゃねーわ!! こちとら立派な大人だ! 小1の問題ぐらいわかるわ!! バカにしすぎだろ! 天才が見下しすぎだ!!」
「あなたは、先ず自分の日頃の言動を見直すべきですって。だから、お嬢様にも労いの花の一輪も、もらえないんですよ」
「ッじゃがしい!!」
ギャンギャン吠える藤堂。吠えさせることが上手な氷室先生。
「あ。そうでした。俺、お嬢にお知らせに来たんでした」
コロッと態度を変える藤堂。
お前、大事な知らせじゃないよな? それを忘れて散策について来たのなら、加胡さんにチクるからね。
「この前、服をポチったじゃないですか。届きましたが……昨日の今日なんで、ちょっと厳重チェック中です。警備に穴作るわけにもいかず、一人に三重チェックをさせている現状ですんでお待ちを。何分、二十着はありますからねぇ」
ガシガシと頭を掻きながら、そう報告。
ポチった服……ああ、もう届いたんだ? あの高級ブランドサイトで適当に選んで頼んだやつ。でも、チェックって……? 段ボールに詰めた通販物にも、入れられる??
「多い分、紛れ込ませやすいですしね。追撃には好機な仕掛けが出来ちまいますからね。術式から爆発物まで、調べは念入りです!」
タイミング悪く注文したことに苦笑はしたが、キリッとカッコつける表情を作る藤堂。
……爆発物は、受け取りたくないね。術式の仕掛けとなると、どういうものかな?
首を傾げて、氷室先生を見上げれば。
「この場合だと、毒系の術式が仕掛けられている可能性があり得ますね。服を着たら発動して、身体を毒が蝕むという類があり得ます」
……怖くて、服着れないね?
「ほら、結界があるじゃないですか。こちらは攻撃を防ぐことに全振りした守りの結界です」
氷室先生が、指を差す空。
何も見えないけれど、結界が張られているとは、庭に出る前にも聞いたな。
こういう守る系の結界って、大抵の術式使いも、あまり気付かないらしい。
「空爆されてもびくともしない強力な結界だぜ? 入り口は門だけで、侵入は不可能です」
自分で張ったわけでもないのに、ドヤる藤堂は胸を張った。
「まぁ、その攻撃防御特化の強力結界も、物に仕込まれた毒やら爆発物は通してしまうのですよ」
藤堂のドヤ顔を、台無しにする氷室先生は笑顔である。
いい性格しているよね、氷室先生。
別にいいよー、と込めて、藤堂に手を振る。
「そうですね。ショッピングにも行きましたし、新しい服はいっぱいですし……何より出掛けられませんもんね。元々、一緒に遊びに行く友だちいないですし」
憐みの目で儚く笑う藤堂が、この上なく腹立つ。
氷室先生が、スパコンと頭を叩いてくれた。
「いってーな!? バカになったらどうしてくれんだ!?」
「あなたの口の悪さが治るように、治療を試みているんです」
「んだとゴラぁ!!」
やっぱり、吠える藤堂だった。
2023/10/10