♰168 追われの身の吸血鬼。(影本月斗視点)
月斗視点!
術式で隠された吸血鬼の島。吸血鬼はもちろん、人間も住まい発展しているが、吸血鬼の後継者争いが絶えない島だ。
そこで生まれ育った俺は、吸血鬼の王族の遠縁でありながら、影の特殊能力を持っていることが発覚した。
周囲の親戚達は、影の特殊能力を覚醒させた俺を身の程知らずだと貶した。
母曰く、自分ではないことに妬んでいるとのことだ。
そんな親戚の誰かに密告されたことで、俺は王家の後継者争いに巻き込まれることとなった。
訓練を強いられては、各国でグール討伐をする部隊の部隊長を任されるようになったのだ。
訓練では、他の影の特殊能力者も見た。
いつしか、他の影の特殊能力者と自分の能力の差に気付く。
俺の影の方がよく伸びるし、威力が強い。
それを母に話したら、そのことを誰にも悟られるな、と言われた。
今よりも、後継者争いに深く巻き込まれるかもしれない。最悪、後継者候補に押し上げられるかもしれないのだ。
数年、実力を隠してグール討伐をしていたが、やがて自分にはもう一つの能力があることに気付いた。
自分の能力を上げることが出来ると、直感に気付いたのだ。
それも他に相談する相手がいないので、母に話せば前よりも顔色を悪くして強張らせた。
「あなた……影の特殊能力だけじゃなく……!」
母の話によれば、かつて初代の吸血鬼の王も、能力のパワーアップ効果を発揮する特殊能力を所持していたという。だから、俺はそんな初代王の先祖返りなのだろうとのこと。
そう言われても、ピンとこない。他の能力者よりも優れた影の特殊能力を持つ上に、さらにパワーアップも可能。それを知られてしまうと、有力視されている後継者候補達に暗殺されかねないと言われて、とりあえず逃げないといけないことは理解した。
「あなたには忠誠を誓うほどのカリスマ性はないし、そんなに頭がいいわけでもないから、利用されるだけ利用されては後ろからぐさりと殺されるのがオチよ」
……否定出来ないが、息子に向かって辛辣すぎる。
でも、まぁ、利用されるのは嫌だし、消されるだけの最期も嫌だ。
誰にも何を言うこともなく、俺は母に連れられて日本へ逃亡。
そうして、かつて雲雀蝶華の命を救った、その恩返しで俺を匿ってもらおうと『夜光雲組』に転がり込んだ。
名前を変えた。その夜、空に浮いていた月を見て、『月』と名乗ることにした。
そして、俺はこの世で最も大事な存在に出逢ったのだ。
雲雀舞蝶。
初めて会った時は、気付かなかった。一度くらいしか、目すらも合わなかったせいかな。
一方的に挨拶だけをして一年もすれ違っていたけれど、彼女が高熱で病院に運ばれて声を失くして帰ってきた夜。
初めてちゃんと目が合った。俺を真っ直ぐに見上げる青灰色の瞳は、丸くて大きかった。
今まで幼い子と接したことがなかった俺にとって、新鮮だった。
気難しい女の子だと聞いていたのに、聞き分けが良くて素直で可愛かった。
舞蝶お嬢には吸血鬼は触れちゃいけないってルールだったけれど、お嬢からならセーフだってことで触ってもらった。
あの時の感動は、今でも覚えている。
幼い子だから当然、小さな手。可愛かった。
そもそも、一年近く一方的に見ていたが、いつも俯いていて暗い顔をしてた。それしか見ていなかった。
なのに、あの夜、初めて笑顔を見せてくれたのだ。
のちに記憶喪失だと知ったが、それが舞蝶お嬢の大きな変化の理由だった。
初めはきっと、同情心だっただろう。よくよく見れば、お嬢様にしては髪はパサパサだし、触れた指もカサついていた。実は冷遇されているかもしれない彼女を助けてあげたいと思った。だから、食事をあげていた。それで助けているつもりだった。
けれども、心を込めてお礼を伝える笑顔の舞蝶お嬢は、助けを求めなかった。『夜光雲組』では下っ端組員だった俺の立場も考えてくれていた賢くていい子だ。
関わって三日足らずで、俺は執着症状が出た。
それくらい、魅力的な人。
魅了されたから執着するのだろうと思っていたが、初めて声を聴いて、確信した。
俺は、この少女に恋をしている。
舞蝶お嬢に、恋をした。
俺は舞蝶お嬢を傷付けずに守る。その誓いに執着することで、吸血鬼特有の執着心を暴走させずにいた。
過去にもお嬢に執着した吸血鬼がいて、異常行動の末にお嬢にトラウマを植え付けるほどに追い込んだ。俺はそうはならない。あんな暗い顔で俯いた舞蝶お嬢には戻さない。俺は絶対に傷付けない。
そんなお嬢を……。
そんなお嬢を……!!
「お嬢!! お嬢!?」
呼びかけても、返事はない。影を繋げていたはずなのに、切れている。
「お嬢をどうした!?」
「久しぶりの挨拶もなしかよ! 部隊長さんよぉ!!」
下劣な笑みを浮かべた吸血鬼の男は、俺が前に率いていた部隊の一人だ。茶髪でギラついた青色の瞳。面長で耳に三連リングのピアスをつけた奴は、ロイヤー。
舞蝶お嬢との間に水晶玉を放られて、異空間に一人閉じ込められた。水晶玉は二つ。恐らく、お嬢も俺のように一人で閉じ込められただろう。
こうして、俺を狙ったのだ。俺とお嬢を狙った。お嬢を傷付けるかもしれない。いや、傷付けるはずだ。
この違法薬物の件に、王家の吸血鬼も絡んでいるかもしれないと聞いてから、これを危惧していた。お嬢も、俺の事情に巻き込まれるかもしれないと。火の粉が降りかかるかもしれないと。気が気じゃなかった。
その危惧が、現実になってしまったのだ。
許さない。許せねぇ。絶対に許さない。
「お嬢を返せ!!!」
「やっぱりあの小娘に執着してんだな!? ギャハハ! ロリコンだな!!」
言い当てられて、グッと押し黙ってしまう。
だが、この口振りだと、すでに予想はされたらしい。
「なんでお嬢も閉じ込めた!?」
「『トカゲ』の依頼でもあるからなぁ。部隊長の情報をくれる代わりに、あの小娘もついでに殺してくれと言われたからだよ、ギャハ!」
「っ!? 『トカゲ』の、依頼……!?」
ロイヤーはおかしくておかしくて堪らなそうに、お腹を抱えて笑い、顔を歪ませた。
『トカゲ』がお嬢の命を狙っていることに、目の前が怒りで真っ赤になるが、俺は睨み付けることをやめない。
「アンタが影の特殊能力を使ったのを見たんだと」
いつだ!? いつ『トカゲ』に視られた!?
姿を隠す『トカゲ』の『式神』を通して、視られていたのか!?
それで『トカゲ』は、内通している吸血鬼に情報を流したのか。予測した通り、王族の吸血鬼達も関わっていた。
今日は俺とお嬢を殺すために罠を張られたんだ。
「なんで逃げ出したか知らねーが、腰抜けのアンタは死刑だってよ!! 残念だったな!? 部隊長さんよぉ!!」
俺の能力までは知られていない。
上を指差すロイヤーは、上からの命令だと示唆している。『トカゲ』と繋がっているとはまだ確定出来ないが、恐らく有力な後継者候補の誰かが、「腰抜けは死ね」とでも言ったのだろう。
だから、ロイヤーは俺を殺しに来た。
今も俺の射程範囲に入らず、距離を保っている。
ロイヤーは、念力の特殊能力を持つ吸血鬼だ。
その気になれば、壁や床を破壊して瓦礫を吹っ飛ばしてくるし、手を触れることなく身体を押さえ込むことも可能。
だが、苦戦して長い時間かけるわけにはいかない。一刻も早く、お嬢を助けに行かなくては。
お嬢の元にも、吸血鬼がいるかもしれない。
傷付けられる。お嬢が傷付けられてしまう。
俺は傷付けずに守ると誓っているのに。
心臓が早鐘を打つように響き、頭の芯は爆発しそうなほど熱い。許さない。絶対に許さない。
俺のお嬢に傷一つでもつけようものなら……!
殺す! 絶対に殺す!! 生まれてきたことを後悔するほどに殺す!!!
先ずは、ロイヤーだ。
これ以上、俺の情報を明け渡すにはいかないから、能力向上は使えない。また視られているかもしれないから、使うわけにはいかないのだ。
今所持している銃と、影の特殊能力で仕留める。
瞬時に、俺は銃口を向けて発砲。
しかし、ロイヤーは、念力で軌道を逸らした。壁に当たった弾丸は、氷の術式が発動して凍る。
もう一度、発砲して踏み込む。
ロイヤーはまた軌道を逸らし、俺を念力で捩じ伏せた。
俺の身体は、床に叩きつけられたが、その前に影は伸ばしている。射程内だ。立体化し、棘のように影を放つ。
「おっと!」とロイヤーは間一髪避けた。
身体が自由になったところで、俺は足を狙って撃ち続ける。吸血鬼の俊敏の動きを、吸血鬼の眼で追い続けた。
ロイヤーも弾丸を逸らしながら、撃ち返してくる。俺は影の壁を駆使して、ロイヤーの弾丸を弾き止めた。
「腕は鈍ってないようだな!? 部隊長さんよ!!」
「……」
笑っていやがるロイヤーの顔を引き裂きたい。
しかし、ロイヤーが破壊した壁や床の塊を投げ飛ばし始めたから、防御に徹した。
「おいおい! そんな影の能力使って平気か!? へばるだろーが!! アンタにはあの小娘がぐちゃぐちゃになった姿を見せてーんだから、頑張れや!!」
「――――」
影の壁を背にして、お嬢の気力回復薬を口にした俺は、怒りのあまり噛み砕いてしまう。
お嬢の血が流れる。それを想像するだけで、頭がどうにかなるかと思った。
……殺す!!!
もう出し惜しみするわけにはいかない。俺のせいで、お嬢に手出しされるんだ。
能力向上……!!
カッと、胸の奥が熱くなる。希龍のひと鳴きでパワーアップする感覚と同じだ。
立体化した影を鞭のように振る。それは今までの影の長さとは比較的にならない。そして、鞭のようにしなやかに動くが、鋭利だった。
反応が遅れたのか、能力の気力切れでも起こしたのか、ロイヤーは念力で止めない。狙いは、首だ。首に当たった。
「え」
宙に飛んだロイヤーの頭は、間抜けな声を溢す。
奴はなんで影の特殊能力で首を刎ねられたか、わからないまま絶命するだろう。
俺は冷めた目で見下ろした。
もっと苦しめて後悔させたかったが、ここから出てお嬢の元に駆け付けなくちゃいけない。
呆けた間抜け顔のロイヤーにも、殺意が湧いたから、影を操ってそのまま頭を両断した。
途端に、氷だらけの空間がひび割れて崩壊する。弾けて、さっきの空間にロイヤーの死体とともに、戻された。
そこに藤堂さん達が、不死の怪物と戦っていたのだ。
「お嬢は!?」
「お前と一緒じゃないのか!? 希龍もサスケも同時に消えた!!」
「なっ……!?」
冷たい焦りが身体を貫く。
お嬢の『式神』である希龍とサスケが消えたということは、お嬢の身に何かあったということではないのか。
俺の足元に水晶玉が転がっている。一つは割れていて、もう一つは前にお嬢を飲み込んだものと同じく、周辺を水面のように歪ませていた。ここにお嬢が閉じ込められている。
希龍がいれば、術式の無効化のひと鳴きでこじ開けてもらえるが、いない。
どうすればいい!? どうすれば、お嬢を助けられる!?
この中で、お嬢を傷付けられていたら……!!
影で水晶玉に触れようとしたが、弾かれた。
異空間を展開する媒体に触れられない。触れられたところで、壊すことも出来ないだろう。かと言って、壊すことに躍起になっても、お嬢を出せるという確証もない。
いや、能力も気力が源だ。影の特殊能力でこじ開けてやる!!
気力回復薬をまた一つ、飲み込んだ。
そして、歪んだ空間に影を突き刺さす。
刺さった!
なら、こじ開けるまで!!!
全力で影の力を操った。そして。
ピシッ。
亀裂が入った。
次回、舞蝶ちゃん視点に戻ります!
2025/09/20