♰163 「悪い飼い主から奪っちゃった♡」
「……話には聞いていましたが、月斗は舞蝶お嬢に執着なさっているのですね。大丈夫ですか?」
「問題はないですよ」
「そうですか。舞蝶お嬢が言うなら、そうなんでしょうね。でも、万が一に暴走した時は、容赦しません」
「……」
護衛として、吸血鬼の執着症状による暴走をした際の対処はすると宣言する。
それは外部からの護衛如きが、出しゃばるなと思ったし、月斗に手を出されると思うと不愉快だった。
まぁでも、まだ月斗を知らないからしょうがない部分もあるので、寛容に許しておこう。
「無駄な手出しをするなら、その手を切り落としますよ」
そう淡々と返しておいた。
「……はい、肝に銘じておきます」
宮藤さんは、笑みを崩さずに答える。
私は宮藤さんと話すことをやめて、こてんと月斗の腕に凭れた。そしてギュッと彼の右手を握り締める。大きな手。月斗はまたもやゴクリと喉を鳴らしつつも、握り返してくれる。
宮藤さんは意味深に視線を送ってくるが、何も言わなかった。
「動くな!! 動くと撃つぞ!!」
少しすると、平穏な時間をぶち壊す強盗が現れたので、私は淡々とメッセージで【来た】と一斉送信しておく。
私が張っている銀行に来た。さて、捕まえようか。
銀行を利用している一般人達は、青ざめて震えて身を縮める。
今のところ、『式神』は見当たらない。万が一、ただの別件の強盗犯だったらどうしよう。こんなしょっちゅう強盗が起きるはずはないけれど……『式神』が出ないことには動き出せない。
現行犯逮捕が望ましいからだ。
目撃証言があっても、防犯カメラに映らないので。
月斗と宮藤さんと目配せをして、様子見をすると指示をする。
「お前達、集まれ!! こっちに固まれ! 早くしろ! さもなきゃ撃つぞ!?」
マスクを被って素顔を隠した強盗犯は、男。黒の拳銃を突き付けて、私達を含む客を警戒して集める。黙って従っていると、文字が視えた。術式発動の文字だ。漢字に似た難しい字のような模様。それが術式の正体。
宙に浮き上がる文字が、『式神』を『召喚』する。
白いもふもふの大型犬が現れた。幸い、脅されている客達は、怯えていて俯いていたので目撃はしていない。ビンゴだ。
「変な動きをしたら、この犬が噛み付くからな!! 威嚇してろ!!」
「ガルル!!」
犬の唸り声を聞き、客達はさらに悲鳴を上げて震え上がった。
キーちゃんは早速自分の出番かと鼻息を荒くして私を見やる。けれど、私は待ったをかけた。
試したいことがあると、意思の疎通をするとキーちゃんは大人しくなる。
自我のある『式神』は、その文字、つまりは名前に呼びかけると意思の疎通が出来るのだ。
だから、試してみる。先程視た文字を思い浮かべて、呼びかけた。
ピクリ。白いもふもふの大きすぎるくらいの大型犬の姿の『式神』は、耳を震わせた。
つぶらな黒い瞳がこちらに向く。うん、自我がある『式神』だ。
そんな主人よりも、こっちにおいで?
そう優しく話しかけた。キョトンとした犬の『式神』は、ツンと立てていたふわふわの尻尾を振り始める。
ポンと、犬の姿は消えてなくなった。
それを見て、すぐに私はあの犬の『式神』を『召喚』する。
「わふっ!!」
「な、なんだお前!? なんでそっちにいるんだ?! 俺の『式神』だろ!?」
「ごめんね? 悪い飼い主から奪っちゃった♡」
んべーと舌を出して挑発した。
「術式使いだと!? ふざけやがって!!」
マスクをしていても真っ赤になったことがわかる強盗犯は、銃口を私に向けた。
途端に動き出すのは、月斗。吸血鬼の超人的なスピードで、犯人の間合いに詰めた。
月斗よりも遅れてはいたが、宮藤さんも私の前に立ち塞がる。護衛として壁になった。
でもすでに月斗が銃を取り上げて、犯人をねじ伏せたあとだ。
犬の『式神』をわしゃわしゃしつつ、喚き散らす犯人を眺めた。月斗に押さえられて、ビクともしないことに慄いている。
「クソ犬ー!! この役立たずが!!」
「サーくん、やっちゃって」
犯人が悪態をつくものだから、私はサーくんに頼んだ。こくん、と頷いたサーくんは、人形のお手てを振った。
「うわー!! なんだこりゃ!? やめろー!! うぎゃー!!!」
サーくんのお得意の幻覚を見せれば、蒼白な顔になって悲鳴を上げる。
恐ろしいほどの幻覚を見ているのだとわかる悲鳴だ。サーくんは、恐怖の幻覚を見せるプロである。
そんな犯人を、待機していた公安の人が手錠をかけた。
優先生達も集まってきたので、徹くんに今回の『式神』を紹介。
「この子、公安で預かってくれない? 誰かしっかり面倒見てくれる人に使ってもらった方が、この子もいいでしょ。ね?」
「わっふ!」
「いいよ、あとで術式教えてね。しっかし、『式神』を横取りとはすごい」
「目がよく意思の疎通が他の術式使いよりも優れているのですから、お嬢様には簡単ですよ」
「氷室がドヤ顔をするなよ」
徹くんも犬の『式神』をわしゃわしゃして、感心した。
その横で自慢げな優先生に、ジト目の藤堂がツッコミを入れる。
私が使うには、多分活躍もしないだろう。私にはキーちゃんとサーくん、それに『最強の式神』の氷平さんがいる。他の主人を見つけて活躍してほしい、と願いを込めたら、ペロッと頬を舐めてくれた『式神』の犬。私も徹くんと一緒にわしゃわしゃと撫で回した。
嫉妬でもしたのか、キーちゃんとサーくんがグリグリと頭を押し付けてくるので、二人のことも撫でていると。
「あ、あの!!」
銀行強盗の被害者である若い女性の一人が、声を上げた。
その視線の先にいたのは、月斗。
「犯人を取り押さえた姿、かっこよかったです!!」
紅潮させた顔で告げる女性を見て、スーッと冷めた気持ちになった。
キラキラとしつつも熱っぽく見つめる女性は、明らかに月斗に恋に落ちている。
不愉快極まりない光景だった。
またもや朝更新し忘れるというミス……!
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2025/09/16