♰158 吸血鬼の忠誠モテ期。
ハッと目を開くと、見覚えのある天井。
「お嬢様? 気がつかれましたか」
「お嬢ぉ……!」
横を見れば、雲雀家にある私の部屋に優先生と月斗がいた。
「私、は……」
「妖刀に気力を吸われたようです。安静にしていてください」
「気力を吸われた……? 正常な反応なの?」
確か、吸血鬼の自己治癒力も奪い取る妖刀だったはずが、まさか私の気力が吸い取られて気絶させられるとは……。
いや、あれは……気力を吸われたようなものではない。生気をごっそりと吸い取られたのではないか。
「舞蝶! 大丈夫か!?」
「近付くな! 大丈夫じゃない!」
「ぐっ……! よ、妖刀は持っていない、持っていないぞ!」
部屋に組長が入ってきたものだから、フシャーッと威嚇して完全拒絶をする。
二度と触るか、あんな妖刀!
両手を上げて持っていないと示す落ち込んだ組長を無視して、ベッドから這い出た私は月斗に抱っこしてもらった。
「帰る!」と声を投げつけて、月斗に歩き出してもらった。
「もう二度と巻き込むな! 後継者争奪戦に私を巻き込んでみろ、ただじゃ済まさない」
「……!!」
凄んで見せれば本気度が伝わったのか、組長は青ざめる。
ひしっと月斗に抱き着きつつ、あの妖刀の吸引力を思い出す。
まるで魂を吸い取られるかと思った。生きた心地のしない感覚だった……。
なんなんだ、あの妖刀。でも私は以前にも触ったことがあると言っていた。
いや、それって絶対よちよち歩きとかしていた頃の『雲雀舞蝶』だよね。それなら、別人格状態の私だからこそ『攻撃』されたのか……?
腹立つな、組長も妖刀も。
「お嬢、無事に目覚めてよかったです」
「月斗が受け止めてくれたの? ありがとう」
「呼ばれたので、間に合いました。お嬢に怪我がなくてよかったです」
軽くギュッと抱き寄せてくる月斗にお礼を言えば、へにゃりと笑い返された。
スマホを確認すれば、気絶していたのはせいぜい十分程度。優先生も特に何も言わないので、本当にただ気絶していただけであの部屋のベッドに寝かせられていたのだろう。
ちゃっちゃと帰ろうと迎えの車に乗り込んだところで。
「やはり、殿です!!」
眼鏡の奥で目を爛々と輝かせた常磐少年が、一番に口を開いた。
「殿が……なんだって?」
何の話かと思うけれど、殿呼びされているのは私なので、私の話なのだと察する。
「あの『雲雀草乃介』に上に立つ者として叱咤する! その声を聞いてるだけで武者震いが走りました!! あなたこそ我が殿です!!」
「だからその殿呼びやめようか」
物凄く一人で盛り上がっているけれど、いい加減殿呼びはややこしいからやめてほしい。私はお嬢である。百歩譲って姫様でしょ、おひんさまでも可。
「お嬢様……残念なお知らせがあります」と哀愁漂わせた藤堂が切り出す。
何よ。
「ノアが執着症状を出した。認めてくれる?」
燃太くんは友だちも私の下につくことを期待して、そわそわした様子で尋ねた。
ああ……武者震いしながらゴックンしたのねー、と想像がついた。
「んー……保留で。今日は疲れた」
はぁ、と疲れ切ったため息を零す。
「そうですね、色々ありすぎました。お嬢様を休ませないといけません。この話は後日にしましょう。お礼もその時に」
優先生は眼鏡をクイッと上げて、常磐少年を宥める。
常磐少年は頬を紅潮させたまま、うんうん頷いた。
私を抱えたままの月斗に寄りかかって、目を閉じる。ぐったりした私を心配して背中を擦る月斗だったけれど、みんな気を遣ってくれて静かになってくれたので、再び寝ないけれどそのままにして休ませてもらった。
次の日。七助さんに会いに行くと頭を下げられた。
「忠誠を誓わせてくれ」
吸血鬼忠誠心モテ期……?
監禁されている七助さんへの週一の面会も四回目。あれから、ひと月になる。
その間、七助さんの生態は調べ尽くされた。非道な検査や実験は、変わらずされていないとのこと。
七助さんは、吸血鬼を超える治癒力と怪力を持つ。血液は口で摂取することは可能なことは可能。しかし、今のところ私が提供した薬でエネルギー補給を済ませている特異体質だ。特殊能力は、今のところ確認されていない。
結論、通常の吸血鬼より少し優れた吸血鬼。
そこで胸を撫で下せればよかったのだけれど、それらが明らかになると、七助さんの今後の処遇は決まった。
『トカゲ』側に生み出された吸血鬼とほぼ変わらない生態の七助さんを、やはり手放しで自由に出来ないと判断が下された結果、七助さんには爆弾付き首輪をつける決定が下されたのだ。
首輪の爆弾は、吸血鬼の頭を簡単に吹っ飛ばせる威力らしい。もちろん、そんな威力で頭を吹っ飛ばされれば、吸血鬼も死ぬ。優れたとしても。万が一、『トカゲ』に寝返っても対処が出来るように、今のうちに保険をかけたい上層部の意見らしい。
なんともふざけていると、私は無言で怒った。説明する徹くんが申し訳なさそうなので、口を挟まない。
「起爆スイッチは警視総監と、『黒蝶』で預かるなら俺が持つことになる。これが起爆スイッチと爆弾付き首輪だ」
スーツケースの中にあるカバー付きのボタンと、重たそうなゴツいチョーカー。
聞きたくないので聞かないが、私の部隊である『黒蝶』が七助さんを預からない場合でも、この爆弾付き首輪はつけて生活しないといけないだろう。不愉快な話である。
不機嫌になって黙り込んだ私の前に、七助さんは片膝をつくとその言葉を告げたのだ。
今週は、吸血鬼に忠誠を誓われるモテ期なのか……?
「君は俺にとって、希望だ。あの囚われた場所からの脱出の希望だけじゃない。とても、大きな希望なんだ。希望の光で、水だ。絶望という干からびに、希望という潤いを与える水。必要不可欠な存在だからこそ、執着をしているんだと思う。そんな君に、忠誠を誓わせてほしい」
記憶のない七助さんは、私が希望。希望の存在である私に、執着をしている。
必要不可欠な執着相手である私に、忠誠を誓いたい。それが七助さんの意志。
今後も、私の部下として、従者として、仕えたいという意。
「いいですよ。七助さんの忠誠を受け入れましょう」
「……ゴクリ」
にこりと微笑めば、足元の七助さんは喉を鳴らした。
またしばらく書き溜めておきますね。
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2025/03/03