♰156 誘拐。
放課後、門の前には大型の車が寄せてあって、従兄の姿があった。
「舞蝶ちゃん! 乗って! デザートでも食べよう?」と笑顔で誘ってくる。
……物凄く嫌なんだけど。
「……知らない人の車に乗っちゃいけないので」
〔うん。お嬢、エラいです〕
月斗に褒められなくとも、普通に嫌なだけである。
運転手も、そばに立っている人も、強面でガラが悪いチンピラ風。
「酷いな、舞蝶ちゃん。従兄なのに」と、苦笑する従兄。
まぁ、確かに。従兄を警戒することもないだろう。
「でも、私の迎えが待ってるから」
「じゃあ、そこまで行こう。乗って?」と促して、隣の付き添いの大人に目配せ。
「お嬢、ランドセルをお持ちします」と手を差し出してきた。うーん。しょうがない……。
投げやりでランドセルを預けて、従兄の手を借りて、乗り込んだ。ランドセルを隣に置いてもらって、発車。
「……駐車場。過ぎたんだけど」
〔え?〕
「どこ行く気なの?」
駐車場を過ぎてしまったことを、月斗に教えつつ、静かに隣の従兄に尋ねた。
「舞蝶ちゃんとゆっくり話せるところだよ」と、ニコリ。従兄は駐車場に行かないことを悪びれない。
「記憶ないから、話す義理を感じないんだけどね」
「そこだよ、記憶喪失」
「?」
「記憶喪失で家を出て公安の預かりになっても、舞蝶ちゃんは『夜光雲組』から護衛が派遣されるくらい、組長にはまだ大事にされているでしょ? だったら、舞蝶ちゃんの記憶を取り戻せれば、三年前の罪も帳消しになるじゃん」
……罪? 会わなくなったことに理由が?
〔お嬢〕
強張った月斗の声に反応して、影を二回足裏で叩く。
だめ、と込めて。
〔……はい〕と出てくることを堪える月斗。
月斗の影の特殊能力を知られるわけにはいかない。
殺すと厄介だ。
まだ従妹を連れ出しただけ、と言える。そんな相手を殺してはこちらが罪に問われかねないから、事情を聞くまでだ。
「三年前の罪って、何?」
「酷いね、記憶喪失で忘れ去るなんて。罪なんて、本当はないんだよ。舞蝶ちゃんの事件に遭った原因だって責任を被らされて、事実上の追放……僕は後継者候補にまで外された!」
ギッと拳を握り締めて顔をしかめっ面にした従兄。
今朝は後継者候補じゃないって言っていたけれど、元は後継者候補だった?
「三年前の事件ってことは、よその組の吸血鬼に襲われたこと?」
真横のランドセルの上に頬杖をついて、詳しく尋ねた。
「それは聞いているんだね。そう。よその組と言っても良好な関係を築いていたんだ。僕が組長になった暁には、好待遇を約束したのに……一匹の吸血鬼のせいで。一時的に預かっていた舞蝶ちゃんに目を付けられて、呼び出されて離れた隙に襲われたって……嵌められたのに」
「……つまり。出会った元凶を作ったのは、松平であり、預かっていたにも関わらず、離れたから吸血鬼の襲撃を許してしまったと?」
よその組の吸血鬼と出会わせて、そして襲撃も許してしまった。
「ああ! でも、嵌められただけだ! なのに、その組を潰したあとに、怒りが静まらない組長が、松平家に二度と雲雀家の敷居を跨ぐなと通告されてしまった! 僕は後継者候補から外されたことになったし! 下についていた組員が、みんな離れてしまった! 落ちぶれてしまったんだ! 酷いじゃないか!! だから、今回、舞蝶ちゃんの記憶を取り戻してあげるよ! そうすれば、帳消しだ! あの組長は、泣いて喜ぶだろ!?」
希望に満ちた顔で笑うけれど、そんなのは幻である。
「いや、普通に非があるよね、それ。誰の子を預かっていたのか、自覚なかったわけ? 離れて危険な目に遭わせるのは、アウト。それも『血の治癒玉』を使うほどの事件だ。妻も亡くして、まだ半年だったっけ? 逆鱗に触れたに決まってるじゃん。雲雀家に近寄るなって言うのは、私にも近付くなって意味で、また罪を犯したようなものよ? 欲張らずに、細々生きればよかったのに」
罪を重ねたようなものだ。
「……君。本当に性格変わったね。大人しくていい子だったのに」
「なんで誘拐する罪人相手に、いい子でいないといけないの? あとバカな案のことだけど、記憶は取り戻せないよ。三年前の当事者と会っても、襲われても、アルバムを見ようとも、思い出さなかったもん。微塵もね」
嫌悪と怒りに満ちた子どもらしかぬ顔をする従兄を、嘲笑ってやる。
〔お嬢。俺が〕
「だめ。誘拐なんて、殺すほどの罪とは言い難いでしょ」
月斗が敵確定と出てこようとしたが、口で止めておいた。あくまで、まだ誘拐罪だ。月斗が出ててきて、影の特殊能力を知られたら、その時点で抹殺一択となる。だから堪えてほしい。
「? 何を言っているんだ?」
当然、月斗の声が聞こえていない従兄が、怪訝な顔をする。
「殺すほどじゃないから、どうしてやろうかと思って」と、言うのは本当だ。
頭上では、キーちゃんとその背に乗ったサーくんが、キョトリとしている。
サーくんで幻覚攻撃をするには、運転中は危ない。無駄に怪我をするかもしれないもんね。『治癒の術式・軽』で治せないくらいだと困るし、誰かを巻き添えに轢いても困る。
「後継者候補ってさ。他に誰かいたの?」
「分家に何人か。まだ正式な後継者候補教育も始まってないから、今のうちに君の記憶を取り戻して、返り咲くんだ!」
「だから、記憶を取り戻したりしないって」
「治療法なんてたくさんある! 多少危険な治療法は、もちろん試してないんだろ!? 先ずは、電気ショック療法を試そう!」
「ふーん。そう。電気ショック療法って……」
手を伸ばして、従兄の肩に触れた。
「こんな感じ?」 バチンッと電流の術式を流し込む。
「んぎゃ!」と身体を跳ねて、悲鳴を上げる従兄。
前の座席に座る護衛だか、傭兵だか、知らないが、大人達が振り返る。
「なんだ今の!!」
「私が術式使いだって知らないの? 対策を講じないなんて、手抜き? そんなんでよくもまぁ、『夜光雲組』の組長を目指せるね? 器じゃなくない?」
「な、なんだと!?」
嘲笑ってやってから、銃を創造して銃口を突き付けた。
ビクッと震える従兄は、驚愕と恐怖で固まる。前の席の大人達も、息を呑んだ。
「手と足。どっちが撃たれるの、嫌?」と笑顔で問う。
「お、脅しだろ! ハリボテの銃に違いない!」
「じゃあ足にしておくね」
パンッと、左足の甲を撃ち抜いてやれば「うぎゃあああ!」と悲鳴を上げた。
「早く車を停めなさい。さもないと主だか、雇い主だか知らないけど、穴が増えるよ?」
同車している大人達に告げる。
彼らが動くより、私が撃つ方が早い。無駄な抵抗をするなら、撃つまでだ。
「ふ、ふざけるな! こんなことをしていいわけがない!」
「誘拐して電気ショック療法を試させることと同等だよ? 自分を棚に上げるなんて、さらに器じゃないね」
ダンッと撃ち抜いた足を踏み潰すと、また悲鳴を上げた。
「早く停めなさいよ」
「うぎゃああ! 踏むなぁああ!!」
「停めるなら、離してあげる」
「停めろ! 車を停めろ!!」
所詮は、ただの子ども。涙をボロボロ落として、悲鳴を上げるように命令を下した。
路肩に停まった車。約束通り、足を退かしてあげる。血に濡れた足裏で、自分の影を踏むことは気が引けたので、前の座席に擦って拭った。
〔気にしなくていいのに〕と、影の中の月斗。気になるもん。
私が出るより先に、一人が車から飛び出した。
あ、逃げた、と思ったが、ドンッと突き飛ばされて、車内に戻ってきた。
「殿!! ご無事ですか!?」と、竹刀袋を喉元に突き付けたのは「常磐、さん?」 常磐少年だ。
「殿を拉致するなど、許されぬ狼藉! 生きて帰れると思うなよ!?」
「いや生かすけれど?」
「何故です!? 寛大すぎますよ!」
「そんなんじゃないけど」
別に殺すほどじゃないってば。
逆の方のドアが開けられたかと思えば「おやおや、痛い目みたようですね。従兄殿?」と、意地悪に嘲笑う優先生と「大人しくしないと、腹にド穴空くことになんぞ。あ?」と、上着下から隠れて近距離で、銃を腹に突き付ける藤堂。
笑顔でドスの利いた声を放つ。
それから、私の左のドアを開いたのは、燃太くん。
「舞蝶、怪我はない?」
「うん。駆け付けてくれてありがとう。でも、よくわかったね?」
「月斗さんから誘拐されたってメッセージが来たから。ノアに探らせてもらったんだ」
ああ、なるほど。月斗がすぐさま連絡をしてくれて、飛び出した常磐少年が吸血鬼の能力で追跡をして、同じく連絡を受けた優先生達と、一緒に見付け出してくれたのか。
「んで? 従兄で三年前の事件の責任の弁解のためって聞きましたが、どうしやす? 『夜光雲組』に知らせますかい?」
藤堂に問われて少し考えたあと「雲雀家に行こう。とりあえず、組長に戻るから会えって連絡して。いないなら、コイツら置いておくだけだよ。サーくん。やっていいよ」と、指示をすると、ピコンと両腕を上げたサーくんは頼られて、はしゃいだ。
逆に出番のなかったキーちゃんは、むくれ気味。
まぁまぁ、と鼻先を撫でて宥めておく。
「うぎゃああ! あっ、ぁ……――」
頭を抱えるなり、従兄もその手下の大人達も絶叫しては気絶した。
「ええっと……サスケ、何やったんです?」
ツンツンする藤堂は、気絶を確認。
「おねんねする悪夢、ゴホン、夢を見せただけ」
悪夢と言う名の幻覚を見せて、気絶させただけだけどね。
「悪夢ですかい……。てか、連絡って、マジでその内容を送信した方がいいですかい?」
「イチイチ文面考えないといけないの? 私からの伝言だって、ありのままに言えばいいでしょ」
躊躇するなら、私が打つよ?
「親戚に迷惑を被られたから、舞蝶お嬢様が“今戻るから会え”と仰っていると伝えればいいでしょう」と、優先生も不機嫌に急かした。
「迎えの車あるよね? 燃太くんと、あと常磐さんも、この二人を運び出してくれて、そっちに乗ってついてきてくれる? 常磐さんにはお礼しておきたいし」
「いいんですか!?」
「お礼をするだけ。ぬか喜びしないで」
つれないかもしれないが、釘をさしておく。
でも喜びの雰囲気全開の常磐少年。
そういうことで、藤堂の運転で、行くことになった。優先生は後部座席で、従兄の止血をしてやり、真ん中の座席に出てきた月斗と肩を並べる。お抱え運転手と従兄の手下二人と燃太くんと常磐少年も、後ろから車でついてきた。
こうして、急遽、実家へ戻る。
お久しぶりです! 今年初更新!
お仕事が落ち着いた隙に、3日更新しますね。
5章はそろそろ終わりにして、6章を練り直しておきたいかな。6章はまとめて一気に毎日更新したいですね。
ところで話変わりますが、『執筆配信』を目論んでいまして、
この『冷遇お嬢』などの連載は今のところ公開執筆する予定はないので、皆さんから要素をリクエストにもらって短編を書きたいと思っています。
後程、活動報告で募集するのでよかったら書き込んでくださいませ!
新しい試みなので拙いとは思いますが、『執筆配信』をする時は覗きに来てくださると嬉しいです!
今年の抱負は『とりあえずチャレンジ』で、
目標は『連載一つ完結』でして、一応クリアしてます。
出来れば今年中に『冷遇お嬢』も完結を目標にしたい、ですね。まだまだ書きたいエピソードがあるのでどうなるかわかりませんが、一応目標に掲げたいです。
よろしくお願いしますね!
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2025/03/01