♰126 「どこかの名家のお嬢様ですって?」
青色のワンピース風制服の上に、白いもこふわのコートを着て、リムジンから降りて登校。
「あなた。どこかの名家のお嬢様ですって?」
と、立ちはだかるピンクかかったブロンドのツインテールをカールした女子生徒とその取り巻き。
ジロジロと見下す視線を一瞥して、そのまま横切るけれど。
「ちょっと!? 無視って何様よ!? 雲雀家なんて、知らないわよ!!」
声を上げるツインテール少女。
「もしかして、私に話しかけてます?」
こてんと首を傾げる。
「は、はぁ!? 当たり前じゃない!」
「当たり前? 見ず知らずの人に挨拶もされずに話しかけることがあなたの当たり前かもしれないですが、私の常識では当たり前ではありません」
と切り返す。
「なっ!」と、赤面してぷるぷる。
見たところ、四年生か、五年生ってところだろうか。
グロスをつけて、コロンなんかプンプンさせている。発言から察するに、いいところのお嬢ちゃんだろう。
「ま、まぁいいわ! あなた、あたしのことも知らないのに、お嬢様ぶらないで!」
……ちゃちなプライドである。
「井戸の中の蛙って言葉知ってる?」
「え?」
「井戸の中でふんぞり返ったカエルのことよ。何もかも知った気でいるけれど、カエルは井戸の中しか知らない。外には広い世界があるけれど、知ることもないの。知らない方が幸せなことがあるって言うけれど、あなたには教えてあげるね。この学校で偉ぶっているお嬢様みたいだけど、果たして本当に偉いのかしら? 少なくとも、私はあなたを知らないわ。どこのご令嬢だとしても、私を知らないなら、私もあなたを知る必要はない。子どもの中で威張っているのは、あなたの勝手だけどそれに私を付き合わせないで。全部知った気でいて、王様気取らない方がいい。所詮親がお金を持っているか権力者でしょ。それが? あなたを本当に守るのかしら?」
歩み寄りながら、目を細めて、嘲笑う。
「ま、守るって?」
「私がリムジンから降りる際にドアを開けた護衛。彼の上着の下には、何があると思う?」
「は?」とポカンとしたあと、ツインテール少女は「あはは!」と笑い出した。
「何? 銃でも持ってるわけ!? バッカじゃないの! 違法よ! 持ってるわけがない!」というから、やっぱり表の者だから、呆れる。
「じゃあ、持ってたら?」と、創造した拳銃を、グリッと少女の腹に押し付けた。
「えっ……?」とかすれた声を零して、押し付けられた銃を見下ろす少女の顔が、見る見るうちに青くなる。
「ほ、ほんもの、なわけっ」
「試したいの? 自分のお腹に穴を開けたいんだ?」
明るく笑って見せれば、少女はカタカタと震えた。
「あなたが銃を持っているお嬢様の家の名を知らないのは当然でしょ? そういう世界を知らないんだから」
「……っ」
「知りもしない相手に威張るとどうなるか……想像出来た?」
こてんと首を傾げてから。
「バンッ!!」と、声を上げて脅せば、少女は悲鳴を上げて尻もち付いた。
「絶対の自信を失くしたでしょ? もうふんぞり返って、他人を見下さないようにね」
と冷たく一瞥しただけで、私は取り巻きに心配された少女に背を向ける。
〔はい! お嬢! 銃は預かります!〕と、影の中の月斗に言われなくともだ。
しゃがんで、影の中に沈めた。
教室に入れば「おはよう。舞蝶」と、燃太くんは、ひらひらと手を振ってくる。
「おはよう、燃太くん。今日も冷え込んでるけど、体調は?」
「ん。家出た瞬間、寒かったけど、いつの間にか寒くはなくなった。ちょっと疲れたかな」
「そっか。いつも通りだね。はい、薬。お兄さんと土曜日に会ったけど、燃太くんは?」
「あー、昨日会った。今週中にまた来るって言ったから、練習始められると思う」
恒例になった体調チェックと薬渡し。聖也の若頭が能力の完璧なコントロールを教えられれば、薬を頼らなくてもいい身体になれるはず。
そっかと言うと、そこで教師陣がゾロゾロと入って来た。
「雲雀さん。銃を……銃を持っていると言ったそうだね? そうなのかい?」
緊張した様子で担任が話しかけてきたので「え? ……なんのお話しでしょうか?」と困り顔で見上げる。
「君が持っていると言う生徒が何人かいてね……調べさせてほしい。危なくないって、確かめさせてもらっていいかな?」
「そんな……私持ってません……」
しょんぼりと俯きながら、机の上の鞄を差し出す。
遅かれ早かれ、調べに来ると思って、荷解き前。コートも脱いで差し出した。
教師陣が念入りに調べて、女性教師もポケットや腰回りを確認して銃をしまっていないかを確かめた。ない。
「さっき、ツインテールの女子生徒達に”護衛がついてるからって調子に乗らないで”って言ってきて、銃がどうのこうのって言ってましたけど……私の実家のことで何か悪口を言ったのですか?」と落ち込んだ声を絞り出す。
教師陣は慌てて私を慰めて、嘘に踊らされて調べてしまったことを謝った。
そうしてやっと、遅れたが特別クラスの一時間目の授業が始まった。
「何を銃だと思わせたの?」
休み時間に入るなり、隣から椅子を寄せて燃太くんが尋ねる。
「なんのこと?」
「とぼけなくても、わかってるから。舞蝶、いつもはすぐに鞄開くのに、今日は開かないまま鞄を机の上に置いただけ。コートも脱ごうとしなかった。調べに来るってわかってて、待ってたんでしょ? 持ってるって言い付けられるってわかってたから」
伊達に飛び級制のための特別クラスにいない燃太くんは、そう見抜いた。
「とんでもない嘘をついたと思われた女子生徒達は、どうなるんだろうね?」とだけ笑って返す。
「自業自得でしょ。喧嘩売る相手、失敗した時点で終わりだよ」と、肩を竦めた燃太くん。
銃を持っていると証言した女子生徒達は嘘を咎められて、言い分も嘘だと思われてしまい、もう泣きじゃくるしかなくなるだろう。
間違いなく、学校では威張れなくなる。これに懲りたら、よそでも威張ることをやめるがいいさ。
平穏に、その後の授業を過ごす。
放課後になって、燃太くんと車が待機する駐車場に向かおうとしたら。
「パトカー……」と、燃太くんがパトカーに気付く。
この世界も、パトカーはパンダ色だ。スーと、静かに走り去った。
顔を見合わせてから、駐車場に行けば、迎えの車のそばには談笑している様子の藤堂と、徹くんがいたのだ。
「徹くん」
「舞蝶ちゃん! お疲れ! ギャン! コートと黒のフリル似合ってる!! 写真撮っていい?」
「あ、うん。お疲れ様。どうしたの? 徹くん」
パシャパシャと撮る徹くんにどうしているのかと尋ねた。
「いや、女の子の声で、この学校に銃を持った男が来るって通報が来たから、舞蝶ちゃんを通わせている俺のところにも連絡きたの」とニッコリ。圧の感じる笑み。
「へぇー。朝に絡んできたどっかのお嬢様かな? 私がどこのお嬢様か知らないで、喧嘩売って来たから、ちょっと脅したんだ」
「ふぅーん、へぇー。とぼけちゃうんだねぇ? 担任教師からも連絡はきて事情は把握してるよ。はい、お説教の時間です」
ヤクザのお嬢様だと知られたから悪戯に通報されたと匂わせたのに、担任がすでに何があったか報告済みだったか。
チッ。バレてる。
ドアを開けてくれた徹くんに促されて、藤堂の手を借りて中に乗り込む前に「じゃあね、燃太くん」と挨拶しておく。
「うん……」と心配の眼差しを向ける燃太くんは手を振ってくれた。
「君か。若頭くんの弟。へぇ、似てるね」とドアが閉められる前に徹くんが話しかける声が聞こえたが、今は隣だ。
「学校、お疲れ様でした。舞蝶お嬢様」
ニッコリ。これまた圧のある笑顔の優先生。
「オラ。月斗も出て来い。ブツ出せ、ブツ」
〔……〕
ガラの悪い藤堂に声をかけられても、沈黙。
「舞蝶お嬢様が創造した銃で脅してそれを隠し持っていると、能力を知っていれば、簡単に予想が出来ます。出てきなさい、月斗」
〔……〕
もうバレていると優先生が告げても、月斗は沈黙。
仕方ないので、タンタンと足の裏で影を叩いた。
ズズッ、と伸びた影から、ゆっくりと出てきた月斗。
前の座席に座って、顔を伏せている。そんな月斗に「ん!」と手を突き出す藤堂。
私を伺いながらも、ポケットに収まっていた私の創造した銃を渡した月斗。
「カタギの子ども相手に何してるんですか、お嬢!」
「どうして? 喧嘩売られたのは、私なのに。どうして、私が怒られるの?」
「あのね! 過剰防衛って言葉知ってます? 知ってますよね!?」
可哀想を装っても、私の強さを知る藤堂達に通用しない。
チッ。
「相手は多数だったのに?」
「お嬢には『生きた式神』が二体もついていたでしょうが!」
「発砲だってしてないのに」
「撃てば気力で固められた弾丸が出るでしょ!? 知らないとは言え、凶器は凶器です! カタギにはおっかないものですぜ!? それにもしもバレたら!」
「バレてない」
「あなたが隠したからですよね! でも通報されて、カタギの警官相手に揉めるところでしたよ!?」
ぶーと唇を尖らせていれば、そっと背中に手を添えられたので、優先生を振り返る。
「舞蝶お嬢様。創造して脅しに使ったのでしょう? ヤクザのお嬢様が銃を持ってきていると、教師へ言いつけると予想は出来ていたはず。ですが、月斗という隠れ蓑があったあなたは、嘘を言わせた形に仕上げた。違いますか? 今頃、通報した生徒は何事もなくパトカーが走り去って、目を疑っているでしょう。学校責任者には、今日の関わりある生徒を改めて呼び出して、嘘の通報をした犯人を見付け出すはずです。お叱りで済むといいですが……お嬢様。何も銃を創造することではないでしょう? あなたなら、他にやりようがあったはずです」
優先生は厳しい表情で言い当てて、問い詰める。
他……? あの高飛車な子に他に効果ある手があっただろうか。
本気で考え込んでいれば、パンと優先生が手を叩くので、目を真ん丸にした。
「そういうことで、正しい対処方法を考えましょうね?」とニッコリ圧のある笑顔。
「噛み付こうとする相手を二度とそうさせないためにする対処方法?」
「違います。カタギ相手に穏便に済ませる対処方法です」
……表の者でも、裏の者でも、二度と絡んでこないようにする対処方法がいいと思うのになぁ。
その後、質問形式で正しい対処方法の問題を出題されたけれど、過激すぎるの過剰防衛だの、過剰防衛だの、藤堂にダメ出しされた。
彼は高校まで表の者だったから、彼が基準。
……解せぬ。
2024/03/27