♰125 『式神』の合作をしてみよう。
月末。約束していた国彦さんが弟子を連れてやってきた。男女の二人を追加して。
キーちゃんを紹介して、工作で作ってくれたミニトグロの依代を運び入れてもらう。
「そうだ。国彦さん。『生きた式神』がもう一つ、作れました」
「な、なんだと!? どこだーっ!?」と国彦さんが低い声を上げたものだから、サーくんは驚き、ぴゅーと逃げていってしまった。
「とても臆病な子で、今逃げちゃいました。多分、無理ですよ。あの子は慣れないと姿を見せてくれないです」と笑って言う。
「なっ!? 『式神』そのものが、姿が見えない能力を持っているのか!?」と、キョロキョロする。
「万が一、接触したら、酷い幻覚をぶつけられるかもしれないから、”動くな”って言ったら動かないように」と、忠告しておいた。
「怖がって自己防衛で攻撃しちゃうんです。今触ったら、危ないですよ。優先生も藤堂も、あの徹くんでさえも、腰を抜かして動けなくなるほどの状態異常になるんですよ」と、教えておく。
「え? どんな幻覚だったんだ?」と、国彦さんが尋ねると「あなたは心臓発作を起こしかねません」と、ズバッと答えた。驚き慄く。
「名前は、サスケ。サーくんって呼んでます。ハロウィンの売れ残った人形に一目惚れしたので、依代にして『式神』にしたい衝動のまま、庭で実行したんですけど、てんとう虫が入り込んでしまって……」
「蛇の次は、てんとう虫!?」
「今回は絶対に生き物が入らないように密室で行います。舞蝶お嬢様が無事でも、私と国彦さんがどうなるかわかりませんからね」
「……!!」
青ざめて慄く国彦さん。
禁忌とされている生物を依代にすることの代償を受けず、私は『生きた式神』を作れる例外だとしても、今回一緒に作ることになる国彦さんと優先生が無傷とは限らない。
だから念には念を入れて、家じゅうを探して、虫一匹入っていないことを確認して、開けておいた部屋に用意してもらった『式神』作成の術式の陣の紙を敷いてもらった。
「本当にミニトグロって感じですね」と、ムカデの依代をつついては、足を摘まんで動かしてみる。
アルミ板で作られたカラクリおもちゃみたいな、ムカデの工作。
「おう。トグロを作った当時を思い出しながら、楽しく作ったぞ。なんせ今回は自我を持つ『式神』が作れるかもしれないからな! ワクワクだったぞ」
と、ニッカリな国彦さんは、自信作らしい。
依代を前にして、三人で顔を突き合わせて、先ず名前作りをした。
トグロの術式の文字を少しもじって、小、という字を加えるだけで、そんなに悩むことはなかった。
「複製で作成の場合、一致した術式をここに入れないといけないからな。間違いないように」
「誰にものを言っているのですか?」
「ガハハハッ! 確かにな!」
念のために教えてくれるからわかりきっていること。陣の空白部分に今の文字を加えながら、気力を流すことで合作することになる。
「これで、自我のある『式神』が出来るはずだが……」
ごくり、と緊張で息を飲む国彦さん。
「本当に俺達三人だけでいいのか? お前達は?」と三人肩を並べる弟子を振り返る。
「勘弁してくださいよ。恐れ多い。ここに立ち会えるだけでも身に余る光栄ですよ? 参加させて、プレッシャーで殺す気ですか?」と、以前、会った時も引きまくっていたお弟子さんが両手を上げる。
「自分は、また声をかけてもらったら首を縦に振りたかったのですが、『生きた式神』を実際に見ては……恐れ多いの一言です」と、女性も降参を示すために、両手を上げる。
「俺にも、無理ですね……プレッシャーが重すぎます」と、男性も首を横に振った。
「舞蝶嬢……」と、しょうがない子を見る目を向けてくる国彦さん。
「何故私にそんな目を向けるんです?」こてんと首を傾げる。
とにかく、始める。三人で囲い、両手を翳して、文字を浮かべて気力を注いだ。
「うお!? なんだこれ! なんでこんな注いでも注いでもキリない!? 三人でやっても、これってどういうことだ?!」
「気が散るので、叫ばないでください!」
と、賑やかな『式神』作成となった。確かに、どういうことなんだろう。
私がキーちゃんとサーくんを作成した時と、量は変わらない気がする。
合作でも、普通こうなのだろうか。もっと負担が減るのかと思ったのに。
カチ、と気力が満たされて完成を合図するような感覚がきた。
合作の場合、一度異空間に呑まれるのが通例。だから、目の前のムカデは消えた。
「ふぅー。結構ごっそり気力を持っていかれた。そっちは?」
「私も多くを持っていかれたと感じました。お嬢様は?」
「キーちゃんとサーくんの時と同じくらいだった」
「「!!」」
私も『生きた式神』と作成した時と同じ量の気力を使ったことに、驚愕しては、予想に緊張する。
『生きた式神』が出来上がるんじゃないか、と。
「や、やっぱり、最初の『召喚』は、舞蝶嬢がやった方がいいのでは?」と、怖気づいてしまう国彦さん。
「工作の功労者は国彦さんじゃないですか。だから、あなたが最初です」と、私が言うと。
「いやいや、俺一人で工作したわけじゃないぞ? 弟子にも手伝ってもらったしな」と、なんとかトップバッターを下りようとする国彦さん。
「いい歳なんですから、譲られたら引き受けなさい。早く召喚してください」
「サラッと酷くないか?」
優先生、直球で急かす。
「私達の解釈としては、同調していれば意思の疎通は可能ですし、恐らく作成者も特に同調しやすいはずです。だから、『召喚』したら、とにかく、話しかけてみてください。本体と、それから、名前。あ、薬どうですか? 回復薬」
「ん? なんだ? 回復薬って」
「気力の回復の薬です」
「ななな、なんだと!?」
薬入れを差し出して見せる。ギョッとした国彦さんとお弟子さん達。
「一時的に吸血鬼のエネルギー補給も出来る薬です。今の『式神』作成で気力を使ったなら、回復にどうかと」
「こ……これは……まさか?」
「ただの試供品です」
ニコリ。
「ニコリじゃないんだが……いただこう」
手を差し出すので、一粒転がす。
ゴクリと飲んだ国彦さんに「実感はないとは思いますが、気力はちゃんと回復していますよ。優先生も試しました」と言うと。
「いや! 元気が漲ってきたぞ!」と国彦さんは両腕を伸ばして言い出すので。
「それは気のせいです」と言っておく。
「ドライ……」
「もう覚悟出来ました?」と、やはり急かす優先生には「冷たいな……」と、やれやれと肩を竦める。
「よし。行くぞ」と気を引き締めた国彦さんは、敷いたままの真っ白になった紙の上にミニトグロを『召喚』した。
「よ、よぉ! お前は……お前は、ミニトグロだぞ? わかるか? ミニトグロ」と、とぐろを巻いたムカデに、恐る恐ると話しかけた。
元の依代よりも、一回り近く大きくなったミニトグロは、じっと国彦さんを見つめると小首を傾げて頷く。
「っ! 返事したぞ!?」と、指差して、私達に報告。
「俺は動かしてないからな!?」と弟子を振り返って言っておく。
「ミニトグロ。こっちおいで?」と、私も試しに声をかけた。
こっちを向いたが、じっと見るだけ。
動かないから、物は試しに名前の方に念じてみれば、カタカタと足を順番に動かして、スルスルーとこちらにきた。膝の上にポスッと顎を乗せる。
「名前の方に呼びかけたら動きましたね。これは作成者だからでしょうか?」と二人の意見を問う。
「ミニトグロ。お手」と、横から優先生が手を差し出す。
じっと見るだけ。数秒後、一本足を置いた。
「呼びかけに応じましたね」と名前の方に声をかけたとのこと。
「ミニトグロ~。こっちおいで~」と、国彦さんが笑顔で両腕を広げれば、スルスルーと這っていき、胸に飛び込んだ。
「すごいな! ミニトグロは! ちゃんと自分で動くぞ!? トグロは操作が必要なのに! 自分の意思で来る!」と、大歓喜の国彦さん。
つるつるの身体を撫で回す。犬を撫で回すみたいに。
ミニトグロも喜んで、尻尾の先を振っている。
試しに、私と優先生が『召喚』したあと、弟子さんに呼びかけてもらったが、返答なし。
それに『召喚』にも答えてもらえなかった。
けれど、『召喚』中、交流をしてみれば同調出来るかもしれないという実験に付き合ってもらい、戻していたキーちゃんとサーくんも交えて、遊んでもらった。
その間、それを観察しつつ、私達は術式のグールについての意見交換をした。
私が見た術式と、それを解いた術式を書いて、まじまじと見比べる。
「これが声の術式かぁ。へぇー。こりゃ、血筋とセンスがないと無理そうだな。流石、渦巻奏人だ」と、国彦さんも、舌を巻いたように褒めた。
「公安の検視結果によれば、死体はみな、病院や火葬場で盗まれた遺体だったり、ホームレスだったりですが……グール化の薬で変えられたわけではありませんと断定されました」と、優先生は難しそうに告げる。
「死体をグールに見せかける術式ってことか。一体どこのどいつが書きやがった? あ、『トカゲ』なんだっけか?」
「恐らく。『トカゲ』のトラップの一部でした。『トカゲ』の術も、見えるものは見えるんですね?」
「いえ、お嬢様。お嬢様にしか見えていませんよ。若頭一行も、あの死体から術式は見えていなかったのですから」
「まったく。舞蝶嬢……」
「だから、なんでそんな目を向けるんです?」
またもや、しょうがない子を見るような目を向ける国彦さん。
その後、弟子三人は、なんとか『召喚』を許されたが、半身のみ。『完全召喚』は、まだ許されなかった。
それでも、自我があるとヒシヒシと感じ取った三人は感動で興奮していた。
自我のある『式神』、ミニトグロの作成は、成功だ。
「そうだ。忘年会には来るのか? 舞蝶嬢も優も」と、ミニトグロを猫可愛がりしていた国彦さんが、そう話題を切り出す。
「忘年会? なんの?」
術式使いの? と首を傾げた。
「知らないか、舞蝶嬢は」と、国彦さんは笑う。
「優か、風間についていけば、舞蝶嬢も参加出来るだろ? むしろ、最年少の天才術式使いとして記事が上がっておいて連れて行かないのもどうかと思うぞ?」
と肩を竦めて、嫌そうな優先生に顔を向ける。
「裏の大物達も集うようなパーティーです。主催は、公安上層部。いいと判断すれば、そのうち風間警部がお嬢様のドレスを用意するんじゃないでしょうか?」
観念したみたいに教えてくれた優先生。
「お嬢様が嫌だと言うなら、そう言ってくれて構いません。恐らく、『夜光雲組』も顔を出すでしょう。交流会のようなもので、さまざまな組が身内を連れて参加もします。術式使いの名家も」
正直、『夜光雲組』が参加する可能性があるとなれば、うげって感じ。
でも、術式使いの名家も、と聞いて。
「名家の『最強の式神』について聞けたりするかな?」
「それは無理でしょうね。逆に私が氷平さんの『完全召喚』について質問責めを受けるでしょう」
苦笑する優先生。『最強の式神』を『完全召喚』に成功したといわれている優先生から、突破口を得ようと、『最強の式神』を所有している名家がこぞって問い詰めてくるという。
聞くだけ聞いて、自分達は情報を出そうとしないのだろうということはわかった。
「でも、信用出来る術式使いには顔合わせするには、いい機会だろ。俺も弟子を全員紹介しておきたいしな。ぜひ来てくれよ、舞蝶嬢。ミニトグロも、お願いしてくれ」
「あー、ミニトグロ~、頬擦りは痛いよ~」
国彦さんがミニトグロを差し向けてきたから、固い頬擦りを受ける。
ナデナデ。
すると、キーちゃんが突撃して、ぺしぺしと尻尾で叩いた。ミニトグロは、しょげた。
上下関係は、明白。
『生きた式神』だからか、先に生まれたからか、頭が上がらない様子。
「そうですね。私も興味はありますので、考えておきます」
私がそう答えると、優先生、月斗、藤堂、おやつを振舞う橘まで、物言いたげな顔をした気がする。
なんだろう、みんな揃って。
大人ズ「(変な吸血鬼に目をつけられたらどうしよう)」
ミニトグロ。いつか『最強の式神』の仲間入りするかも……しれない!
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2024/03/26