♰106 「冷遇お嬢……ひ弱……」
公安が作った裏のコミュニティーサイト。
裏の世界の凶悪事件の解決のニュースとか、表記される場でもあった。
その中で、術式使いの情報交換のページがある。書き込みは、正式に術式使いのアカウントで本名が表示される人のみってところもあるが、匿名が情報を垂れ流すスレッドもある。
今回の最初のニュースは、そのスレッドに垂れ流された情報をまとめて、匿名の個人が記事を書いたということ。
まぁ、こんな裏の人間も、趣味でゴシップやら記事やらを書くということだ。
読む側も圧倒的に多いだろうね。特に氷室優の隠し子説は、食いつくだろう。
でも『夜光雲組』の組長の娘だと知れば、青ざめて一目散に逃げるんじゃないか。
絶対違うだろ、って。大変なゴシップであるが、組長が妖刀を抜くような危険なゴシップに誰もが見て見ぬフリをする。
「俺も一応組長の耳に入れないとか……嫌だぁ」と泣き言を言いつつ、そろそろとベランダに出て、電話をかけ始める藤堂。
「……大騒ぎだなぁ。温かい紅茶くださーい」
「お嬢が渦中の人なのに、のんびりですね……」
橘が苦笑しつつも、喉にいい紅茶を淹れてくれた。
「大人が頑張ってくれるって言ってくれたからね。昨日殺されかけた私は、お休みするのです」
エッヘン、と胸を張って、紅茶をフーフーして啜る。こう見えて、死にかけましたよ、私。
お言葉に甘えて、お任せ。だいたい、私に出来ることないよね?
そういうことで、リビングの脚の短いテーブルで、自分のついでに、徹くんと橘に、一度きりの絶対防御の結界を作動させる術式道具を作成する。『お守り』だ。
専用の墨で、リボンに筆書き。術式がバレないように、書き込んだ白い面は、おなじ白い面を隠して青灰色のリボンに仕上げる。他の色でもいいとは思ったけど、手元にこのリボンがあるから使うしかない。
まぁいいじゃん。使い捨てだしね。
私は作業する時に手首にいてほしくないので、チョーカーにしてもらうために、月斗に上手い具合に首につけてくれた。
苦しくない! オッケー!
橘の分も出来上がって、彼も料理すると邪魔だよね、ということで首につけるには、首が太すぎたから足首に身につけるとのこと。
「ありがとうございますっ」と涙ぐまれた。
「聞いたことなかったけど、橘はなんで『夜光雲組』の料理人になったの?」
「? そりゃあ……チャンス掴んで、すごいお家の料理人になれたからですね」
「そんな組から出て来ちゃってよかったの?」
「今はすごいお嬢の料理人になれたんで! チャンス掴みました!」
と、ニカッと笑い退ける橘。そっか。
その家で働いたら、裏の世界知っちゃった、という人はわりと多いから、使用人や料理人も庭師もいるのである。
それからも、ずっと電話で喋り通しの二人に、私の喉にいい紅茶を渡してあげて、いそいそと治癒の術式の研究レポートを書いた。
「俺の能力、本当に言わなくて大丈夫ですか?」と、こそっと月斗が耳打ち。
「うーん。必要ないんじゃないかな。明かしてほしいの?」と、私もこそっと耳打ちし返す。
「い、いえっ。お嬢だけ知っていればそれで」と、しどろもどろと真っ赤になる月斗だった。
「必要ないと思うよ。あれは念のためだったしね。ほら、深手な分だけ、負荷が酷いはずだから。月斗のおかげでなんの後遺症もないよ」
と、昨日かち割られかけた頭を小突くと、痛々しそうな目で見つめた月斗は、そっと頭を撫でた。
そこで訪問者。徹くんだ。
まぁ、来るとしたら、徹くんか、その部下だけども。
「舞蝶ちゃん!」
「徹くん、お疲れ様です」
「今の一声で疲れ吹っ飛んだ! ありがとうございます!」
なんでこんなにチョロいんだろうか。この人。
爽やかイケメン、童顔警部のご登場。
「朝からごめんね?」
「こちらこそ、だよ。どこから漏れたんだが……とりあえず、氷室家の炎上の火消しに追われてる。はい、月斗の新しいスマホな。セキュリティー対策バッチリだ」
「ありがとうございます!」
そうだったね。昨日投げて粉砕したんだったね。月斗のスマホ。
本名さえ軽々しく捨てられる淡白な吸血鬼らしく、あの一年も使っていないスマホの中身を惜しくは思わない月斗は、喜んで真新しいスマホを受け取る。そして私のスマホを借りて、必要な連絡先だけは登録していく。
「ただでさえ昨日のことで忙しいでしょ?」
「うーん、まぁね。優秀なデキる部下がいても、責任者の俺じゃないとだめなところもあるから……頑張るよ」
と弱ったように笑って見せる徹くん。
忙しいんだね。お疲れ様です。
頭をポンポンしていれば、デレデレと緩んだ顔で喜んだので、そのまま右手首にリボンを結ばせてもらった。
「ん? リボン? んんん??? これ、例のお守り!? サラリと結んでくれた!? うお!? はわわ!!」
一人興奮して騒ぐ徹くん。本当に忙しいな。
「ありがとう! 舞蝶ちゃん! 大事にする~! あ、そうだ。火消しと言えばさ、こっちで『夜光雲組』のご令嬢の舞蝶ちゃんが術式の才能があるから、氷室優の弟子になったって公式で発表することにしようと思うんだ。ほら、例の組織を潰した時も『夜光雲組』が最初に襲われたのが事件の発端だって、すでに発表してあるから、その最初の襲撃に遭っていたし、舞蝶ちゃんの母親の件も知れ渡っているからね。そういうことで『夜光雲組』は、あまりいい環境じゃないってことで、公安預かりになったんじゃないかって。匿名で噂話を盛り上げさせることになったよ。広報部って、妙に炎上とか大好きで、ノリノリだったよ」
と呆れて苦笑を零すと、優先生の部屋に方へ向かう。
「ほぼ決定事項だから、よっぽどなことがないか、確認したいんで……氷室、電話出ないけど、部屋で電話中?」と、名前を呼んで開ける徹くん。
「あっ、今開けちゃだめですっ」と月斗が青い顔して遅れて言うが、本当に手遅れ。
「だから泥ぶっかけた相手に命乞いしてんじゃねーよアホが!! 助けるかよ! 潔く死ね!!」
罵倒する優先生の背中が見えたが、ぱたむ、と閉じる徹くん。
「そうだ! このお守り、どの程度で作動しちゃうの? 弾が掠るとかだけで発動するのは困るなぁ~、もったいない!」
と、コロッと振り返って、何もなかったように話を全力で逸らす徹くんだった。
わあ。ポーカーフェイスが完璧。動揺が見えないよ、すごい。
どうやら、優先生の弟子は隠し子説を流した氷室家の誰かが、早速『夜光雲組』に追い詰められているもよう。自業自得なのに、助けてと命乞いをしているようだけど……本当に自業自得である。
口は禍の元。悪いことは言うもんじゃないね。
「わりと危ない攻撃とか受ける直前に弾くタイプ。身につけている人が命の危機とかで動転すれば、スタンバイするし、狙撃の殺意の弾も通さない絶対防御の結界! 『最強の式神』が過去にいた氷室家の天才さんが開発したの、見てたみたいだよ」
「『最強の式神』の知識つえー……。でもそれを術式道具にしちゃうんだもんなぁ。舞蝶ちゃんも強い。”最年少の天才術式使い”、最強だ」
「じゃあ”最強の最年少の天才術式使い”の称号はいただきだ」
「あはは! 確かに!」
感心して笑う徹くんは、和やかな空気の中、しゃがんで私の頭を撫でる。
そこで命乞いを一蹴し終えたのか、優先生が部屋から出てきた。
「おや。風間警部、来ていたのですか。あ、着信がある」
「あ、うん。月斗のスマホを届けるついでに直接話そうと思って、電話したけど、出ないからそのまま来た。誰と電話してたの?」
「従兄ですよ……犯人です。ちょっとした悪口のつもりで書いたと泣き喚いて……本当にアホで困りますよ」
と、血管が切れそうなほど浮き出ている額を押さえる優先生。
「組に喧嘩売った氷室家の野郎、ドクターの従兄だったの? なんか大事な跡継ぎだって両親が庇ってるらしいけど、強行突破で確保しましたって」
リビングとベランダを右往左往していた藤堂も、合流して、そう報告を受けたと教えてくれた。
犯人確保。
拷問牢に直行ですかね。氷室家の代打の後継者? ソッコーで消えた。あの一族は、もうすでにだめだと思うんだ。氷平さんはどう思うー?
――滅んだら、それまでだな! カカカッ!
『最強の式神』の氷平さん、陽気なお兄さんである。
「はぁ……絶縁したとはいえ、恥ずかしすぎますね。穴があったら全員入って埋まればいいのに」
呪詛を呟く優先生。
斬新だね。恥ずかしいから、元凶に穴に入って埋まれ、とは。
「で? 風間警部の話とは?」
「あ、うん。舞蝶ちゃんを公式デビューさせちゃうよ。噂も操作して、舞蝶ちゃんが公安預かりになった経緯も流しておくんだ」
と、優先生に徹くんは何事もなかったように話す。
問題ないってことで、徹くんはゴーサインの連絡をこの場ですると、仕事に戻ると苦笑して、手を振って去っていった。
すぐに公式発表のように記事が出た。あとは噂が順調に広まればいい。そこは情報操作に長けた部門の方々の腕を信じよう。
藤堂はまだ情報漏洩の犯人の手がかりを見付けようと指示を飛ばしまくっているが、やっと一息つけた優先生はソファーに深く腰を沈めた。
「優先生、お疲れ様。肩もみする? …………」
……ノリで言い出したものの、私にそんな握力あっただろうか……?
と、自分の両手を凝視してしまった。
「……大丈夫ですよ。労ってくれるお気持ちだけで」
と同じく手を見つめてきた主治医が、やんわりドクターストップしてきた……。気の毒な目、やめて。
「じゃあ肩トントン!」と自棄。
「ンンッ。大丈夫です、本当に。大丈夫ですから」と、口元を緩ませてしまうことを堪える優先生は、遠慮する。
「じゃあ、ドクターが遠慮するなら、俺にしてくださいよ。お嬢」と電話が終わった藤堂が、ニッコリと笑いかけた。
「藤堂!」
「え、は、はい?」
「体術教えて!」
「「「ブッ!!」」」
噴き出す月斗、藤堂、優先生。
「な、なんでですか!?」
「物理的に強くなる! 藤堂の肩バキバキに折れるくらい!」
「言葉、変! 色々おかしい!」
ぴょんぴょんとその場で跳ねたら、それで疲れて、すぐに肩で呼吸をする羽目になる。
「冷遇お嬢……ひ弱……」と、悲壮感たっぷりに呟く。
「やめてください。もう誰も冷遇してませんから……。体力から、つけましょうね? ほら、ドクターが平均的な体力がついたって言ったら、基本的な護身術を教えましょう」
と、藤堂は仕方なさそうに笑って、優先生を指差した。
いつになるの、私が平均的な体力を持つの。
「せめて、形だけ教えて」
「動きだけを覚えるんですか? 絶対に実行しないって約束出来ます?」
「……」
「目を思いっきり背けましたね」
練習しないとは約束出来ぬ。
「あの、お嬢。優先生に見せないですか? さっき書いたヤツ。治癒の術式のレポート」
と、月斗が座るようにソファーの上を、ポンポンと叩いた。
「治癒の術式の!? み、見せてください!」と、食らいつく勢いの優先生。
「ハッ! そうだ! 治癒の術式だ! 私ってなんてバカ! 鍛えなくてもパワーは得られる!」
「よくわからないですけど、一応俺の肩をバキバキに折ることは本気じゃないって言ってくれます?」
ガビーンとショックを受けている隣で、なんか藤堂が言っているがそんなの構っていられない。
本人は気付いていないけど、度々、素で身体に合わせた年相応の言動が出ている舞蝶ちゃん。
いいね、ありがとうございます!
2024/03/07





