第七十九話 砂漠の中で
遠くに見えるミノタウロスに注目しているとどうやらまたしても此方には気が付いていないようだ。
「こんな場所で囲まれたら大変な事になりそうね」
「そうだぜお嬢ちゃん、いいかいだからこの階層の攻略は戦わずに逃げるんだ。地図には下に向かう階段の場所が書かれてあるからなるべく最短距離で向かうとしようや」
歩きにくい砂地に足を取られながら進んで行くと、直ぐ近くの砂の中からいきなりミノタウロスが姿を現した。
「ゲルト、早く障壁を」
「んなこと言っていねぇで早く逃げるんだよ」
杖をミノタウロスに向けて構えたが、ゲルトは詠唱を唱えるつもりがないらしくそのまま走り出していく。
「おいっおっさん逃げるんじゃねぇよ」
「ヘンリクさん、いいから行きましょう」
ハルがヘンリクを促してゲルトの後を追いかけて行く。後ろからミノタウロスの咆哮が背中に突き刺さるのでせめて【雷剣】で戦うしか無いと思い後ろを振り返る。
「えっどうしてだ……」
てっきり直ぐ近くまで迫っていると思ったミノタウロスは先程と殆ど変わっていない場所を歩いている。顔や体は此方を向いているので諦めてはいないようだがその動きはあまりにも愚鈍だ。
「ちょっと何やってんだよ、そんな事したら駄目だって言われただろ」
「そうなんだけどさ。あのさ、あいつは何をしているんだ」
「俺に聞くなよ、後でゲルトに聞けばいいじゃないか、いいから早く逃げようぜ」
かなり先まで進んで行ってしまったゲルト達にヨモギと二人でようやく追いつくと、既にヨモギたちは砂の上に座って息を整えている。
「旦那、もしかして戦おうとしたんですかね、全く余計な事はしないでくだせぇよ」
「はぁはぁ……あいつは何をしていたんだ」
「魔物何だからあっしらを襲うに決まっているでしょうが、だけどね奴らは自分の身体の重みで砂に埋まってしまうんだよ、だから囲まれなければこうやって逃げ切れるんだ」
鉱山ダンジョンの中で砂漠が広がっているのも変だし、そこにいる魔物にとって不利な場所があるとなんて思いもしなかった。
「ちょっと聞いていいかな、この階層には鉱石はないのかな」
「この砂を掘れば出てくると思いますよ、まぁ効率が悪そうですし、それにもしかしたら砂地に適した魔物が出てきたら面倒そうなので外れの階層だと思いますよ」
「んっミノタウロスじゃないの」
「さっきのはたまたま生まれただけじゃないですかね、それに……」
ハルによると5層を降りるごとにいる上級種を討伐するとそれまでにいた魔物とは違う弱体化した魔物ばかりになるそうだ。
だから今はミノタウロスが多いが上級種を討伐すればそこそこの魔物かミノタウロスだとしても今よりかは遥かに弱体化しているらしい。
(ダンジョンて意外と面白いじゃないか、それなのに残念だな)
一刻も早く此処を抜けたいので休憩はほどほどにして歩きだす。階段に着く前に何度か走って逃げたりすることがあったがミノタウロスは追いつけないと思うと直ぐに諦めてくれるので意外と楽に走破する事が出来た。
「ようやく階段に到着したね、こんな走り難い場所を走らされたから脚が棒の様だよ」
「かなり汗をかいたからゆっくりと風呂にでも入りたいよね」
当たり前のようだがそんな都合のいい魔法が使える訳はなく、あまりにも儚い夢だった。
「旦那方、42層は全く眠る事なく動き続けたんだから完全に体力が戻るまで休憩した方がいいとあっしは思うんだけどどうかね」
「そうだね、この下の途中までしか進んでいないって事はかなり危険だからな」
「おっさんの言う通りゆっくりと身体を休めてからもう一度作戦を練ろうじゃねぇか」
この下の43層で分かっているのは今度は森になっているという事と、そこに現れる魔物はミノタウロスだけでは無くて植物の魔物であるトレントがいると言う事だ。
他のパーティが撤退を余儀なくされた奴らの攻撃方法は森も木と見分けがつかないトレントが冒険者達を拘束しミノタウロスが蹂躙すると言う単純な事だがそれが攻略を阻んでいる。
「トレントがいる森の中で長い休憩何て出来そうもねぇからな、下手すりゃ二晩ぐらい眠れねぇな」
「それで済めばいいけどね、階段を探さなくちゃいけないんだろ」
「そうなんだよなぁ」
どのパーティも入った頃は魔物を討伐出来たそうだが時間など関係なく襲って魔物によって徐々に撤退へと追い込まれてしまった。これだからアキムは20人程度のパーティが最善あると思ったようだが、その対策は此処の入る前に考えてあるし駄目なら心の底から撤退したい。
仮眠を取って体力がかなり回復してきたので見張りのヘンリクにそっと声を掛けるために近づきに行く。
「もう目が覚めたのかよ、まだ交代の時間じゃないぞ寝ていろ」
「深い眠りだったから大丈夫さ、それよりちょっと此処を離れて良いかな」
「何処に行くんだ? いくらお前でも単独行動は危険だぞ」
「ちょっと試してくるだけさ、俺の考えた攻略が成功する事を祈っていてくれ」
「それでもな……」
心配したヘンリクは誰かを起こして一緒に行くと言い出したが、いつも以上に威力を上げた魔法を撃つと言うと諦めてくれた。ただし階段から余り離れない事が条件だったが。
一人だけで階段を降りていくとさすがに緊張してくるが、直ぐに階段に逃げ込めば何とかなると信じているし、そもそも上級種でないのなら【雷撃】で倒せる。
トレントが心配だが森の奥を一人で歩くほど無茶な事はしないので襲われる事は無いだろう。
最後の一段降りると目の前には森と言うよりジャングルの様な世界が広がっていた。
「この中にトレントが隠れていたらそりゃ分からないだろうな……んっ」
よく目を凝らしてみると風が吹いていないのに一つの木が動いている様な気がする。




