第五十五話 再びイレイガの街で
イレイガの街に到着し主人が門番に何かを言葉を掛けると門番は何度か頷いている。
「ノア男爵様、此処でお待ちください」
その言葉を言うと直ぐに走り出して行く。
(んっ何か雰囲気が変わったな)
「ねぇ私達はもういいわよね、これじゃまた野宿だよ」
「すまんがもう少し一緒にいてくれないかな、出来る事ならラング家のご息女にもこれからの事を知っていて欲しいんだよ」
ノア男爵は真顔で言ってきたが、その言葉に反応した夫人は驚いたような表情をしている。
「何を言っているのです。この小娘があのラング伯爵のご息女だと言うんですか」
「君も一度は見かけたことがあるはずなのに顔を忘れているみたいだね。どうしてジール嬢が冒険者をしているのが分からなかったので言わない方が良いと思ったんだが、少し考え直してね」
何が始まるのか分からず、俺とジールは顔を見合わせた。
「どういう事?」
「私にも分かんないわよ」
直ぐに門番は大きな馬車を持ってきて、馬に積んであった荷物をその中に入れ始めた。
(ねぇ今の内に離れない?)
(そうだな、ジールの為にもそれが良いかも)
小声で会話をしてそっと離れようとしたが、残念ながらノア男爵はそれを見逃す事は無かった。
「何処に行くんだい。悪いけど私の屋敷に来てくれ、これはねラング伯爵にとっても決して悪い話ではないんだ」
「あの~それだったら父と直接話した方が良いのではないでしょうか」
「そうしたいけど、私とは派閥が違うから話したことが無いんだ。だからいくら私が話したとしても信用されるか分からないからね」
「そこのあなたは、お嬢様を説得しなさい。分かりましたね」
夫人は平民である俺に狙いを定めて命令してきたが、それがジールにはどのような目に写るのか判断が出来ないようだ。
(この人はやはり生粋の貴族なんだな、お願いの仕方が分からないのかよ)
「あのそれで私にどうしろと言うんですか」
「そんなに難しい事じゃないんだ。これから私がやる事を君の目で見たままを伝えて欲しい。詳しくは私の屋敷で話そう」
◇◇◇
ノア男爵の屋敷は想像以上に大きくその部屋数は何十とありそうだし、運が良かったのかワイバーンの影響を全く受けていない様だった。
無駄に広い応接間で話を聞くと、領主や他の貴族が我先にこのイレイガから避難するのを目にしてその混乱に乗じて執務官の一室から不正にまつわる書類の一式を持ち出した。
(裏帳簿か、学生の頃ならわざわざそんな物をつくる馬鹿はいないと思っていたけどあるんだよな、それはこの世界も一緒か)
ただ持ち出したのは良いが、良く読んでみるとかなりの貴族が絡んでいたので誰が敵で誰が味方なのか判断がつかなくなってしまった。
それに不正の一端にはノア男爵自身も絡んでいるので、敵対する派閥に教えてしまうとノア男爵自体にも影響が出てしまう。
冷静に考えてやはり告発などは止めようと思ったが、そこで王子がこの街に来たと言う情報が入ったので急いで戻って来たが残念ながら王子は討伐すると直ぐに帰っていった。
しかしこの街にはまだ王都からやって来た騎士団の騎馬隊がいるので、彼等ならこの不正の証拠を公平に扱ってくれるかもしれないとノア男爵は判断した。
「あの、改心したのは素晴らしいと思いますけど、その事を父に伝えて何が変わるのですか」
「この不正が暴かれればこの辺りの貴族の構図が激変するんだ。私は上手くいけば告発した者として国からはお咎めが無いかも知れんが、所詮はそれだけだ。仲間を裏切った男爵家など誰が相手してくれるかね、出来ればラング伯爵の派閥に入れて欲しいんだよ。ラング伯爵は品行方正なお方だと聞くのでな、もしかしたら助けてくれるかもしれない」
心の中では止めた方が良いんじゃないかと思ったが、正義感に芽生えたノア男爵には言わない方が良いのだろう。
(どうすんだ、ジールよ)
「言いたい事は分かりましたけど私が言ったところでどうなるかは分かりませんよ、事の顛末を知らせる位で良いんですかね」
「それで十分だよ、さっきも言ったが私だって不正の片棒を担いでいたんだからな、ただ貴族として生き残れる可能性を少しでも残したいだけなんだ」
ノア男爵にために他に方法がないのかと考え始めたが、何通りか頭に浮かんだところで全てを忘れる事にする。
もし俺の案で上手くいったらこの先に俺に何かあった時に助けてくれるかもしれないが、それよりも深入りしない方が無難だと判断した。
何とも言えない空気が流れている中で、扉をノックする音がこの部屋に響いた。
「ご主人様、ご到着なさいました」
「分かった、お通ししてくれ」
ゆっくりと扉が開き、その中に入って来たのは初めてイレイガに来る前に会ったあの騎士の男だった。
「王家直属騎馬兵団隊長のライルだ。失礼する」
「あっ……」
「どうして君が此処にいるんだ。あの事で話がしたいと思っていたので嬉しいんだが、まぁその事は後で話そうか」
「あっはい」
俺には笑顔を向けて来たライル隊長だったが、ノア男爵に向ける目は真剣そのものだ。




