第三話 三人のエルフ
「あ~~~いた~~~」
透き通るような声が聞こえると、その声の持ち主は森の中を素早く駆け抜けそのまま狐もどきの前で片膝を付いた。
「く~ん、きゅきゅ」
「凄く探しましたよ、だから小さいうちは一人で森に入ってはいけないとあれ程……あの、この状況は何なんですか」
狐もどきは意識を失って倒れている津崎の背中の上に乗っていて、その近くには背中の向きがありえない方向になっている死体と、身体全体が黒焦げになっている死体が転がっていた。
「くんくん、きゅ~ん」
「そうでしたかゴブリンに襲われたのですか……あのですね、こんな連中に手を焼くようなら森の奥に行かないで下さい。さぁ帰りますよ」
銀色に光輝く長い髪を持ち、長くて切れ長の耳のスレンダーな美しい女性は優しく抱きかかえるとそのまま走り出そうとした。
直ぐに狐もどきはその腕から逃れようと暴れ出した。
「く~ん、く~ん」
「えっそこに倒れている人間が聖獣様を助けたとおっしゃるんですか、それで助けろと……」
その女性は倒れている津崎に手を指しのべようとしたが、何処にも綺麗な場所がないその身体に触れるのは抵抗があるようで、伸ばしたその手は何時まで経っても津崎に届く事は無い。
「「「ぐぎゃぐぎゃぐぎゃぎゃぎゃぎゃ」」」
暫く躊躇していると森の中から思い思いの武器を持った三十体程のゴブリンが姿を見せ、敵意を剥き出しにしているかのように残忍な視線を向けながら口の端からはよだれを流して歩いて来る。
「あ~もう、嫌になる位に汚い連中だね、そうだっあいつらにやらせればいいか」
その女性が空に向かって片手を上げると掌からオレンジ色の光が伸びていき、光の柱が現れた。
この場所にいる事を知らせるための狼煙なのだが、興奮状態のゴブリンにとってはそれが開戦の合図の様に思えたらしく一斉に走り出した。
「うぉぉぉぉぉ~助けに来たぞ~オルガ大丈夫か」
真紅の髪をした巨体の男が木々を飛び越えて来て、そのままゴブリンの集団の中に着地してその手に持っている大ぶりな斧を軽く振り回すだけで一気に八体のゴブリンの身体が二つに分かれた。
「あのね、ドロフェイ、勝手にピンチ扱いしないでくれるかな」
「そうなのか、まぁいい」
再び斧を振り回すと、その間合いから逃れているゴブリンに対して【火球】が落ちてきた。
「………………」
「何か言いなさいよクラウジー、あんたが一番遅いのよ」
気配もなく現れて魔法を撃ち込んだその男は、ドロフェイと同じような長身ではあるが体格は細身でその長い手の先には菜箸のような杖を持っている。
魔法と斧による攻撃で彼等は手を焼く事なく次々とゴブリンを駆除していく。
◇◇◇
「なぁその人間をどうしろと聖獣様は仰っているんだ? それにこいつは生きているのかよ」
三人揃っても誰も津崎を助け起こそうともせずのただ見下ろしている。
「聖獣様を助けたのがこの人間なんだそうよ、怪我をしているから里に連れて行くようにとおっしゃっているわ」
「……怪我は直せないが血は止めたぞ……これでいいんじゃないか」
「それで聖獣様が納得すると思う?」
「そうなのか……分かりました」
細い身体の割には力があるようで津崎の身体を易々と持ち上げると森の中に向かって走り出した。
「仕方ねぇなオルガよ、絶対に聖獣様を離すなよ」
「あんたに言われなくても分かってるわよ」
三人のエルフは里に向かって走り出していくが、津崎が倒れていた場所にはスマホや財布が取り残されたままになっているが残念ながら誰も気にしていなかった。
◇◇◇
エルフの里(ファウンダーエルフの里)は《嘆きの森》の中心にあり、その広い里の中には川が流れ平地には果樹園や畑、そして木造家屋が並んでいる。
里の中は何時でも過ごしやすいい気温となっていて、たまに流れてくる風が心地よく感じられる。
人間がこの里の中に入って来る事はこの百年は一度も無かった事だし、他種族を下に見ている一部のエルフからはクラウジーに抱えられた津崎を見ただけでも文句を言って来る者もいた。
ドロフェイ達は別にこの人間を好きで助けた訳ではないので、そう言った声が聞こえてくるたびにイライラが募っていく。
「この人間は聖獣様を助けたんだ。それなのに文句を言う奴はいるのか」
大声で叫びながら歩くと、それからは誰もちょっかいを出してくる者は現れなかった。
煩わし連中が静かになったので三人のエルフは高台にある神殿の中に駆け込んで目的の人物を探し始めた。
「おばば様、何処にいらっしゃいますか、聖獣様がこの人間を助けろとおっしゃるのですが」
「お~い、おばば様、出て来てくれ~」
「…………………」
「あんた達五月蠅いよ、聖獣様は怪我をしていないだろうね」
腰の曲がった只の老婆にしか見えないがその眼光は鋭く光り、三人のエルフを睨みつけている。
直立不動になってしまった三人だったが、聖獣様はオルガの手から抜け出して老婆の前に座り、目を潤ませながら一生懸命訴えかける。
「そうかい、そうかい、そこまで心配しなくてもちゃんと儂が元の姿に戻して差し上げますよ……クラウジーやその者を床におくんじゃ」
床に寝かされた津崎を覗き込むと、最初は余裕のある表情をしていたが次第に真面目な表情に変わり、身体のあちこちを触り始めた。
「こやつは…………」