第十四話 ナンスルの街
この日は朝から草原は霧に包まれていたが、街の外観が見えてくるにしたがって徐々に霧が晴れて初めて見る人間の街並みを綺麗に見せてくれた。
「どう、あれが人間の街よ、あんたの世界とは違うのかな」
「そうだね、俺の暮らしていた街とは全然違うよ」
横目で見てきた村とは違い家もかなりの数が建っていて、ちょっとした高さの塀で囲まれているが、何だかみすぼらしく思えてしまう。
一応城門があるので中に入る為の人達が並んでいるが、わざわざあの列に並ばなくても塀を乗り越えてしまっても良いのではないだろうか。
「お前さぁ、もしかしてあの壁を乗り越えようとか考えただろ、いくら込んでても絶対にするなよな、後々面倒な事になるぞ」
「俺はやらないけど、中にはいるんじゃないかと思ったんだよ」
「まず無理だろうな、仕掛けがあるからな」
(仕掛けか、見かけは何世代も前の時代に見えるけど、魔道具があるからいまいちその理屈が通用しないんだよな)
当たり前のように長い行列に並んでいると、城門の方から一頭の馬に乗った兵士が走ってきて俺達の前に止まった。
「ドロフェイさんにオルガさんですよね、どうして列に並んでいるんですか、いつもみたいに並ばないで入って下さい」
その若い兵士は満面の笑みを見せて二人をいざなおうとするが、ドロフェイはそれを拒んだ。
「今日は連れがいるんだ。こいつは身分証を持っていないんだがそれでも優先に入っても良いのか」
「えっそうなんですか……あの、人間ですよね、それだとちょっと無理ですね」
どうやら二人だけならわざわざ並ばなくても入れるのに、俺に付き合っているようだ。
(子供じゃないんだから一人で並べるんだけどな……3百歳以上も離れているから子供以下なのかも知れないけど)
「あのさ、こっちはいいから先に入っててよ、何処に向かえばいいかだけ教えてくれたらいいからさ」
「大丈夫なの? 変な事を言わないでよね」
心配してくれるのは有り難いが、この程度の事で頼るようではこの先に仲間を探しに行く事など出来る訳はない。
ドロフェイは呆れたようにオルガを見ているので俺の気持ちは理解していると思うが、オルガは心配そうな表情を浮かべている。
(そんな心配症でよく俺をオークの群れに飛び込ませたよな、オークより人間の方が怖いのか?それにしても最初の頃に比べると随分と変わったな)
いい加減に嫌になったのかドロフェイがオルガを引きずるようにして連れて行ったが、聖獣様はオルガの腕の中から俺の肩の上に飛び乗って来た。
並んでいる人達にはこの話を聞かれてしまっているので視線を感じるが、あえて俺に声を掛けてくる人はいない。
ただ目の前の親子で並んでいる女の子で4,5歳ぐらいの子供だけは振り返って、ずっと聖獣様を見ている。
「ねぇねぇ、その子は魔獣なの?」
女の子の無遠慮な言葉に聖獣様は不貞腐れ始めるし、魔獣と聞いた大人たちはさりげなく警戒心を高めているのが伝わって来る。
「この子は魔獣じゃないよ、エルフの里で暮らしている子なんだよ」
「ふ~んそうなんだ。凄く可愛い子だね、撫でても大丈夫かな?」
可愛いという言葉に聖獣様は気分を良くしたようなので、触りやすいようにかがんでそっとその子に触らせると、想像以上の触り心地だったららしく、満面の笑みを見せてくれる。
「可愛い~、お兄ちゃん、この子の名前は何?」
(名前か~聖獣様は不味いよな、どうしようかな、あ~もう)
「セレニテ?」
「セレニテって言うの?」
昔に飼っていた犬の名前なので、思わず口にしてしまった。この場限りなのでこれで良いと思うが、おばば様やオルガにバレたらえらく怒られてしまうだろう。
中々列は進んで行かなかったが体感時間で1時間を過ぎた頃になってようやく俺の順番が回って来る。
門番は威嚇の為なのかちゃんとした茶色の鎧と腰に剣を差しその手には身の丈を遥かに超える槍を持っている。
「身分証を提示してくれ」
「あの、実は記憶を失ってしまいまして何も持っていないんですよ、これからギルドで作るつもり出来ました」
「んっお前は本当に何も持っていないじゃないか、それで街道を歩いて来たのか?」
門番が何を驚いているのか分からないが、ちゃんと杖は手にしているし、袋は折りたたんで胸のポケットの中に入っている。いちいち見せつけるようにして持ち歩かないといけない世界なのだろうか。
「ここで全部出せばいいんですかね」
ポケットの中に畳んで入れてあった小さな袋を見せると、何故かその門番は目を見開いたまま時間が止まってしまったようだ。
「それは…………」
「どうかしましたか、ちょっと古いですけど結構いろいろと入っていますよ」
「やはりそうか、マジックバックなんだな、どうしてそれを……」
これはおばば様から貰った物で、かなり大きな物でも中に収納が出来て、袋の中に手を入れると中に何が入っているのか頭の中に浮かんでくる。それを思い浮かべるだけで重さも感じずに取り出せるかなり便利なアイテムだ。
あの里にはこれを作れるエルフがいるので誰もが持っているありふれたものだ。
ただ俺のはお下がりなのでオルガ達が持っている様な時間を止める機能は無いので食料品は普通に腐ってしまう。
何の時間か分からないがこの場で待たされていると、先程の若い兵士が戻って来て門番達に耳打ちをし始めた。
「馬鹿野郎、だったら早く言えよ、そもそもお連れ様だったら並ばせるんじゃない」
「人間だったので、すみませんでした」
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