その九 平井と北村
「いよぉ、調子はどうだい、少しはマシになったのか」
「あぁ腹は何とか戻ったが右目はもう無理だな、この王都にいた大僧正にも試させてみたんだが無理だってよ」
「それは残念だな、いつか仕返しをしねぇとな」
「あぁ次は倒して見せるさ」
ベッドで横たわっている平井に気軽に話しかけているのは元衛兵隊長のミハイルで立場は平井を支える執務官となっているが王国からすれば平井のお目付け役である。
しかしそのミハイルには平井が【魅了】の魔法を掛けているので、ミハイルにとっては肉親と同じように感じている。
「そういや王都から手紙が届いたぞ、ったくこんな中身の無い内容で大金を払うとは俺には分からねぇな」
「良いんだよ、別に金を使う場所がないしな、それよりよ、まだ俺は領主の振りをしなくちゃいけないのか」
「どうだかな、俺はずっとお前の補佐を出来ればそれが幸せさ」
手紙を投げて寄こし部屋を出て行くミハイルを見送ると平井は辛そうな顔になりながら涙をこぼした。
(くそっあの言葉は本心じゃなくて魔法のせいなんだよな)
人からあまり優しい言葉を投げかけられたことが無い平井はただただ悔しかった。
涙を拭いて検閲済みの手紙を読むと身体が震えだし、怒りと共に籠手の下にある腕輪を無理やり引きちぎって壁に叩きつけた。
(でかした北村君、ったくこの国の連中と来たらよくもずっと騙してくれたな、外しても何にもないじゃねぇか……あとはこの身体に魂を返して貰わねぇとな)
手紙の内容は他の人間が読むとくだらない内容になっているが、暗号によって単語が変換されているので少しだけ秘密の会話が出来る。
この手紙で分かった事は腕輪を壊しても問題が無い事と俺の魂は王都にあると言う事だ。
(これ以上は会わないと分からないからな、まぁ場所は知っている様なのに魂が戻っていないと言う事は北村君の手にあまるのだろう、だったら俺が行くしかないか)
◇◇◇
「なぁどうしてもお前が行かなきゃならないのか、中尾か二木でもいかせりゃ良いんじゃねぇのか」
「俺もそうしたいんだけどよ、俺専用の武器が王都にあるって手紙に書いてあるだろ、魔王に復讐する為には必要だからな」
「ん~だけどよ、お前がいねぇ間に魔族が攻めて来たらと思うとよ」
「直ぐに来る訳ねぇって、そもそも停戦しようって言ったのは向うなんだぜ、あれだけ有利だったくせによ」
ミハイルと二人だけの時はこのような砕けた口調で会話をしているが、その優しい瞳を向けてくるミハイルは作られた気持ちだ。
(くそっ、くそっ)
◇◇◇
ミハイルに王都に行く事を許されたので本来ならば五聖柱の長として堂々と王都に入るのだが今回は人目を避けるようにして王都に入りそのまま北村の部屋に入って行った。
「よぉ北村君、お待たせ」
「平井さんか、いきなり入って来るから誰かと思ったじゃないか、あの、俺を助けてくれたんだし貴方は勇者なんだから呼び捨てで良いですよ」
元の世界では別々の営業所で特に接点は無かったし年齢も北村の方が上だが実力が全ての世界では立場が上だと思っている。
「それも何だかなぁ、だったら俺は君を付けないからお互い呼び捨てにしないか」
「それでいいのかい、だったらそうさせて貰おうかな」
平井は此処を出る前は北村を下僕の一人としか考えていなかったが、ミハイルとまがい物の友情を育んでいる内に本当に心を許せる友が欲しくなった。
(生まれて初めての友達になれるかな)
「それで例の話なんだが、詳しく聞かせてくれ」
手紙にも書いてあった通りにあの腕輪は痛みや死を与える原因にはなっているが、無理やり外すと死を迎えるなどと言う事は偽りだった。
腕輪に書ける呪印の文字数には限界があり、異世界人の力を抑えるにはそこまでの呪印は書けなかった。
「まさか最初から外す事が出来たとはね」
「俺には無理だけどな、普通の奴の力では外せないんだ」
北村が袖をまくるとまだしっかりと腕輪がはめたままだったので平井は直ぐにその腕輪を破壊する。
それから二人して魂が保管されている隠し部屋に侵入したが、残念ながら発見こそしたもののどうやって体の中に戻すのか分からない。
「結局俺達の命は握られたままなのか」
「いやそうでもないぜ、この魂に直接危害を加える事の出来る奴は限られているんだ」
「知っているのか」
「あぁちゃんと調べてあるさ」
だったらそいつらを一気に殺せばいいだけか。