第百二話 そのまま逃げればいいのに
目の前にある谷を真っすぐ行ければいいのだが橋が壊れてしまっているので大幅に迂回する事になってしまった。
針葉樹の林の中を通過していると先導していたジンガが馬を止め合図を送って来たので直ぐに隠れてジンガが戻って来るのを待っている。
戻って来たジンガは神妙な表情になっている。
「どうした、魔人でもいたのか」
「魔人じゃなくて人間ですね。でもそもそもこんな所に人がいる事がおかしいですよ」
この場所から南は今は魔国の領土となっているのし城壁などは無いのだからまともな人間だったらこの辺りをうろつく訳が無い。
そうなると考えられるのは魔国に潜入しようとする馬鹿な冒険者か人目を避けるように生きている犯罪者だろう。
「盗賊だとしたらいい場所かも知れないな、それで数はどれぐらいなんだ」
「見えていないので正確な数は分かりませんが20人はいると思います……アニキ、盗賊だったら殺しますか」
「ほっとけよ、俺達に襲ってこなければどうでもいいさ」
「…………殺さなくて良いんですね」
ジンガがそこまで言うとは思わなかったが、エドが乗り気にならなくて良かった。その連中が盗賊だとしても目の前に誰かが襲われてもしない限りわざわざ殺しに行くなどとそこまでの正義感は持ち合わせていない。
木に影に隠れてやり過ごすと決まるとようやくその連中が歌いながら歩いているのが見えて来た。
「あれはどう見ても盗賊じゃないの。ここから狙っちゃえば」
「嫌に決まっているだろ、帝国の避難民の可能性だってあるだろ」
自分で言っていて馬鹿だとは思うが避難民がこんな住みにくい場所で暮らす訳はないがそれでも殺そうとは思えない。
「アニキ、本当に良いんですか」
「あんな連中は何処にでもいるだろ、好きにさせておけよ」
もしかしたらジンガは盗賊に対して何か恨みがあるのかも知れないが、あえてそこには触れないでおく。
「ねぇエドって引きこもる前に盗賊のアジトに一人で乗り込んだんでしょ、その時はどうしてそこまでしたの?」
(おいおいいきなりその話かよ、良くもジールは聞けるよな)
「そうだね……先輩、ちょっといいですか」
ジンガは辛そうな顔を浮かべながら俺の手を取り立ち上がるとその瞬間にジールがエドを突き飛ばした。
「何をするんだよ、あっ」
文句を言いかけた途端に目の前を矢が通過し後ろにいた馬の首に突き刺さった。
苦しそうに倒れた馬の首から無理やり矢を抜いて回復薬を掛けると何事も無かったかのように馬は立ち上がる。
「おっ隠れているのは馬だけじゃねぇぞ」
「何だと、こんな所にか、いいか逃がすなよ」
矢を放って連中が俺達の方に向かって走り出してくる。
(結局これかよ)
杖を構えて立ち上がろうとするといきなりジールが脛を蹴って来たので思わず痛みで脛を抑えながら蹲ってしまう。
「何してるんだよ、遊んでいる場合じゃないだろ」
「馬鹿みたいに立とうとするからでしょ、向こうは弓で狙っているんだよ、あんたは隠れながら魔法を放てばいいの」
過去に遠距離攻撃を撃たれた経験がないのでつい油断してしまった。
無作為の魔法を放っても意味無いので場所の確認をしようと木の影から顔を出すと目の前を矢が通過していく。
「こわっ、随分と正確に射って来るな」
「良い腕前してるわね。関心している場合じゃないけどさ」
だからと言ってこのまま隠れ続ける訳じゃないので杖を握りしめて場所を変えようとするとエドに肩を押さえつけられた。
「僕がやるから此処にいて下さいよ、特に問題は無いので」
(昔からは想像が出来ない言葉だな)
エドはその場でジャンプすると直ぐに向うの方から悲鳴が聞こえてくる。
そっと覗いてみると次々とその連中は斬り殺されているのでエドも手助けをしなくても問題は無いようだ。
「あれだけの実力があったらアジトに一人で乗り込むよな」
「そうなんですよ、あんな程度の連中だったらアニキの姿を目で見る事は出来ないですからね」
「昼間なら無敵じゃないか」
「それは言い過ぎですよ、実力者だったらアニキの動きを見破れるらしいですからね、まぁそんな人はまだ見たことが無いんですけどね」
ほんの数分でそいつらの叫び声はしなくなり、エドはその場で電池が切れてしまったかのように佇んでいた。