第百話 アラクネ退治
風が独特の匂いを運んできたのと同時に木の上に小型のアラクネが姿を見せ始めた。小型と言ってもどの個体も1m以上はある蜘蛛の魔獣だ。
成長すると蜘蛛の顔ではなく人間の顔に変化するのでかなりグロテクスな魔獣と言える。
「さぁやってみるかな……雷針」
乾いた音と共に飛んで行く【雷針】はアラクネに刺さると同時に破裂しその身体を吹き飛ばしてくれる。
「ちょっと、もう少し押さえてよ、破片が飛んで来るじゃない」
「仕方がないだろ、いいからほらっ左から来るぞ」
ヘンリクにダンジョンで鍛えられたせいかジールは素早く移動して急所を刺していく。これから本当に貴族の妻としてやっていけるのか心配になってしまう光景だ。
「危ないっ」
ジールが駆け出した所にアラクネが木の影から粘着糸を吐き出したが、ジールは左に転がるように躱すと短剣をアラクネの顔に投げつけた。
しかしその牙で短剣を弾くと口をあけてジールに飛び掛かってくる。だがジールは慌てることなく正面からランスでアラクネを貫いた。
(随分と上手くなったもんだな、ヘンリクは良い指導員になるんじゃないか)
ジールの戦闘を見ているうちにわらわらとアラクネが出てくるのでいっその事【雷爆】で全てを吹き飛ばしたいがその気持ちをグッと堪える。
地上の森の中でそれをやってしまうと元の森の戻るのにどれぐらい時間が掛かるか分からないからやる訳には行かない。
アラクネは単調な動きなので危機感が薄れながら【雷針】で倒しているとエドがやってきて俺の肩を叩いて来た。
「先輩、もう良いんじゃないですか、そろそろ交代して下さい」
「そうか、それなら交代しようか……ジ~ル~、もう交代だってさ」
「え~まだ7匹しか倒せていないんだよ」
不満気な顔を見せるジールに対して苦笑いを浮かべたエドであったが次の瞬間には姿を消してしまった。
直ぐに木の上からアラクネの手や足が落ちてきてその後からゆっくりと身体が落ちてくる。
「あの動きはアキムと一緒だな」
「そうなの? 見ていないから私には何が何だか分からないな、あんたの魔法より早いのかな?」
自分の【雷瞬】を俯瞰で見たことがないから比べる事は出来ないが、魔法だと方向転換は苦手だし木の上での移動など不可能だ。その点エドは音もなくいろんな場所からアラクネの雨を降らしている。
「どうです驚いたでしょ、だけどねアニキのあの動きは思っているよりかは本当は遅いですよ」
「目で見えないんだから早いんじゃないの」
「勇者じゃないんだから見えない速度で動ける訳ないじゃないですか、秘密があるんですよ」
「それはどういった事なんだ?」
「おいらからは言えないし上手く説明出来ないな、後でアニキに聞いて下さい。ほらっ戻って来るよ」
いきなり目の前に涼しい顔をしたエドが上から降りて来たので思わずジールと顔を見合わせてしまう。
「どうかしたかな」
「アニキの動きの秘密が知りたいんですって」
「その話なら後だね、それより先輩、この先にいるアラクネの女王は先輩の魔法で倒してくれないかな、ちょっと苦手でね……」
(苦手? どうしてだ?)
横のいるジールを見るとランスに付いたアラクネの体液をぬぐっていたのでそのせいかもしれない。
もう向かってくるアラクネは出て来なくなったので女王がいる場所に行くと二回りも大きいアラクネが小型のアラクネに囲まれて此方を睨みつけている。
「あの中央が女王か、女王と言うよりかおっさんの顔だな」
「あの個体は女よりも男を多く捕食したんだろうね、食べた人間の顔の特徴が出るらしいよ」
それが本当なのか確かめようがないが、身内の面影があったとしたらいたたまれなくなりそうだ。
「それじゃ周りの雑魚は僕がやりますよ」
「別に良いよ、見ていて」
雷の玉を浮かべるとわらわらと小型が迫って来るがまだ距離があるので気にしない。頭上に浮かべた雷の玉に更に魔力を流し込んで行く。
「もういいかな、雷撃」
乾いた音と共に雷が分散してアラクネに向かって行くと周囲が光に包まれ、光が消え去るとアラクネたちは跡形もなく消えていた。
「先輩……あれは女王なんだよ」
「そうかも知れないけど防御力も速さも大したことないからこんなもんだよ、それよりまだ奥にはいるんだけどどうする?」
「あっ行ってきます」
エドの動きをよく観察すると先程より動きは見えるようになったがアラクネはその姿が見えていないのか無抵抗のまま殺されている。
「どういう事なの?」
「分かんないな、それにしてもどうやって身に付けたんだろ」
ほんの僅かな時間でアラクネは全ていなくなり魔石の回収をする事にした。
「あ~これはもしかして女王の魔石か、それなのに傷がついているじゃないかよ、あ~勿体ないな、これだったらアニキが倒して下さいよ」
「お前な、先輩に失礼な事を言うなよ」
「だってさ……ごめんなさい」
「いいよ、俺が倒すとこうなっちゃうんだよね」
いい加減魔石の回収の事を考えて討伐しないといけないだろう。