第九十八話 後輩との再会
宿からでもギルドの入口が見えるのだからわざわざ暗い内から外で待たなくても良いとは思うのけど昨日は全く眠気が襲ってこなかった。
空が明るくなり始めて冒険者達が続々とギルドに集まってきた頃にジールも此処にやって来る。
「お早う、別にジールは此処で待たなくても良いんだぞ」
「分かってるわよ、私はあんたにこれを渡しに来ただけなの、大体さ曖昧な事を言うからこんな事になるんでしょ」
この世界にも時間の概念はあるのだが、霞み時やら時雨時など覚えづらい名称だし普段はさほど時間に追われていない生活だったのでつい失念してしまった。
「まぁいいじゃないか、もしエドが俺の知っている人物だったら直ぐにやって来ると思うよ」
「そうだといいね」
ジールから貰ったサンドイッチを食べているが、当の本人は渡し終わったのに帰ろうとはしない。
「ちょっと、あれ何?」
顔ははっきりとは見えないが一人の黒装束が器用に人を避けながらもの凄いスピードで此方に向かって走って来ている。
てっきりそのままギルドの中に入るのかと思ったが、その顔がはきっりと見える位に近づいた時は視界が涙で見えなくなってしまう。
『先輩、津崎先輩も……うぐっ』
『エドって義人だったのかよ、お前と会えて本当に良かった……』
二人して涙を流してしまったので会話が中々進まないが彼は入社一年目の高岡義人と言い、同じ営業所であり班も一緒だったのでかなり仲良くしていた。
「ねぇさっきから何を話しているのよ、全然聞き取れないんだけど」
「あぁそうかつい昔の言葉ではしていたようだな、なぁ義人、何処か落ち着いた場所でゆっくり話そうぜ」
『そうですね、沢山話したい事も聞きたい事もありますからね』
ギルドの入口で俺と高岡が涙を流しているのでいつの間にか俺達の周りを囲んで野次馬が見守っている。彼等の話している声は良く聞き取れないが【エド】と言う単語が聞こえてくるのでやはり高岡は【サムライ】ではなく【エド】としてこの街にいるのだろう。
「貴方達、そんなところにいると通行の邪魔ですよ」
ギルドの中から声を掛けて来たのは副ギルド長のシロンだったが、いつもとは少し様子が違っていて表情の中に棘が無い。
「すみません、ようやく会えたので」
「そうですか、本当に貴方は知り合いだったのですね、ごめんなさいね此方には決まりがありますので」
「いえ、理解していますので気にしないで下さい」
「エド、部屋を貸すから中に入りなさい」
「有難う、いつも、助かる」
この世界の言葉を話す高岡はまるで言葉を覚えたての様にたどたどしく話すので、もし俺がオルガ達に助けられずにいたらと思うと改めて異世界転移の怖さを感じてしまった。
(俺も腕輪の力が無かったら大変だったよな、義人はかなり苦労したんだろう)
「良かったじゃない、だったら私は街の中を散歩してくるよ」
「気を使ってくれなくても良いから中に入ろうぜ」
「今回は二人で話した方がいいでしょ、ちゃんと後で紹介してもらうからさ」
「そうか、悪いな」
ジールは優しい笑顔を見せるとそのまま商店街の方に向かって歩いて行った。
「さぁ早く来なさい」
シロンが俺達の為に用意してくれたのは暖かい日差しが入って来る小さな部屋で、飲み物だけ置くとシロンは直ぐに出て行ってこの中は二人だけになった。
『この世界に迷い込んだのは僕だけだと思っていましたよ、僕が……』
この世界に来てからの二年半の出来事を義人は一気に話し、その次は俺の番となった。話している途中でシロンが食事を運んできてくれたが俺達に何も話し掛けないでそのまま部屋を出て行く。
『まさかそんな理由でこの世界に僕達は呼ばれたんですか……それにしても先輩方の様子も変ですしあの平井先輩が勇者ですか』
『あぁおかしいだろ。何かがあると思っているよ』
『それに先輩の話だと六宝星が会社の人達なんですよね』
『あぁそうだな』
『気になるのがこの間の魔王を退けたのは六宝星じゃなくて五何とかですよ。魔王と戦わせる為に呼んだのにそれもおかしくないですか』
確かにこの国には勇者が生まれていないから勇者召喚をしたはずだ。あんな腕輪を付けられたという事は俺達の命なんて軽いと思っているはずなのにどうして六宝星じゃないのだろう。
(あっそうか、まだ三人生きているって言っていたな、そうなると組み合わせで名前が違うのか)
『良く分からないけど早く腕輪を外す方法を調べて合流した方がいいだろうな。俺は調べて貰っている里に行くんだけどお前はどうしたい?』
『行くに決まっているじゃないですか、部外者じゃないんですよ」
これで次の目的地が決まったが里に行く前にジールを領主の元に送り届けないといけない。
(それでジールとはお別れだな)