第九十七話 エド復活
獣人族の少年がエドと接触するまで尾行を続けようかとも思ったが、変に尾行がバレてしまってこじれてしまうと厄介なのであえて人通りの多いこの商店街の中で声を掛ける事にした。
「君、ちょっといいかな」
振り返った少年は特に警戒している様子は見られないので尾行には全く気が付いていなかったのだろう。
「んっ何かな、面倒な事なら嫌だよ」
「そんなに面倒じゃないさ、ただ君に聞きたい事があってね、それは君はサムライを知っているかな?」
「サムライ? 何処かで聞いた事があるようだけど……ん~分からないよ」
精神科医でもないのでその少年の表情から嘘か真かを見分ける事は出来ないが、少なくとも動揺はしていないように見える。
「そうか、だったらエドは知っているよね、彼なんだけどもしかしたら俺の同郷の人間かもしれないんだ。出来れば会って話をしたいんだけど駄目かな」
「アニキの同郷……昔の話はあまりしないから分からないな、別に普段だったら会わせる事は構わないんだけど今は無理なんだ。部屋から出てこないし同居しているオイラにも隠れて暮らしているんだよ」
「何かあったのか?」
「ん~それはオイラの口からは言いたくないな、だからさ今は諦めなよ、その内元気になると思うからさ」
何があったのかは知らないがもしこの世界に来た事で苦しんでいるのなら寄り添う事は出来ると思う。だがその事を少年にどうやって伝えたら良いのかそれが分からない。
「あのね、それなら伝言ぐらいはお願い出来るかしら」
「それぐらいならいいよ、オイラは何を伝えればいいんだい」
「ちょっと待ってね……ほらっあんたが言うんでしょ」
てっきりジールが何か言うのかと勘違いしてしまったが俺が伝えるのが当然の事だ。
「未来商事の津崎友が明日の朝にギルドの前で待っていると伝えてくれるかな」
「ミライシューシのズサケヤユ? 何だか覚えにくいな、もう一度言ってよ」
どうしても日本語が混ざっているので彼にとっては難しいのは当然だ。ちゃんとまともに聞こえるようになるまで何度も教える事になった。
それでもこの少年は嫌な顔を見せる事は決してしなかったので感謝でしかない。
(何だか面倒だけど、これでアニキの様子が少しでも良くなると言いな、まぁあまり期待はしないけどね)
◇◇◇
エドが購入した小さな平屋の一軒家に戻る前に大量の食糧を抱えて戻るとやはりその中はエドが朝に出た時とまるで変っていなかった。
(食事に手も付けていないじゃないか、アニキどうしたって言うんだよ、あの盗賊はアニキがずっと探していた奴だったんだろ、本当だったら喜ぶんじゃないのかよ)
涙がこぼれ落ちそうになるのを堪えながらゆっくりとエドの部屋の前にいって扉をノックする。
この家のどの部屋にも鍵は掛かってなどいないが無理に部屋に入って状況が悪化するのが怖かった。
「アニキちょっといいですか」
「………………」
「勝手に話しますよ、バシールのパーティに誘われましてね、ちょっとの間なんですが臨時で入ろうと思うんですが大丈夫ですかね」
「…………好きにしろ、気を付けていけ」
薄っすらと聞こえてくるその声に力はないがそれでも自分の事を心配してくれる気持ちを感じて涙を抑えることは出来なくなった。
「有難うございます。バーシルはアニキ程強くはないですけどあぁ見えて慎重に行動しますからね、無茶な事はしないでしょう」
「そうか……頑張れよ」
その一言が嬉しくて夕飯は絶対に食べて貰えるような美味しい物を作ろうと内容を考えていた時にようやく伝言の事を思い出した。
「すみませんアニキ、もう一つ良いですか、戻って来る前に二人組のパーティに声を掛けられましてね、その連中からアニキへの伝言を預かったんですよ」
「………………」
「え~それでは言いますね、ミグレ、いやミサイシュ、じゃないな、ミライシューソのズーサキ? んっツーサキだっけな?」
この家に戻ってくるまでは完璧に覚えていたはずなのに頭の中に靄が掛かっているようで上手く思い出す事が出来ない。それが余計に気持ちを焦らせて来る。
(あ~もう、言葉が難しいんだよ、どうしたらいいんだろう)
ジンガがオロオロしていると勢いよく扉が開いてエドが目を見開きながら肩を掴んで揺らしてきた。
「未来商事、津崎、合っているか」
「あっそうですそんな感じです。もしかして本当に同郷なんですか」
「そう、そう、今、何処、会いに行く」
興奮しながら話しているエドが様相以上に元気になったように見えて今度は嬉し涙が溢れてくる。
「えっあぐっ……」
「ごめん、痛いか、悪い」
「違いますよ、嬉しいんです。それでその人たちは明日の朝にギルドの前で待っていると言っていました」
「そうか、明日の朝か……」
(先輩もこの世界に来ていたのか、それにもう一人もいるって誰だろう)