第十話 二年後
いつものように畑仕事の間に魔法の練習をしていると、今まで冒険者として里を出ていたドロフェイが帰って来た。
「お~い、いい情報を仕入れてきたぞ、もしかしたらお前の世界の奴かもしれないぞ」
「え~今回は信じて平気なのかよ、半年前も同じような事を言っていたじゃないか」
その時はかなり興奮して直ぐにでも行こうと思ったが、よくよく話を聞くとその人物は獣人族だった。
「お前が悪いんだろ、獣人族がいない世界なんてあるとは思わないだろうが」
「言わなかった俺も悪いんだけどさ」
オルガもクラウジーもその事は知っているのにドロフェイが知らないと言う事はただ話を聞き流していたせいだ。
(まぁへそを曲げられるくらいなら俺が折れるしか無いんだけどな)
今回の人物はこの里からかなり離れたゴルゴダと言う街で冒険者になってからたったの一年でB級まで駆け上がったそうだ。
(どれぐらい凄いのかは知らないけど、凄いのだろうな)
久方ぶりのS級になるのではともう騒がれ始めているそうなので少し期待したが、残念ながらその人物はお目当てではないと思う。
「何だよ剣士かよ、俺と同じ世界の奴なら魔法使いじゃないとおかしいじゃないか」
「あ~そうだよな、じゃあそいつはこの世界生まれの純粋の勇者になる奴かもしれないな」
現在のこの世界では魔王が三体確認されているが、その対となる勇者はまだ一人しか確認されていない。理由は不明だが最低でもあと二人はいるそうだ。
俺とドロフェイが大声で話していると、おばば様が服に付いた泥を払いながら寄って来た。
「剣士だからと言って違うとは限らんぞ」
「何故です、おかしくないですか」
「お前さんは魔法、それも雷属性の魔法にだけ素質があるんじゃが、そ奴には身体能力に素質があるのかも知れんの、確かめに行く事も考えたらどうじゃ」
勇者であるなら魔法も物理的力も備わっているので分かりやすいが俺と同じようにつまはじきされた者なら見つける事は少し難しい。
そうなると顔を見るのが一番だ。
だが、もう俺は此処に来てから二年経ってしまっている。始めの頃は皆の事を心配していたが、魔法を覚えてこの里に慣れるにつれ徐々にその気持ちは薄れてきている。
そもそも召喚された者達は俺以上の素質を持っているのだから、向こうが探しに来るのではないかとすら思い始めていた。
(そりゃ元の世界には家族や友達もいるけどさ、元の世界に帰る方法なんてどう探したらいいのかすら分からないんだ。もうこのままでも……)
「どうしたんじゃ、あまり乗り気じゃないようじゃの、お主はこの里で良く働くし里の者達も今では仲間だと認めとるが、それで本当にいいのかい。お主が二十年や三十年とこの里に暮らして本当に後悔しないで暮らせるかそれが儂は心配なんじゃよ」
「後悔ですか………………あぁそうか」
少しだけ悲しそうなおばば様の顔を見ていると何を俺に伝えたいのか理解してしまった。これはただ種族が違うだけの問題じゃない。
(俺だけが短命で老いが早いんだよな)
今はまだ平気だが、この先俺が一人だけ衰えてしまった時にどう感じてしまうのだろう。妬みを持たずに平穏に暮らしていけるのか確信は持てなかった。
「決してお主の事が嫌いじゃないんじゃよ」
「そんな事は分かっていますよ…………そうですよね、いいタイミングかも知れないですよね、もしその冒険者が違ったとしてもかりそめの勇者達がそろそろ動き出すかもしれませんしね」
「そうじゃな、その者達もお主と同じように力を身に付けとるはずじゃ」
「それでも…………」
◇◇◇
結局、この里を出ようと決めたまでは良かったが、森の外の事は全く分からないのでドロフェイが案内してくれることが決まり、先ずは俺が自由に探しに行けるように冒険者としての身分を手にする。
さらにこの二年で少しだけ成長した聖獣様も俺について来ようとごねたので、しぶしぶオルガも行く事になった。
ただ、一緒にその冒険者に会うまでは付き合ってはくれないが、俺が人間の世界で困らないように冒険者として独り立ち出来るまでだ。
その事が決まった翌日には出発する事になり、おばば様から30cm程の黒い杖を渡された。
「これは儂からの餞別じゃ、持って行くがいいぞ」
「こんな綺麗な杖なんて貰えませんよ」
「弟子に師匠が杖を渡すのがエルフの伝統なんじゃ、まぁ儂らもお主も杖を必要とはしないので飾りとして持って行くんじゃ」
「有難うございます…………」
それ以上は何も言う事が出来ず、ただ杖を見つめていたはずだが涙でそれすらも見えなくなってきた。