第九十四話 アフガルの街に向けて
「それじゃ行ってきますね」
「おうっ有難うな、それと奴の事は頼んだぞ」
「心配しないで下さいよ、それよりあの子は大丈夫ですよね」
「あぁ任せてくれ、良くなったら一流の奴らを護衛に付けて送らせるさ」
ようやくこの街にも衛兵が戻って来て徐々に普段通りに戻っていっている。ヘンリクもイレイガに戻り、俺とジールはアキムと別れを済ますと指定された森の中に入って行った。
「もうちょっとどうにかなんなかったのかな、面倒なんだけど」
「しょうがないだろ死んだことになっているから見つかる訳にはいかないんだよ、さてそろそろだと思うんだけどな……あっあそこだ」
森の中に溶け込むようにテントが張ってあり、その前でゲルトが暇そうに見張りをしている。近づいて頼まれていた酒が入った小瓶を渡した。
「おっ上等な酒を持ってきたじゃねぇかよ、これで生き返るってもんだぜ」
「ちょっと大げさすぎない? この辺りには厄介な魔獣がいないんでしょ」
「そりゃそうだけどよ、気は抜けねぇだろうが、まぁいいや、おいっ起きろやお迎えが来たぞ」
ゲルトがテントの中に声を掛けるとこの三日の間一緒に護衛をしていた冒険者の二人とロドロが出て来た。
「よく眠れたかい、次の街で馬を借りるからそれまではジールの後ろに乗ってくれ」
「いや、僕が歩きますよ」
「良いんだよ、俺はまだこの馬に嫌われているからな」
最初から二頭借りていればこんな事をしなくて良いのだが俺はまだ一人で馬に乗るには腕前が上達していない。
ロドロが何故この森の中で隠れていたかと言うと、移動制限がまだ解除されていないので先にアフガルの街には行けないし、だからと言って通常に戻るまで街にいると出るのが難しくなりそうだからだ。
ゲルト達が護衛をしていたのはやはりロドロの冒険者としての能力が低いせいでもある。
「そうだ、街道の様子はどうなんだい」
「移動が解禁されたからな、やはり人の往来は多いよ、だからロドロはフードを深く被っていた方がいいな」
「ちょっと気を付けてよね、もうロドロじゃなくてイクサでしょ、名前を変えたんだから間違わないでよ」
「あぁそうだよね、これからはイクサ何だっけ」
「しっかりしてよね」
「ジールちゃんもさ……」
ゲルトはジールをからかおうと思ったみたいだが軽く睨まれただけで諦めて帰って行った。
ジールは出会った頃に比べると随分と変わったように思える。前は貴族特有のオーラのようなものがあったが今では立派な冒険者に見えてしまう。
(いいんだけどさ、こんなんで貴族の嫁が勤まるのかな)
「ちょっと、何か文句でもあるの」
「何にもないって、文句何てある訳ないだろ、ほらっ俺達も行こうぜ」
「はいっお願いします」
イクサはアフガルの街でもう一度人生をやり直す事になっている。ギルドカードは持っているが適正は低いので軽く仕事をしながら自分に合った仕事を探すそうだ。
妹のサチは悪環境で監禁されていたので心と体のケアをしている最中で普通に暮らせるぐらいに回復したらイクサと合流する予定だ。
かなりの費用が掛かってしまうがそれらはすべて伯爵の隠し財産から支払われるので最高の治療を受ける事が出来ている。
(伯爵の一族は全て処刑されているからな……それはどうかと思うけど)
◇◇◇
「何だか此処にいる人達は随分と楽しそうに歩いているな」
「そりゃそうでしょ、いくら治安維持の為だとはいえやり過ぎなのよ」
街道にいる人は誰もが笑顔で歩いているのでこの日が来る事が待ち遠しかったのだろう。
「あの、僕は怪しく見えますかね、何か視線を感じるんですけど」
「あんたねぇあんな真似をした割には気が小さいじゃない。あんたなんか誰も気にしていないよ」
「そうなんですかね……」
「見られているのはイクサじゃなくてジールだよ」
ジールは俺が治安部隊に入っている時にあの街にいたB級の女性冒険者と仲が良くなって悪い方に感化されてしまった。
どうしてそれを喜んで着ているのか知らないがいわゆるビキニアーマーとやらになってしまっている。動きやすいからいいらしいが防御はほぼ無いに等しいし、それよりその恰好で自分の街に帰れるのだろうか。
「俺が領主に怒られるんじゃないかな」
「余計なお世話でしょ、今は冒険者なんだから好きにさせてよね、まだ文句があるの」
「いえっありません」