8話
「ん、んん……」
目を覚ますと、いつもの天井があった。
勿論、いつもの天井と言ったら自分の部屋しかなくて、金の装飾が施された天井から視線を移すと、私の部屋も見えてくる。
なんの飾り気もない部屋は、ハッキリ言って生活感がない。
前世の私の常識等があるから分かることだが、今の私の年だったらもっと物はあっていいし、あって然るべきだ。
だが、そんな事にも気づけないほどに私は追い詰められていたんだと実感する。
今の私と前世の私は、違う世界で存在しても元は一緒な存在な為、多少思いの違いがあると、その強い方が前に出て来てしまう。
だから、この世界の常識に当てはまらない事をしない様に気をつけるしかない。
「そういえば……」
ふと思ったのだが、あの後どうなったのだろうか。
義弟が運んでくれた可能性があるが、体格差的に私の方が大きいから多分、侍従か誰かが部屋に運んでくれたのだろう。
何しろ、自分の部屋と廊下の境で倒れてしまった訳だし。
それに限りなく低いが、もしかしたら私の呼びかけに応じてくれたお父様が来てくれた可能性もある。
「ぐぅ~~」
ーーお腹がなった。
「お腹減ったな。」
公爵令嬢が、お腹を鳴らすなんて絶対人に見られちゃいけない光景だなぁと、他人事のように思った。
今の私と前世の私はやっぱり似てるから、あまり令嬢としての自覚がなかったりする。
元々の私の方が令嬢としての自覚が薄いのはどうかとも思ったが、リリィに勝つ事でいっぱいだった為、仕方なかったのかも知れない。
「……ご飯欲しい。」
丁度、目と鼻の先にあった呼び鈴を取り鳴らす。
すると直ぐに、いつもの侍女が入って来た。
「お、お目覚めになられたんですね!」
「え、えぇ。」
「こ、公爵様を呼んできますね!」
嬉々としてそう言うと、パタパタと直ぐに出て行ってしまった。
因みに彼女は、"元"専属侍女のアキラだ。
幼い頃に物乞いだった彼女を、妹への嫉妬心で満たされている私と重ねた。
酷い話だが、物乞いだからアキラも周りの人を憎んでいると思ったのだ。
だから、彼女だったら私の気持ちもわかってくれるだろうと、思い私の専属侍女に指名した。
初めは、思った通りに私以外の侍女や侍従達を疑っていたが彼女は公爵家に早く溶け込んで笑顔を見せるようになって行った。
私が目をつけた不幸そうな顔も全くしなくなって、幸せそうで……それにムカついて自分勝手に専属侍女から外して他の人を指名した。
怒りのままにそうしたから、アキラの思いなんて考えもしなかったし、考えたくも無かった。
だから、もし理由を聞かれたら何か冷たい言葉でも放って、嫌われようと思った。
だけど、彼女は理由を聞くこともなく、ただ笑って言うだけだった。
『私はお嬢様が大好きです。ずっとずっとだから……』
顔や声は繕えていても、手が震えていて彼女が悲しんでいると直ぐに分かった。
わかったからこそ、胸がいたくて……自分の醜さに頭が痛くなった。
こんな、綺麗な心を持ってるアキラに嫉妬して。
最後に言った言葉が聞こえなかったが、どうせ「さよなら」当の類だろう。
そして、それからもう彼女と会うことはなくなって、また一人の生活が始まった。
「会うのは三年ぶりか……」
本当に久しぶりだった。
かなり綺麗になっていた。あの頃はパサパサ気味だった髪も綺麗なお団子が出来るくらいになっていて、かなりホッとした。
もう、アキラに対する嫉妬心はない。前世の私が入ってくる直前まで彼女に対する嫉妬心が少なからずあったが、思わなくなったのは、前世の私が大人故だから?なのだろうか。
よく分からないけれど、恐らく20代な私がそこらへんの制御をしているのかも知れない。
今の私と前世の私が重なって精神年齢は20代と13才の間だろうから。
「お嬢様!公爵様が来てくれますよ!」
「え!?」
バンッ!と大きな音と共に"公爵が来る"と言う言葉に驚いた声を出してしまう。
アキラが出ていく際に何か言ってはいたが、あまり聞いていなかった。
「良かったですね!」
「え、あ……」
身を乗り出して嬉しそうに言うものだから、つい狼狽えてしまう。
そもそも、アキラが此処に居ることだって有り得ないのに。
「な、なんでアキラが……」
「私の名前覚えてくれてたんですか!?感激です!」
胸の前に手を合わせて、大袈裟なまでに感激している。
そもそも、こんなに感情表現の上手い子だったけ?
「私あれから色々ーー「ラーナ!」」
アキラの言葉を遮って、また扉が激しく開かれた。
まだ目覚めて、あんまり立っていないから辞めて欲しい。
「だ、大丈夫なの!?」
意外なほどに、お母様が焦っていた。
心なしか目尻に涙まで浮かべている。
「え、と……」
上半身だけ起こしている私の身体を痛いほどに抱きしめてくる。
久しぶりのお母様からの抱擁に、少し照れ臭く思いながらも、嬉しく思えた。
「どこか痛いところとかない?」
身体を離して心配そうに聞いてくるお母様。
目と鼻の先で聞かれると、顔がドアップされてやっぱり美人だなと思った。
私とは大違いだ。リリィはこの容姿を受け継いだんだなぁとも。
ーーと、またリリィのことを考えそうになる思考を一旦停止させて、お父様に元々話す予定だった事を伝える体勢に入る。
「お父様、お話があります。」
お母様の後ろに同じく心配そうに私を見つめていたお父様と目を合わせる。
「なんだ?」
「とても大切な話です。二人で話せませんか。」
今からする話は、あまりお母様や今扉の前でこっそり此方を覗いて居る、嫉妬心の対象であるリリィには聞かれたくない。
「……いいだろう。皆、下がりなさい。」
「「はい。」」
真剣な目で訴えると、通じたのか直ぐに指示を出してくれて内心ほっとした。
そして、二人きりになり本題に入る。
「あの、先日の食事のことですがあのシェフ、アンダーとリリィには何の非も有りません。」
「あくまでお前が悪いと?」
「いえ、私が悪いと言うわけではないです。原因もちゃんと分かっていますので。」
「…本当か?」
「はい。実はですね……私は"男性恐怖症"なのです。」
「は?」
「ふっ……」
あまりの間抜けなお父様の顔につい笑ってしまった。
「なっ、わ、笑って居る場合ではないだろう!?今私と居るだけでも!」
「あ、それは大丈夫です。お父様に関しては大丈夫ですので。」
強姦に家族は関係ない。あくまで他人にされたのだから。
「そ、そうか……」
安心したのか、ホッとしたように一息ついたお父様。
まぁ、我儘な令嬢でもお父様からすると娘に変わり無いから少しくらいの心配はするのだろう。
その事に少しだけ安心して、話を続けた。