3話
昨日、庭への散歩をしたが侍従に会うことはなかった。
何故か侍女にばかり頻繁に会うし、妹にまで会ってしまうという気まずい時間だった。
それよりも、どうにかして男性恐怖症を治すとまではいかなくても、自分より上の王族の方々に失礼な態度を取らない様にしないといけない。
今から、朝食を食べに行くがそこで男のシェフに出会うことになるだろう。
耐えられるだろうか。その男が作ったと思うだけで食べられない可能性が高いのに。
「ど、どうしよう。」
だが、どんなに嫌だと思っても時間が待ってくれることはなく、いつも通りに侍女が来て身支度をさせ、気づいたら食堂の前に来ていた。
「お嬢様、開かないのですか?」
後ろから、不思議そうな声が聞こえる。
「あ、いや開くわ。」
侍女に開けてもらい、重い足取りでいつもの席に座る。
お父様が、お母様の隣で私と9歳の妹がその対面の席にいる。
「遅いじゃない、ラーナ。」
お母様から咎めの言葉が入る。
「部屋から出てきただけでもいいじゃ無いか。」
「……」
妹は、どうでも良さそうに本を読んでいる。
「すみません。」
私がくると、食事が始まり談笑が始まる。
主に、毎日、私が喋りまくっていたのだが今日は黙ったまま。
「お姉様?」
そのことを不審に思った妹のリリィが横目で見てくる。
「食べないと冷えてしまいますわよ。」
いつもなら無関心を貫いているリリィにしては珍しいと思いながら、「分かってるわ」と答えた。
この様にそっけない会話の要因は、私にある。
昔は、「お姉様お姉様」と慕ってきていたリリィを妬ましさのあまり、無視したりきつい言葉を投げかけたりして、散々傷つけてきた。
だけど、それだけ羨ましかった。
顔を見るだけで辛くて苦しくて堪らなかった。何も知らない様に屈託なく笑う笑顔が憎かった。
正直、今でも憎い。リリィは何も悪く無いけれど、私はそんなにできた人間じゃ無いから。
「どうかしたのか?」
「美味しく無いのかしら……」
全く動かない私にお父様とお母様まで心配し出す始末。
そろそろ目の前にある食事に手をつけなければならない頃だが、どうしても手が動かない。
男のシェフが作ったと分かっている分、尚更。
「お父様、お母様、私はこの料理が喉に通りませんわ。」
「体調でも悪いのか?」
「いえ…「そういうの、いいですから。」」
私の言葉を遮って、リリィが強めの口調で言った。
「我儘言わないで食べてください。昨日の話、聞きましたよ。」
侮蔑を含んでいる言葉が突き刺さる。
「あの一件で私たち家族にどれだけ迷惑をかけるわ変わっているのですか。」
「もう、それくらいに……」
お母様が口を挟もうとするが、リリィに一睨みされると口籠ってしまった。
「どれだけ私たちに迷惑をかけたら気が済むのですか、お姉様は。」
とても冷めた言葉が私の冷めた心を揺さぶる。
"迷惑"という言葉をリリィから言われるのが我慢ならなかった。
正論しか言わない妹が私は憎い。
「私だっ「早く食べて下さい。」」
言葉を紡いでいる最中に、突然スプーンを妹が取ったかと思うと、目の前の細かく切られたステーキの一部を私の口の中に入れた。
「ほら、食べて……お姉様?」
喉が、頭が、お腹が気持ち悪くなる。
吐き気がどんどん迫ってくる。
「うえっ……」
口に入れられたものが、皿の上に吐き戻される。
「うぅ……」
頭がすごく痛い。まるで王子の誕生日パーティーの日と同じような警鐘の音が頭の中で鳴り響く。
これはもしかせずとも、あの日の警鐘は王子に対する恐怖からだけではなく、その場にいる全ての男性に対しての警鐘だったのだろうか。
もしそうだとしたら、あんなにうるさく頭に響くのも納得できる。
「お姉様!!」
リリィの叫ぶ声が聞こえる。
本当に、この妹は私から散々嫌なことをされてきているにも関わらず、心配してくれるなんて優しすぎると思う。
「リリィ……憎いわ……」
そう言った瞬間、リリィの顔が悲痛に歪んだ。
「大丈夫よ……」
本当に、私の妹はなんでもできて憎い。