2話
次の日から、私は部屋に籠る様になった。
もともと臆病者な私は、すぐに部屋に篭る癖がある。その間に一人溜まっていくストレスを物に当たって発散するのだが、今回は当たろうと思えなかった。
寧ろ、当たった後のことを考えると恐怖心でいっぱいになった。
物に当たると怒られる、ということはない。
母親も結構ヒステリックなため、誰も何も言わないから。
私が怖がっているのは掃除しにくる侍従達のことだ。
いつも壊すのは重たいものが多く、次女達はあまり掃除しにしようとこない。
なら小さいものを壊せばいいと言う話なのだが、小さい物は硬いものが多いから壊しにくいのだ。
「はぁ……」
そこで、どうしてここまで侍従だけを怖がるのかを考えた結果、ある仮説が立った。
ーー私は、かなりの男性恐怖症なのでは無いかと。
侍従を見ただけで息が苦しくなって、倒れそうになる。
まだ、他の男性をこの屋敷以外で見たことがないから何も言えないが、恐らくそうだろう。
もう当たれるものがなくなって、運ばれてくる美味しいお菓子にばかり手をつける。
元々、太らない体質だからか、どんなに食べても太ることがない。
一応、栄養が偏り過ぎない様に野菜とかも食べている。
「退屈……」
その一言しかない。きっと今頃、優秀な妹はお父様とお母様と一緒に楽しく食事でもしているのだろう。
もう羨ましいとも悔しいとも思わなくなった自分に若干呆れながら、布団にくるまって真っ昼間から寝た。
ーーー
『いやぁ……やめて……』
甲高い女性の叫び声が聞こえる。
悲痛なほどにか弱い叫びに、自然と足がそちらの方に向く。
暗い空間には何もない。だけど、何となくどこに向かうべきか、分かっていた。
真っ直ぐ迷いなく進んでいくと、目の前に大きな正方形の映像が映し出された。
映像には衣服を乱された女性が暴力を振るう男性に犯されていた。
『嫌だ!』『やめて!』『お願い!』と何度も何度も泣き叫びながら懇願している。
だが、男達はさらにヒートアップして楽しそうに下品に笑っている。
「なに、これ……」
こんなの、初めて見る。あまり見慣れない服や"そう言う道具"を持っている様だが、何処の国の映像なのだろうか。
『お願い…やめっ!!』
突然女性の顔が、蕩け出した。映像では良く見えないが、明らかに何かされたに違いなかった。
それから、どんどん蕩け顔になっていく女性は壊れた様に笑い始め、瞳に光がなくなり、最後は死んだ様に動かなくなった。
いや、多分死んだのだろう。顔が青白さを通り越して白くなっていたから。
「……。」
可哀そう、と同情するよりも怒りが湧いてきた。
当事者じゃ無いはずなのに、全ての男に対して憎悪の感情が生まれ始める。
「男なんて、嫌い。大っ嫌い!!」
知らない人の感情が流れ込む様に本来ならない"憎悪"と言うものが私の胸いっぱいを埋め尽くした。
「何で死なないといけなかったの!!強姦なんかで!!許さない!許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さないーーーー!!!!」
まるで自分の声とは思えないほどの低い叫び声が、お腹の奥から出た気がした。
ーーと、その時、真っ暗だった空間が真っ白になった。
「え……」
一気に胸も軽くなり、先ほどまでの憎悪が嘘の様になくなった。
真っ白な空間の少し先に一人の女性が佇んでいた。
「さっきの人……」
ソレは、あまり見たことがない服装で、乱されていない状態のさっきの女性だと一目でわかった。
茶髪に黒の垂れ目で優しそうな平凡な人。
一人で只々、涙を流して泣いていた。
下を向いて俯いたまま。物に当たって大声を出す私とは大違いだ。
「……あんたがどんなに辛かったか、私は知らない。でも、泣いていても始まらない。立ちなさい"立花"」
口が勝手に動く。"立花"というのは、この女性の名前だろうか。
「そうじゃないと、親友じゃなくなるわよ。」
この親友と言う人は、少し薄情過ぎやし無いだろうか。
強姦にあったら、普通そんな簡単に立ち直れる物じゃない。
「それはいや!」
女性が、ガシッと私の肩を掴んだ。
「親友を失いたくない!」
「なら、行きなさい。」
「いくって……」
「前世に苛まれないで、現世に目を向けなさいと言っているのよ。この少女はあなたがいることで完成される。」
私の"口"は何を言っているのだろうか。
もしかしなくても、この少女というのは私の事?
「壊れる前に、中に入りなさい。今、貴方が生きるべき場所はーーーー」
ーーー
「はっ!!…はぁ。」
なんだか、物凄い夢を見た。
強姦される私のこと………って、私?
「え……わた、し……」
鏡の前に立って、姿を確認する。
うん、何度も見直さないでも一瞬でわかる黒髪に紫目だ。
髪は珍しいけど、容姿は平凡。
でも、何故か自分の容姿に驚いた。
そして、これから起こる自分の危機も。
「メモ……」
鈴でメイドを呼んで紙とペンを用意してもらう。
まず、私は水上立花。乙女ゲーム会社に勤めていた24歳OLだ。
家に帰ると何故か男が三人いて強姦にあってそのまま死んでしまった。
そして、ここからが二つの記憶に分かれる。
一つは、今の私の記憶。
ラナナ公爵家に生まれ、順風満帆な生活を送っていたが、妹が生まれたことにより一気に逆転。
みんな、容姿も才能もより優れている妹の方へ行き、私に見向きもしなくなってしまった。
そして、王宮で大きな失態をしたのである。
二つ目は、水上立花の記憶。
白い世界で一人ポツンと泣き続けていたところを少女が現れて、親友の口調で突然話だし、大人にも関わらずに号泣して記憶が飛んでいる。
ーーという訳だが、いまいち名前の思い出せない乙女ゲームが大好きな親友が言っていた私が完成するというのは、この世界の"私"が完成するという事だったのだろうか。
そもそも、この世界が乙女ゲームではない。
何より、こんな乙女ゲームの世界を私は知らない。
かなり有名な会社にいたから、だいたい把握しているのに、知らないということはまだ発売されていないのか、作られる最中だったのか……良く分からないが、ただ令嬢に憑依という形ではない様だ。
何より、二つ分の意識が混同していて物に当たりたいと思ったりするのは全く変わらない。
それに、日本での幼い頃の家庭とこの公爵家での家庭が酷使していた。
まるで、私のために作られた世界とでもいう様に。
取り敢えず、疑問に残る事などは纏めて適当な本に挟んで誰にも見られない様にする。
そして、もう夕方に差し掛かっているにも関わらず、外を散歩することにした。
男性に会う可能性があるが、まぁいいだろう。それに恐らく、私が男性恐怖症なのは確実だ。
強姦にあったら、そうなってもおかしくはない。
誰にも会わないコースを選んでいこう。
勉強できないからって籠ってちゃダメ人間まっしぐらだし、なによりーーー親友がくれた人生を無駄になんてするもんか。