飲み代
「君学生の中では一番バイト入っているけど、何にそんなお金使ってるの?」
バイト先の休憩室、店長と向かい合ってご飯を食べていたら、ふとそんなことを言われた。
「あ、確かに。私もめっちゃ気になります〜。」
バッチリ勤務時間中だというのにサボりに来たのか、すかさず後輩が口を挟む。
「お前はまだ休憩じゃ無いだろ。ほら、水飲んだらさっさと行けよ。」
「え、いいじゃ無いですか、どうせお客さんなんてそんなに来ませんし。」
ストン、とパイプ椅子に腰を下ろした。
「悔しいけど、いう通りなんだよな…」
店長が苦虫を噛み潰したような顔で言う。
「君の後輩は、普段からこんなに態度が大きいのかい?」
「普段はもっとです、ほんと、歳下のくせにツラの皮だけ厚くて…。」
二人でため息をつく。後輩がうちのお店にバイトに来たことによって、もはや日常となってしまった俺の悩みに共通の理解者が出来た。これは果たして不幸中の幸いと言えるのだろうか。ちっとも嬉しくない。
「で、先輩、何にお金使ってるんです?」
「そりゃあまぁ、色々だけど。」
「色々ってなんですか、色々って。ハッキリしない男って嫌われるんですよ?」
「別に好かれる気は毛頭ないので余計なお世話なんですが…」
むしろいっそのこと嫌って欲しいまである。このストレスから解放されるだけでどれだけ楽になることか。
「そういうお前は何に使ってるの?」
「え、私ですか?」
後輩は自分で自分をわざとらしく口元に指をあてた。
「私はそうですね…。あ、最近美味しいお酒を買いました。」
ニコニコしながら言わないでほしい。あなたまだ19だよね?
「なんて銘柄?」
店長、そこ食いついちゃダメでしょ。履歴書見て知ってるよね、彼女の年齢。
「先輩、今度飲みに来ますか?」
「…俺が飲めないの知ってて言ってるよね?確信犯だよね?」
「えー、残念だなぁ。」
ニヤニヤと笑う後輩の顔は、ちっとも残念がってはいなかった。
「でもやっぱり、私は人付き合いに使うことが多いですかね、飲み会とか。」
「あー、やっぱそうだよね、飲み会結構出費痛いもんね、学生の頃は苦労したなー。」
しみじみと頷く店長は、隠しきれない歳のオーラが出ていて悲しかった。
「でも先輩飲まないから、その辺の出費はあんまり無いんじゃないですか?そもそも行かなそー。」
「おい、人付き合い悪いって偏見勝手に持つんじゃねぇよ。」
「え、そうですか?」
「ほら、この前のサークルの飲み会だって行ってただろ?」
「あれは『サークル長に脅されて渋々来たんだ』って、自分で言ってましたよね?」
「う…。でもまあ、飲み代は飲んでも飲まなくても割り勘だしな。」
「え?そうなんですか?かわいそー…。」
やめろ、その憐れむような目つき。
「そうだ、前回も結局お前寝ちゃって俺が二人分払ったんだからな、今返せ今。」
「あ、お店混んできたっぽいし行かなきゃ。じゃ先輩、また後でー。」
後輩はすっくと立ち上がると出ていってしまった。
「…君も色々と、大変そうだね…」
「…あ、わかってくれます?」
休憩室に、二人分の乾いた笑い声が響いた。