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ミールトニア帝国バラト駐屯基地。
我らが帝国と戦争状態にあるナルスタ公国の国境付近に構えられた戦が絶えない最前線基地である。
その中の医務室で私は医官から私の軍人人生に終止符を打つであろう宣告を受けていた。
「間違いありません。マニル中佐。あなたに思想自我希薄症候群の症状が認められます」
「・・・そうですか」
思想力と呼ばれる感情エネルギーを武器に作りかえる術、想起術を使い戦う現代において想起術を使う程の感情を出せなくなるその病は軍人にとって致命的なものだ。
「治せたりはしないのですか?」
「・・・そう、ですね。先程感情指数を計測しました所、第一領域までは展開出来ても、第二領域の展開までは不可能でしょう。まだ第一領域の展開が出来ますので兵士として従軍する事は可能ですが今までの様に最前線で、というのはとてもではありませんが可能性があるとは言えません」
「・・・」
想起術には三段階あり、どこまで展開できるかは個人の技量や、精神力にもよるが、第一領域迄しか展開出来ないとなると余程強くなければ最前線に居ても足でまといなだけだろう。
私だって操れる鉄の許容量が十メートル立方から一メートル立方まで落ち込んでしまうのだ。
「マニル中佐はこれまで『鋼鉄』として多大な戦果を挙げて来ました。第三領域保持者が駆り出される様な戦場でも第二領域保持者の身で、それも女性でありながら埋もれることの無い成果を出してきたんです」
医官は目を伏せる。
「だからそろそろ御自身の幸せに目を向けても宜しいのでは無いですか?貴女の功績によって今日を生きながら得ている人は沢山います。ですからこれからはより自分を危険に晒して他人の為に戦うのでは無く退役して御自身の幸福の為に人生を使ったって良いのではないですか?」
どうやら彼女は私の事を心配してくれているらしい。
・・・しかし、他人の為、か。
「とても魅力的な選択だけど」
顔を上げる医官。
「別に私は他人の為に戦っている訳ではない。私が軍人として守りたいのはこの祖国の土地なんだ。・・・隣の公国民がその穢らしい足でこの地を踏むのが許せないんだ」
医官が信じ難いといった視線を向けてきた。
確かに金銭や、”人”を守りたいと言う者の多い中で私は異質に映るかもしれない。
なんだか医官が私の事を気味が悪いと感じたように思えて何とか言葉を重ねようとするが、医務室なのに香ってくる煙草の臭いと後方からの背中を叩かれた衝撃に後ろを向くと見知った顔が見えた。
天然ではない乾いた金髪。
口には特製だと言う煙草を咥え、肩にカタナと呼ばれる極東製の曲刀が納まった鞘を掛けている。
数少ない私の戦友と呼べる人物だ。
医官はそんな彼女を見て眉を顰めた。
「リー少尉、ここは医務室です。喫煙は控えてもらえませんか?」
「そう固いこと言いなさんな。直ぐに出てくからよ、私はそこの愛国心の塊に用があって来たんだ」
ふぅ、と煙を吐き出すリー。それを見て卒倒しそうになっている医官。
私を見据えるリーの切れ長の目が私に緊張感を与える。
「お前、希薄症候群罹ったんだな」
「ま、まぁ」
「・・・それでも軍を辞めるつもりは無いんだろ?」
「勿論」
はぁ~というリーのため息と共に大量の煙が吐き出された。
「そんな仕方の無いお前に朗報だ。まぁ、最前線で戦いたいって要望には少しズレてるかもしれないが」
リーは鞄から一本の筒を取り出すと中身を抜き取り、私の前に掲げる。
「『鋼鉄』マニル=シェパード中佐。本状を以て貴官をバラト駐屯基地防衛第一師団想起兵特殊作戦隊ガンマ分隊長の任から解き、特戦精鋭部隊『十二面体の騎士団』、管理補佐官に任命する事をここに告げる。貴官の豊富な戦闘経験を生かし『十二面体の騎士団』をより強固なものへと導いてくれることを期待している・・・ってな感じだな」
リーの小馬鹿にしている様にしか聞こえない彼女の上官のモノマネが若干鼻についたがどうやら自分は違う隊の配属になったようである。
これから資料や分隊長章の引き継ぎなど面倒くさい作業をしなくてはなるまい。
「『十二面体の騎士団』・・・どこかで聞いた事があるような」
「あぁ。第三領域保持者の中でも選りすぐりの六人で構成された我らが帝国の最終兵器なんだと。集団洗脳とか、万人切りとか平然とやってのける本物の精鋭部隊さ」
まるで会った事のあるかの様な口ぶりとその憧れを持った表情に私は疑問を抱いた。
「会った事があるのか?・・・騒がせて申し訳なかったな」
私は医務室を後にしながらリーに尋ねる。
「いいや、私はたまたま同じ戦場に出た事があるってだけだよ。ただあのチームは一つだけで完結しちゃってるんだよな」
リーは廊下の吸殻入れに今まで咥えていた煙草を捨て新しい物に火を着けた。
「何と言うか、あの部隊に出来ない事があまりにも少ない。今の『十二面体の騎士団』は軍のお偉いさんからすればはっきり言ってハイリスクなんだよ。謀反を起こされたら勝ち目が薄い。例え勝ったとしても被害は甚大、そんな時に公国に攻められようものなら戦線を後退するしかない」
リーが煙草を勧めてきたので受け取り、炙る。
久しぶりに吸うリーの煙草はどこか興奮していた私を落ち着かせた。
「そこでお前に白羽の矢が立ったって訳だな。若干十六歳にして従軍し、八年間で五つの戦場を周り、戦績は勝率九割。第二領域保持者の身でありながら第三領域保持者を凌ぐ撃破数を持った人間なんてそうそういないからな」
「だから私が、お目付け役に?」
「まぁそういうこったな」
そう呟くとリーは周りに聞かれたくないのかグッと耳に口を寄せ囁いた。
「・・・これは戦友として、それと私の上官からの忠告だ。良いか、今から言う事は軍規違反紛いだからな。絶対に漏らすなよ」
頷く。
「・・・ここから先、お前が従軍している限りはお前は軍の狗だ。騎士団の動向の報告を怠るな、一緒に過ごしているからと言って気を許すなよ。奴らは気が狂ってると評される第三領域保持者の中でもダントツでヤバイ。一度気を許してしまえばお前は良い様に使われて、最後は軍からも奴らからも見放されてしまうだろう。もう一度言うぞ。絶対に気を許すな」
それだけ言い切るとリーは一冊のファイルを残して立ち去って行く。
開くと中には六人の性格や、能力、注意点等を纏めた名簿と一枚のメモが入っていた。
『個人的に軍に残っていた情報を纏めてみた。ちなみに騎士団と私の配属されている基地は同じ場所だ。どうしようも無くなる一歩手前まで来たら私と上官を頼れよ。痕跡消して逃がしてやるくらいは出来るからな』
短い間に膨大な情報量を押し付けられ混乱していた私の中に安心が広がった。
その時の私にはこの後自身の気持ちとこの忠告の狭間で揺れる事になるなど微塵も想定出来なかった。
リーのファイルを公開して最後かな・・・