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魔鍵と奇蹟のアルカディア  作者: 隔絶祈り虐殺よか
3/3

戦い話

 男はこれまで様々なポリスを尋ねる旅を続けてきたのだが、途中で道が書き記された地図を無くしてしまい路頭に迷ってしまったのだそうだ。三日も食べていなかったらしい。

 固形食で腹を少しは膨れさせた男は、歩きながら様々なこれまでの旅の話を、エルマに語ってくれた。どれも興味深い話だった。

「男に寝床を襲われた時は焦ったね。なにしろ起きた瞬間には改変術式ですでに身体を拘束されていて、抵抗することもできなかった。ズボンまで降ろされた時は男に童貞を奪われるのかと心底恐ろしかったが、その男は自警団に射殺されて私は助かった……。自動的に人に襲われると通報が自警団に行く改変術式を私が行ったことに、彼は気がつかなかったのさ……」

 そんな話を聞くと心が震えた。自分も旅に出れたら、危険だが、きっといろいろな経験ができるだろう。しかし、自分はきっとあのポリスで一生を終える。旅に出る度胸なんてものがあるなら、みじめな生活を送ることははじめっからないのだ。

 そんなことを思いながら話を聞いていたエルマと旅人の男は、ポリスの入口までたどり着いた。

 エルマはポケットから改変術式の込められたキューブを取り出して、何も言わずにそれを手の平に乗せた。呪文は唱えない。恥ずかしい、そんな自覚はある。

「どこのポリスとも同じだと思いますけど、この結界を破るには鍵であるこのキューブが必要です。これは一つしかないので一度に一人しか通過できませんが、このように……」

 彼女は結界を通過する。

 そしてキューブを結界の外にいる旅人の男に向かって、放り投げる。キューブは結界の影響を特に受けることもなく外へと投げられて、男はそれを受け取る。

「キューブは物ですから、結界の影響を受けません。旅人さんなら当然知ってますよね。すみません、こんな説明いりませんよね」

「いやいや。ご親切にありがとう。物なら通過できるんだね……」

 旅人であるこの男がそんなことを知らなかったというのはエルマにとって意外だった。

 旅人の男は首を横に振った。

「いやいや、何か腹が減りすぎているせいで、記憶に障害があるのかもしれない。当然、知っていたが、忘れていたようだ」

「なるほど。そんなこともあるんですね。人体の不思議ですね」

「空腹とは、まるで魔王だね」

 そんな謎なたとえを聞きながら、二人はポリスの中へと入った。

「食事ができるところまで、案内しますね。ちょっと距離がありますけど……」

 エルマは意気揚々とした気分になった。

 外の世界を旅している人間が側にいる。そう思うだけで、いつもと変わらないポリスの風景が違ったもののようだった。

 だから、草原や山を歩いていた時とは違って、まるでヒトデかナメクジのようにゆっくりと歩いた。旅人の話をどんどん尋ねて、心をわくわくと陽気にさせた。

 だから彼を食事のできるお店まで連れてきてしまった時には、一気に萎えた。まるでお店自体が巨大な憂鬱そのものであるかのようにエルマには映った。

 だがそんな憂鬱も旅人にはばれないように、小さくため息をつく程度に済ませた。

 あまり人には自分の感情を知られたくない、というのが彼女の性格だった。

「では、私はこれで……さようなら、旅人さん」

「君のおかげで助かったよ。ぜひ、今度お礼をさせてくれ」

「そんなたいしたことはしてません。では、失礼します」

「いや、待って。じゃあ、これを受け取ってくれ。昔、旅の途中に手に入れたものなんだが……」

 彼はポケットから首飾りを取り出して、それをエルマに手渡した。

 彼女は喜びを抑えながら、それを握り締めて、旅人にどうお礼を言おうかと悩んで頭を少し揺らした。白髪がほのかに揺れて、彼女の緑色の眼に引っかかる。

 それを払い除けてから、エルマが顔を上げて何かを言おうとした瞬間には、すでに旅人はお店の中へと姿を消していた。

 お礼、言えなかった。ご飯が我慢できなくて慌ててお店に入ったんだ。

 そう思いながら彼女はとぼとぼと歩き出した。もらった首飾りを腰につけている巾着の中に入れてから、地面の小石や砂だけを見て歩いた。ポリスに住む人とはできるだけ顔を合わせたくないという思考の元、誰とも顔を合わせない。

 彼女はいつも通りの彼女に戻った。だから、その『行為』にもすぐに気がついた。

 足元を見ているから、視界には入ったのだ。

 自分の足を引っ掛けて転ばそうとする、悪意の含まれた別の者の片足に。

「どいて」

 彼女は短く言った。しかし彼女が歩くのを遮るように、その片足は引かれることはない。いつもだったらもっと上手に自分を邪魔してくるのに、今日はとても単純ないたずらだ、と思ってエルマは少し安心した。

 今日は、ひどい目には遭わされずに済むかもしれない。

 そう思った彼女がもう一度そいつに、どいて、と言おうとした瞬間。

 いじめっ子が、微笑んだ。

 エルマはあまりにそのことが意外だったので、今日はいいことがあると思ったのは間違いじゃなかったのかもしれない、とダニ雲を見つけた時のことを思い出した。

 もしかしたら、いじめっ子は自分に謝るのではないか。

「あ……」

 そう思った彼女の頭に、鋭い衝撃が走る。まるで全身に電撃が走ったかのようなそれが駆け抜けた後、気が付くと彼女は地面にぶっ倒れていた。痛い、痛い、痛い! 

 痛みが発生している箇所を触れてみると、どろりとした感触を味わう。血だ、自分の血が、流れているんだ、とすぐに気がついた。

「植木鉢を窓から落としたんだ。痛かったか? この糞孤児女。俺が足を出してお前を転ばそうといたのはブラフで、実際にはお前の足を止めさせて植木鉢をぶち当ててやるっていう作戦」

「私は、糞孤児女じゃない……エルマ……」

「おやおや。いつもどおりの強気な態度ですねぇ。いつになったらその生意気な口を閉じれるようになるんだ? お前みたいな女がこのポリスをうろついているのを見るとさぁ、本当に、心底からぶっ殺したくなるんだよなぁ」

「痛い…痛い…」エルマは苦しそうに呻く。そんな様子を見ていじめっ子はせせら笑う。

「でも殺しちまうと犯罪ってことになって、俺たちの立場が危うくなる。そんなことにならないように親がもみ消してくれたりはするだろうが、そのためにはいろんなところに金を払わなくちゃいけなくなる。もったいないじゃんなあ、お前みたいな糞孤児女のために、俺の金が消費されちまうというのは、大変な悲劇だからよぉ」

 いじめっ子は大きく笑い声を上げてから、倒れているエルマの白い髪の毛を掴んで、ひきずりはじめた。そして、人気のない裏通りへと連れて行く。

 そこには彼女もよく知っている顔ぶれが待ち受けていた。このいじめっ子の子分みたいな、エルマが心底から侮蔑している連中だった。

 だが彼女には逆らうための力がない。そもそも数が違うし、相手は全員男で、自分は女だ。

「可愛がってやるぜ、いつも通りな」

 エルマを取り囲んだいじめっ子たちは、全員で容赦なく彼女の全身を嬲った。

 死んでしまうのではといつも思う。エルマは、死にたくはないから、そのことがいつも怖い。死んでしまったら、どうなるのか。その先が、怖い。

「やめて……痛い……苦しい」

「やめねえんだよ、このボケが! お前は俺たちの捌け口程度にしか使えねえ、みっともねえごみくず以下の存在なんだからよぉ」

「私は……こみじゃ……」

「黙れや、このくずが! そうだ、今からお前を裸にひん剥いて、ナイフで身体に術式を使えそうな刺青を掘ってやるよ。やったことないから上手にはできないだろうけど、お前の身体にだったら別に汚い刺青もお似合いだよな。親切でやってやるんだから、俺たちは良い事をしているってことなんだから、犯罪じゃねえんじゃねえかな。ああ、犯罪かもしれねえな、ぎゃははははは!」

 いじめっ子が今日一番の高笑いをする。悪魔だってこんな奴ほどひどくはない。こんなやつ、悪魔だって許しはしない……。

 エルマはそう考えるだけで、反撃はできなかった。身体は他のいじめっ子たちに抑えられていて、 指とか舌くらいしか動かすことができない。

 彼女の服がナイフで切り裂かれていく、かと思われたその時、

「あいつらの罪は、俺たちが裁くぜ、エルマ!」

 と少年らしき声が裏通りに響いて、次の瞬間、雷が落ちる。

 雷は次々に、いじめっ子たちの脳天に直撃して、彼らを気絶させた。

 また、助けられたんだ、とエルマは安心して、乱れた衣服を整えてからふらふらと起き上がろうとした。キューブを手のひらに乗せた少年と、少女が駆け寄ってくるのが、なんとか見える。しかし、血が頭から噴き出してしまって、視界がぶれる。

 そして、体勢が崩れて、ぶっ倒れた。







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