アルカディアについて
「……ですから、アルカディアには様々なポリスがあります。ポリスに住んでいる私たちは税をおさめながら、様々な資源を利用して生活していますが……」
シスターの歌声のように凛とした授業を聞きながら、ひとりの少女は窓の外を見た。
――雨が降らなければいいけど。
授業が終わった後のことを思うと憂鬱ではあったが、毎日のことではあったから以前よりは辛くはなくなっていた。少し遠出するので、雨はご遠慮願いたい。
そう思っている少女――エルマ=クリンテッドは、誰にもばれない程度に、小さく、ため息をついた。
勉強なんてしたって、意味ないのに。
「……改変術式を用いることによって人は恩恵を手に入れています。かつては争いにも使われたことも多くある改変術式も、庶民が生活に使用する程度であればとても便利な道具に変わります。みなさんもご存知の通り、このポリスにも改変術式による結界が張られていますが……」
何回だって聞いた話だ。教えることがないのなら、授業なんてやめればいいのに……。
年齢は結構いっているはずなのに、とても見た目が若々しいいつも通りのシスターは、まだまだ授業をやめる気配はない。
エルマは再度ため息をつきそうになったが、しかし、それを飲み込む。
いつも明るいムードメーカーの孤児院の仲間が、手を上げて立ち上がり、大声を張り上げたのだ。
「シスター! 遊滅士になるにはどうすればいいんですかー?」
「おやおや……。またあなたは……」
「昨日、近くのポリスで遊滅士が活躍したって電動音声で聞いたんだ! もしかしたらこのポリスにも立ち寄るかもしれねー! やっぱ遊滅士ってかっこいいよなー!」
ただ明るいだけのあんたが遊滅士になんてなれるわけない。
エルマはそう思って、今度こそため息をついた。
彼女の白髪が、開けられた窓から入ってくる風に揺れて、なびく。
「それでは、みなさん。今日は……」
どうやら授業はこれで終わりらしい、とエルマは立ち上がろうとする。誰よりもはやくこの聖堂を利用して使われている教室を、出て行く。そして誰にも顔を合わせることなく、やることやってそのあとぶらぶらする。
そこまで考えた彼女の考えは、シスターの微笑みによって打ち砕かれる。
「授業をいつもより延長したいと思いますので、次のページを開いてください……」
シスターは私たちが先日彼女のスープに芋虫を入れるいたずらをしたことをまだ怒っているのだろうか。その腹いせだろうか。
エルマはシスターの表情をうかがった。もうシスターは微笑んでいない。いままで隠されていた怒りがここにきて爆発している。
目が、ぶちぎれている。
「それでは……授業を続けますよ……」
孤児院の子供たち全員は、一斉にため息をついた。
ムードメーカーの彼がやれやれ、とでも言いたげなポーズをしているのが、印象的だった。