01-田舎の生活舐めてましたごめんなさい
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切羽詰まった日本人って大抵は神様仏様にお祈りする。
神様も仏様も数え切れないほどに数が多いので、誰かが拾ってくれないかって祈りだ。
それは俺も同じ事。
少しだけブラックな営業で神経と胃袋を削られてたら、トンでもない胸の痛みで目の前が真っ暗になった。
顔が痛い、倒れたか。
だけど顔より胸が痛い。
「っっ!!
痛い、痛い、痛い。
痛すぎて痛すぎて、だから自分が死ぬって事が理解出来た。
声が出せない。
少しばかり決算に向けて売り上げを積み上げようと努力し過ぎたか。
あぁ神様仏様、来世って奴があるんならどうかお慈悲を。
スローライフ下さい。
贅沢は言わないから田舎でのんびりと農業がしたいです___
後、この胸の痛みを何とかして下さい。
お願いします。
いっそ殺せぇっ!!!
願うと言うか叫んだ時、頭を叩かれた。
「煩いんだよ」
目を開けると割腹の良いおばちゃん、母さんだ。
憤怒の顔をしてる。
周りを見ると暗い部屋、雑魚寝している兄弟たちが寝てる。
「また怖い夢でも見たのかい?」
「ん」
その通り。
怖い夢、前世で死ぬときの夢。
怖いと言うか痛い夢だ。
「アンタは落ち着ている割に臆病だね。全く、怖い夢を見るってのは働きが足りない証拠だよ。明日は今日以上に働くようにしな」
「はぁい」
返事をしながら顔をこする。
薄暗い中で手を見た。
子供の手。
炭とか土で汚れた手だ。
仕事は頑張ってるんだけどなぁと思う。
「とっとと寝な」
「お休み母さん!」
「お休み」
藁のベット、掛け布団代わりのシーツを被る。
藁と虫、土の匂いに包まれる。
と、気付いたら暗闇に引きずり込まれた。
睡眠。
そして叩き起こされる。
「子どもたち、何時まで寝てるんだい!」
眠い怠い腹減った。
腹減った。
大事な事なので2回言います。
顔を洗って、家で一番大きな部屋 ―― 食堂にいく。
家族がみんな集まっていた、
粗末な木のテーブルを囲むのは、爺さん父さん母さん兄さん姉さん妹と僕の都合7人。
テーブルには時間が経って硬くなったパンと蒸かしたイモ、夕べの野菜の水炊きを温めたという朝ご飯。
いただきますって合図と言うか感謝は無いけど、手を組んで農業の神様でミュルトルという柱に日々の糧を感謝してから飯になる。
父さんや兄さん達、働く主力は仕事の段取りを話し合いながら喰ってる。
爺さんは寡黙に、母さんと妹は機織りが話題。
何が不満か、まだ幼い妹はギャン泣きしてる。
宥めようとするけど、出来ない。
3歳児の行動を理屈で考えようとしても無理だよね。
兎角、そんな我が家の食事風景。
パン堅い。
顎が居たくなる。
イモに味が無い。
調味料は塩だけだしな。
水炊きは塩っぽい。
旨味が感じられない。
食べれるだけで有難いよ。
腹一杯に喰えるだけ幸せよ。
でも、思うのよ。
肉喰いたい。
野菜喰いたい。
コメを喰いたい。
育ち盛りにもっと栄養を!!
神様仏様、田舎で農業って願いを叶えてくれて有難う。
でもね、ここでの生活って、間違ってもスローじゃないと思うのよ。
そもそも、生まれ変わるならと願ったけど、日本どころか地球ですらない異世界に転生って想定外だよ!
中世っぽい世界。
剣と魔法がある世界。
<黒>っていう敵が居て、何時も戦いがある世界。
全然、スローじゃないよ!!
朝ご飯を食べたら仕事の時間だ。
子供の仕事は畑の草むしり、薪拾い、水汲みだ。
先ずは時間の掛からない水汲みに家を出る。
他の家々が見える。
愛しの我が家も含めて木造平屋、木の皮で屋根を葺いている家々だ。
規格化とか無縁な、手作り感満載の家々だ。
人口は100か200かと言った小さな村だ。
「おはようございます!」
「おはよう」
水を入れる木桶を手にご近所さんに挨拶しながら道をゆく。
朝ご飯の匂いがどの家からも漂っているけど、多分、メニューは似たようなモノっぽい。
脂の匂いも米の匂いも味噌の匂いもしない。
そもそもスパイシーなにおいもしない。
煮込んだ野菜の匂いだらけ。
我が家がビンボなんじゃない、この村がビンボなのだ。
とは言え、こんな朝早くから木槌っぽい音が響いている。
誰かが会話している声もする。
活気が感じられる。
この村の名はカローナ、初代村長さんだったカロウナさんの名前から採ったんだそうな。
過労っぽい響きが嫌になる。
海に面した何もない村だけど、それも当然。
カローナ村は、トールデェって国の貴族、オルディアレス伯爵って人が出資者になって開拓している新しい村だからだ。
主要な産業は林業。
海運で設けているオルディアレス伯爵が、船を作るのに向いた木材が欲しくて起こした村だから当然だ。
とは言えまだ入植して10年と少し、儲かる程に木を切り出せて無い。
この他、農業と漁業もやってるけど、それは生きる糧としてだ。
そっちもようやく畑がキチンと収穫できる様になったと言う程度で、まだまだ生活は苦しい。
こんな訳で、10歳を超えたばかりの子供な俺も、貴重な労働力として農業や林業に駆り出されている訳だ。
そんな俺の名前はフェイリード、まぁ長いのでフェイって呼ばれている。
何でも俺が生まれたのがこの村に向かっている船の上だったので、その船の名前“運命の導き”号からまんま流用したとの事。
三男坊なんて、そんな扱いになるよね。
尚、家の名前は無い。
なので呼ばれる時は父さんの名前をとってギルメの家のフェイなんて呼ばれてる。
「あら、フェイ、おはよ」
湧き水を溜める為に作られた石組みの水場には先客が居た。
ご近所のお姉さん、アイル姉さんだ。
姉さんと言っても身内じゃない。
ご近所さんだ。
僕より少し年上で、小さい頃は良く遊んでもらった覚えがある相手だ。
色んな事 ―― 村の事や山の事なんかも教えて貰った。
体の事まで教わったのは、少し、困った。
前世なので知ってるって言い辛くて、されるがままだったら、可愛いとキスされた。
普通なら初恋になる人だ。
「はよ!」
赤みがかった髪の、中々に器量良い顔で楽しそうに笑ってる。
質素な服のお腹が少し出ている。
妊婦さんなのだ。
彼女はもう結婚していて、数ヶ月先には生まれるんだと言う。
この村って、性的なモノがオープン&早いよね。
産めよ増やせよ地に満ちよ。
娯楽の無い田舎だと、そういうモノなんだろう。
僕だって男だし、美味しい思いもしてたりするんで文句は言わないけどね!
「今日も元気ね」
「アイル姉さんも?」
「私もよ」
頭を撫でられた。
子供扱いであるが、これは是で良いものである。
子供は幸運なのだ。
今回もオッパイが顔に当たったし。
じゃあねと歩いていくアイル姉さん。
前と違って豊かになったのがスカート越しにも判るお尻を見送る。
イイネ。
とと、朝から色出してても仕方が無い。
手桶で水を汲む。
片手で持てる小さな桶は、屋根付きの池みたいな水場の水をぐんぐんと吸い込んでいく。
良いと言えばコレだ。
この世界には魔法があり、魔法の道具が溢れているって事だ。
魔法だよ魔法。
ワクワクするよね。
手桶だって魔法の道具で、その外見からは判らない位に大量の水が入る。
冷やしたり温めたりする力は無いけど、大量に水が入るのに重く無い。
こんなのがゴロゴロしているんだ。
そして、僕は魔法が使える。
楽しい。
魔法って面白い。
呪文を唱えると力が発動するんだけど、魔力が変容して発動するんだけど、発動する力って使う人に左右されるんだ。
火を起せば、ロウソクの様に灯りとなるのか、それとも溶接するバーナーみたいになるのか。
全ては使う人の想像力に掛かっているのだ。
アニメで見たアレやコレやの魔法を再現する事が出来るのだ。
いや、全部は無理だし、威力だって違うけど、でもすごく楽しい。
こんな楽しい事ってあるだろうか。
僕は魔力は人並みだけど、使い方では村一番だって自負している。
畑仕事や森の仕事も簡単に出来る。
うん、今日も一日頑張ろう。
村の周り。
木で作られた城壁と堀の先は、畑の先は鬱蒼と生い茂る原生林が広がっている。
僕よりも遥かに太い木々が生い茂っている様は圧巻だ。
この木を伐り出す為に僕たちのカローナ村は出来たんだけど、10年経っても村の近場の原生林ですら拓けきれてない。
森の力がスゴイのだ。
そんな凄い森での仕事は、僕は薪拾いと草払い。
林業に行っている父さんたちの仕事用の道を整備するのが仕事だ。
僕の魔法なら割と簡単に木も伐れるけど、まだ子供と言う事でそっちの仕事は回ってきていないのだ。
森だと、仕事も大変だけど、それ以上に危険があるから。
金属音
カンカンと鉄片を金槌で叩く甲高い音が鳴った。
遠いけど良く判る。
あれ、昼の時報にしては早く無い?
村を見ると、烽火が上がってる。
色は赤っぽい。
うわ、<黒>の連中が来たのか。
ヤバいな。
<黒>ってのは、要するに敵だ。
ファンタジーの定番な、ゴブリンやオークなんかの集団で、略奪に来るのだ。
村の大きな城壁も、堀だって、この<黒>の連中に備える為に作られているんだ。
慌てて村に戻ったら、村に残ってた人の手で武器がせっせと用意されてた。
共同管理の武器庫から剣やら槍やら弓やらを出してくる。
「急げ急げ、戦の準備だ!! ホルンの村にも使いを出せ、<黒>を伝えろ」
禿げた村長さんが、その腹回りに似合った太い声を張り上げ指揮をとってる。
と、仲の良い同い年の男の子、バックルが槍の具合を確かめていた。
「<黒>、見たの?」
「ああ。戦獣騎兵、アデルさん家のオルトさんが襲われたって話だ」
ちょっと太目のバックル、声が少し震えてる。
オルトさんって村の周りで仕事をしている人だ。
俺の足より太い腕をした、腕っぷしに自信を見せてた人だけど、襲われたのか。
「死んじゃった?」
「いや、命からがら村に戻れたんだって」
村に残ってた人達が、棒やフライパンやらで脅して撃退出来たんだっていう。
バックルも箒を振り回したんだという。
だけど安心は出来ない。
「戦獣騎兵かぁ」
「うん、凄かった」
怖さを思いだしたのか涙目になってる。
怖いよな戦獣騎兵。
前に<黒>が来た時に僕も見たけど、怖い奴なのだ。
大きな狼みたいな奴で、しかも騎兵って名前の通り上にゴブリンとかコボルトの兵隊が乗ってる。
武器を振り回してくる。
怖い。
しかし、一番怖いのは戦獣騎兵って奴等は単独では動いていないって事。
ゴブリンなんかの集団の前触れでもあると言う事。
戦獣騎兵を見るって事は、<黒>の集団が攻めて来るって事なのだ。
「坊主ども、喋ってないで見張りにあがれ。敵を見たら鐘を鳴らせ」
「はい!」
小父さんに怒鳴られた。
慌てて僕も武器を取る。
剣でも槍でも無くやや大振りのナイフを取る。
後、見張りに上がるから弓と矢も取る。
それで充分なのだ。
元から持ってた木の杖があれば僕は戦える。
「相変わらず剣は持たないんだな」
「重たいし、僕は魔法があるからね」
杖を掲げてみせる。
杖、或は剣杖。
自分で魔力が馴染む木を探して、切り出して杖っぽく加工した特性だ。
これが一番良い。
木の杖は凄く硬くて軽くて振り回しやすい。
そんな杖に魔法を掛ければ、そこらの剣より強くなるんだ。
見張り台に登る。
村の周囲が一望できる。
広がる畑、水路、そして森森森
この村が山間の集落だって良く判る。
そんな森に、<黒>の気配は感じられない。
「見える?」
「判んない」
バックルが途方に暮れた声を上げて来る。
だよね。
森に違和感は感じない。
父さん達が仕事をしている山の辺りを見るけど、そっちも動きは感じられない。
戦獣騎兵が来たってのが嘘みたいだ。
「あっ」
父さん達だ、荷物なんて持たずに急いで村に戻ってきている。
「父ちゃん達だ」
「無事みたいだ」
<黒>のゴブリンとかって小柄で大人だと割と簡単にあしらえるけど、森みたいな場所で襲われると大変だ。
力は無いけど小柄で数で襲って来る。
囲まれるともう抵抗出来なくなる。
僕の父さんも居る。
兄さんは良く判らないけど、斧を片手に後ろを警戒しながら走ってる。
居るのか。
弓の張を確認し、矢筒を見る。
10本入ってる。
念の為、1本引き出す。
「フェイ?」
「多分、来る」
遠目でも父さん達の緊張感が判る。
森に異変は感じないけど、きっと居るんだ。
「鳴らす準備、大丈夫?」
「あ、ああ」
鐘を支える柱に紐で吊り下げてある木槌をバックルが慌てて掴んだ。
鳴らそうとするのは止める。
まだ。
違った時の為に、鳴らさない。
緊張の時間。
喉がカラカラに乾いた。
生唾を飲み込む。
と、森から一斉に鳥が飛び立った。
「フェイ!」
「来たか!?」
森の縁から小さな影が湧いて来る。
父さん達より1回り小さな、黒いひとがた。
ゴブリンだ。
「鳴らして!!」
「おぉ!!」
カンカンと甲高い金属音が上がる。
僕も叫ぶ。
「<黒>だ、ゴブリンだ!! 来たぞ」
大人たちも、武器を持って急いで城壁に上がってくる。
その間に父さん達も走ってる。
ゴブリンたちが追っかけて来る。
その数、10か20か。
追いつかれそうには無いけど、ゴブリンと父さん達が距離が近すぎる。
下から門を閉めろって金切り声が聞こえた。
どっかの小母さんだ。
たまったものじゃない。
村の門を閉められたら父さん達はどうなる。
殺されちゃう。
そんな事、させるものか。
矢に弓をつがえる。
出来るだけゴブリンの足を止めよう。
只の弓だとまだ遠すぎて足止めどころか届かないけど、魔法の弓なら違う。
力を載せた詞を発する。
「偉大なるレオスラオの名に於いて ――発動せよ風まく力、矢に集え! 突風の矢」
呪文と共に魔力が矢に風を纏わらせる。
付与魔法だ。
放つ。
矢は纏った風の力で一気に飛んでいく。
レーザービームみたいな勢いでぶっ飛んで行って、父さん達の背中に迫ったゴブリンたちの先頭に直撃する。
ドカン、だ。
矢が狙い過たず、ゴブリンたちの先頭の辺りの地面に落ちると言うか、当たる。。
当たった瞬間、矢に渦巻いて纏っていた魔力の風が開放され、爆発的な暴風を生み出す。
ゴブリンは薙ぎ払われ、土は抉れ、砂煙が撒きあがる。
「すげぇ」
「だろ」
ドヤ顔しても良いよね。