第九話
「颯太、2番テーブル行ってこい」
土曜日の晩のサンダー&ライトニングは、金曜日ほどではないが、それなりに席が埋まる。
和馬のパートナーのしおんが来店したので、手があかない和馬の代わりに飲み物を出して少し話していたところへ、和馬が戻ってきて颯太にそう声をかける。
「それじゃ、しおんさんごゆっくりです」
「ありがとね」
しおんはにっこり笑って小さく手を振ってくれる。
「2番さん、バンドやっててギター探してるってよ」
「お、ヤタにってことですか」
「お前話聞いてこいよ」
「ありがとうございます」
早速カウンターを出て、2番テーブルに向かう。
「いらっしゃいませ。ギター探してるって聞いたんですけど」
そのテーブルにいた二人組は、颯太と同世代ぐらいだろう。長髪とセミロング、といかにもバンドマンの風体だ。以前にも何度か来店していて、話したこともある。セッションもプレイしていた。悪くないプレイだった記憶がある。
「うん、今和馬さんにも聞いたけど、ギタリストに心当たりあるって?」
「高校生でもいいです? 腕前は並の高校生レベル以上ですけど」
「弾けるなら、年齢問わず」
ポケットからスマホを取り出して時間を見る。まだ21時を過ぎたところだ。今なら弥太朗に連絡できる。
「オリジナルです?」
「オリジナルと、ちょっとカヴァーもやるよ。ラウドネスとか」
「そういう感じですね」
ラウドネスなら何曲か弥太朗にコピーさせている。曲覚えもどんどん早くなっているから、オリジナルが覚えられなくて困ると言うことはないだろう。
が、少し迷う。弥太朗はあれでも受験生で、それだから勉強をみてやっているのだ。声をかけて良いものだろうか。
それでも、彼の人生を決めるのは彼自身だ。バンドに参加するか否かを決定するのは、彼しかいない。
「ちょっと待ってて下さい」
そう断ってカウンターに戻り、和馬に声をかける。
「店長、ちょっとヤタに電話してきます」
「おう、いいよ」
和馬は快諾して、入口ドアを指す。
店内はバックルームにいても電話の音声がにくい程の音量でヘヴィメタルが鳴り響いているので、電話をするには表の通路に出る必要がある。
通路に出て、弥太朗に電話をかける。
数回コールの後、弥太朗の声が聞こえた。
「おはよ、颯にい」
「おう、おはよう。今大丈夫か?」
「俺は大丈夫だけど、颯にいバイト中じゃねぇの?」
「大丈夫。今な、お客さんのバンドでギター探してるって話が出てんだけど」
「あ? ああ…」
弥太朗の声のトーンが一段下がる。やはり、今年度はもうバンドをやるのは諦めるということだろうか。
「オリジナルと、ラウドネスとかのカヴァーやってるらしいんだけど、お前どうだ?」
「…いや、俺はいいや」
「お前に合ってると思うんだけどな?」
「やらねぇ。言ってんじゃん」
「俺とツインギターやりたいってヤツか」
ため息をつく。弥太朗の決意は翻らない。そして、正直だ。受験を言い訳にすれば話は簡単に終わるというのに。
「そう。俺、颯にいとバンドやる為にギター練習してんだよ」
「あのな。バンド経験ねぇ奴とツインギターなんか組めねぇんだよ」
「……」
「お前がどっかで修行してからなら考えてやる」
敢えて厳しめに言う。そうでもしないと、弥太朗はいつまでもバンドをやらないままだろう。
「ライブ経験も積んで、即戦力になったら、その時だ」
「……わかった。でも、その話は一旦断っといて」
少しの沈黙。
「…ほら、俺、そういえば受験生だし」
最初に言い出すべき言い訳を、やっとここで口にする。
「おう。わかった。また機会があればって言っとくわ」
「そんじゃ俺、勉強するから切るよ?」
「ああ、頑張れよ」
そして通話を切る。
颯太は店内に戻り、先程の二人連れに改めて声をかける。
「今本人に聞いてみたんですけど、すいません、受験生だから今年は無理みたいです」
「そうかー、残念だな」
「超高校生級は見てみたかったな」
「ほんと申し訳ないです。また機会があったら言ってください、紹介するんで」
彼らは笑って颯太を許してくれた。