第八話
ファミリーレストランの一角で、遅めの昼食をとり、タバコに火をつける。
今日は土曜日恒例の、弥太朗の勉強会だ。
暫くタバコをふかしてコーヒーを飲んでいるとパーカーにジーンズの弥太朗が現れた。
「お待たせ、颯にい!」
「おう。来たな」
「俺もドリンクバー頼もー」
彼は向かいに座りながら、呼び出しボタンを押す。すぐに店員がやって来て、彼はドリンクバーを注文する。
教科書やノートの詰まったバッグを置いて、彼は飲み物を取りに行く。
この勉強会はまだ3回目だ。最後に彼の家庭教師をしたのは彼が中学生の時だったが、その頃も小学校時代と変わらず、彼のノートは落書きで埋まっていた。しかし、高校生になった今は、見違えるように綺麗にノートを取るようになっていた。
人は成長するものだと感心して褒めると、彼はとても喜んだ。
ドリンクバーから戻って来た弥太朗は、コーラのグラスをテーブルに置く。
「あのさ!」
「あのな」
二人で同時に発声し、一瞬間があってから一緒に笑う。
「ヤタから喋れ」
「いいよ、颯にいからどうぞ!」
譲り合い、結局颯太から話すことにする。
「メジャーデビュー決まったんだよ」
「えっ! えっ! マジで!?」
彼は目を輝かせ、身を乗り出す。
「ああ。実際動き出すのはもう少し先だけどな」
「うわ、マジかぁ。すげぇな! やったじゃん!」
「ありがとな。やっとだよ」
「あ、でも東京行ったりすんの…?」
ふとトーンを落として、弥太朗は聞く。
「いや? 事務所がケルベロスと一緒だから、名古屋で活動出来るし、サンダーも辞めない」
「そうかぁ! そんなら良かった!」
弥太朗は心底嬉しそうに笑う。
「ちょっとは忙しくなるかもしんねーけど、レッスンも勉強会も出来るだけやるよ」
「あー良かった! 颯にいいなくなったら、俺、張り合いねーもん」
「何だよ、張り合いって」
笑って、タバコの灰を落とす。
「こないだオーディションでな、ほぼ即決…っていうか、決め打ちだったみたいだけど」
「マジですげえなぁ。颯にい、プロかぁ」
「ま、契約まだだし、具体的なことはまだ何も決まってないから」
「サインもらっとかねーとな」
「いらねーだろ」
「いる! ほんと嬉しいなぁ」
まるで自分のことのように、弥太朗は喜ぶ。スクリームを結成する前から自分を慕ってくれていた弥太朗のその様子を見ていると、颯太も改めてワクワクしてくる。
「ヤバいなぁ。父さんと母さんにも言っとくよ!」
「ああ、よろしく伝えてくれよ」
「お祝いしなきゃなー! 颯にい何か欲しいもんある?」
「ねぇし、お前が金ねぇの知ってるし」
アルバイトもしていない弥太朗の所持金など、少しばかりの小遣いだけだ。そんな彼から何かを受け取るのは心苦しい。
「お前がそんだけ喜んでくれたら、俺も嬉しいから、そんでいいよ」
「喜ばないわけねーじゃん! 俺も、ずっと待ってたって!」
「そうか?」
颯太とツインギターでプレイするのが夢だ、と頑迷に主張し続けていた弥太朗だ。少しは抵抗されるかと思っていたが、どう見ても純粋に喜んでくれている表情にほっとする。
「そうだよ! やっぱ、俺の颯にいはちゃんと評価されねーとな」
「ヤタの、か」
その言い回しに、思わず声を立てて笑う。
「あ、尊敬する、が抜けた」
弥太朗も笑い、コーラを飲む。
「楽しみだなぁ。これからいろいろアイテムが出るわけじゃん? ヤバいわ」
「楽しみにしててくれよ」
吸い殻を灰皿に押し付け、コーヒーを飲み干す。
「で? お前の話は」
「ああ、今の話でふっとんでた。文化祭の実行委員になったんだけどさ」
「珍しいな」
委員だの係だのというものは全て面倒臭いと回避し続けていた弥太朗が、よりにもよって短期集中で多忙を極める文化祭の実行委員になるとは思ってもみなかった。
「何だ、ハズレくじ引いたか?」
「違うよ、立候補したんだよ」
「どういう風の吹き回しだよ」
心底驚いて目を見開く。弥太朗はニヤリと笑った。
「3年生の実行委員だからな、やりたい放題やるんだよ」
「やりたい放題って?」
「ゲストを呼ぶ」
「んな枠あったのか」
「去年は知らねー芸人来てたし、一昨年はローカルアイドル呼んでた」
私立学校だから、それくらいのギャラは文化祭の予算に計上されるのだろう。なるほどと頷く。
「で? 今年はどうすんだ?」
「スクリームを呼ぶ」
「は?」
思いがけない言葉につい聞き返すと、弥太朗はテーブルに手をついて、思い切り頭を下げた。
「スクリームのリーダーにお願いします! 文化祭来て下さい!!」
その大きな声に、慌てて弥太朗の後頭部を叩く。
「うるせぇ!」
「ごめん」
弥太朗は顔を上げて、真剣な顔で繰り返す。
「スクリームにライブしに来て欲しいんだよ。頼むよ、颯にい」
「いや、まぁ…いいけど」
まだその時期にフリーかはわからないが、先に決まったスケジュールなら、事務所所属後でも融通は出来るだろう。
それに、この為だけに文化祭実行委員に立候補した弥太朗の望みも叶えてやりたい。
「ほんとに!? マジで!? やった!」
「おう。詳しいこと決まったら教えてくれよ。スケジュールに入れとくから」
文化祭への出演はスクリームも経験がないし、ほぼファンがいない状況でのライブも面白いかもしれない、と挑戦心が湧いてくる。
「すぐ連絡する。良かった! 俺、絶対呼べるって言っちゃったからさ」
「俺ら知ってるヤツなんかいなかったろ」
「まぁね。全員首傾げてたけど、出演交渉みたいなめんどくさいこと、皆やりたくないから、案外簡単に通った!」
なるほど、と納得する。今時の高校生でヘヴィメタルを聴くものは少数だろう。どんな反応があるのか楽しみだ。