第七話
オーディション当日、スクリームのメンバー揃って指定されたスタジオに向かった。
そのスタジオは事務所が経営している所謂街スタジオだが、ゲネプロにも使える大きな鏡のあるスタジオや、レコーディングスタジオも兼ね備えている。
今日はそのレコーディングスタジオで、録音と撮影をしながらオーディションが行われる。
普段のライブとは違う環境に、メンバーたちはきょろきょろとしている。
「俺、マジで上がって来たんだけど」
ヴォーカルの翔が、深呼吸をしてそう言うと、ドラムの大和がゲラゲラ笑う。大和に緊張は無縁のようだ。
セッティングは済み、後はゴーサインを待つばかりだ。
ベースの陸はしゃがみこんで頭を抱えている。最年少の彼が、一番緊張しやすいタイプだ。
「大丈夫! いつも通りやれよ!」
今朝、雄貴から激励のLINEを受け取った。そこで颯太の腹は据わった。やれるだけのことをやって見せるしかない。
メンバーに檄をとばし、ガラスの向こうのコンソールルームに目をやる。そこには、先程挨拶を交わした事務所の社長やレコード会社の担当者をはじめ、数人がいる。
そこへ、ケルベロスのメンバーがぞろぞろと入って来た。来るとは聞いていなかったので、少し驚く。今日は午後にインストアイベントの予定が入っているというのに、わざわざ足を運んでくれたのだ。
雄貴は颯太に向かって、笑顔で手を振ってくれる。
尊敬する雄貴の前で、みっともないところは見せられない。
「よし、陸、立て!」
声をかけると、陸はのろのろと立ち上がり、コンソールルームを見て一歩後ずさる。スクリームに、ケルベロスを尊敬していない者は一人もいない。
陸はすぐに気を取り直し、ガラスの向こうのケルベロスのメンバーにきっちり一礼をする。緊張しやすいとは言え、彼もミュージシャンの端くれだ。颯太と同じように気持ちを切り替えたのだろう。
スピーカーを通して、エンジニアの声が届く。
「じゃ、一曲目始めて下さい」
「よろしくお願いします」
一曲目に設定したのは、セルフタイトルのスクリームだ。結成以来、ずっとプレイし続けている代表曲。
これが一番気負わずに出来て、緊張をとくことができるだろうという算段だ。
計算通り、メンバー達の緊張感はいい意味で緩んできて、普段のグルーブ感をすぐに取り戻す。
プレイが終わり、颯太はエンジニアに向かって軽く頭を下げる。
「すぐ2曲目いける?」
「いけます!」
「じゃあ、君たちのタイミングで始めていいよ」
メンバーたちを振り返り、それぞれとアイコンタクトをとる。全員が頷いたのを確認して、大和に合図を出すと、大和がハイハットでカウントを刻む。
2曲目には、少しクセのあるブレイクスルーザナイトを。楽曲の振り幅をアピールする狙いだ。スクリームはパワーメタルと言われるジャンルに分類されるが、そこから少しはみ出したタイプの曲もプレイ出来る。
難なく、寧ろ良いコンディションでこの曲もクリアする。
「OK。じゃあ次がラスト。いつ始めてもいいよ」
「はい!」
返事を返し、再びメンバーたちを振り返る。
「この調子だ。ライブだと思えよ!」
その颯太の声に、それぞれが思い思いにリアクションを返す。この調子なら、問題ない。
「お願いします!」
コンソールルームに向かってそう声を出し、大和の名を呼ぶ。
3曲目はリアクションだ。スクリームの最新曲で、これはまだデモ音源を送っていない。それだけにどう評価されるかは完全に未知数だが、颯太には自信も勝算もある。
重く攻め込むようなツーバス、それを追い立てるようなベースライン。ライトハンドを生かしたギターソロ。突き抜ける高音のシャウト。
今のスクリームを表現するには最高の一曲だと自負している。
最後の一音が消え、全員でコンソールルームに向かって頭を下げる。
「ありがとうございました!!」
あちら側で拍手をしてくれているのが目に入る。雰囲気も悪くない。
陸は我に返ったのか、大きなため息をついて床に座り込んだ。