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フリーダム/フリーウィル  作者: たきかわ由里
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第五話

 新学期が始まり、弥太朗も高校3年生に進級した。いつも通りに、水曜日にサンダー&ライトニングにレッスンに現れ、颯太にその報告をする。

「俺、特進クラス入れたよ!」

「おー、そいつぁ良かった」

 成績の維持は、弥太朗と両親が交わしたギターを続ける為の条件だった。元々成績が上位だった彼が、そのランクを維持し続けるのはただでさえ進学校のその高校の中では難しい。

 バンド活動はしていないとはいえ、個人練習を熱心に継続しながら、高得点を取り続けることがどれだけ難しいか。

 殆ど同じようなルートを通ってきた颯太には、その苦労がよくわかる。

「で? 大学の志望決まってんのか?」

「颯にいと同じとこ」

 颯太の出身大学は国立だ。そこを目指すとなれば、この1年は勉強に力を入れていかなければならないだろう。

「また勉強みてやろうか?」

「別日なら、颯にいに頼みたい!」

「別日ならってことは?」

「ギターのレッスンはぜってー休まない」

「おいおい、大丈夫かぁ?」

 笑いながら、今日からレッスンに使う予定のスコアを弥太朗に差し出す。

 マイケル・シェンカー・グループのアームドアンドレディだ。

「大丈夫かどうかじゃなくて、大丈夫にするんだよ、俺は」

 颯太も、そうだった。決してギターの練習を欠かすことはなく、それでも志望校に受かってみせた。それは意地でもある。

 その頃には既にプロ志向だった颯太は、それ以外の進路は考えていなかった。しかし、両親は成績の良い颯太に期待をかけていて、所謂「良い大学」「良い会社」への進路を望んでいた。その両親を説得する材料として、ギターの腕を上げることと国立大学への合格は必須だったのだ。

 弥太朗を見ていると、その頃の熱い気持ちが甦ってくる。

「その意気はいいな。わかったよ」

「颯にい、両方みてくれる?」

「みるよ。お前の親御さんには世話になったしな」

 弥太朗の家庭教師をしていた数年の間、弥太朗の両親は颯太に親切にしてくれた。見た目で颯太をジャッジすることはなく、弥太朗の成績がトップクラスになったこと、つまり颯太の指導力をきちんと評価してくれていたのだ。

「土曜の昼間でどうだ?」

「全然OK!」

「お前、塾とか行かねぇの?」

「学校の授業と参考書で充分だろ、そんなの。そんで、颯にいがみてくれんなら鬼に金棒ってヤツじゃん」

「俺は金棒かよ」

 元々、弥太朗は何もせずともそれなりに勉強が出来るタイプだ。少しサポートしてやれば、合格は間違いないだろう。

 弥太朗は受け取ったスコアに目を通し出す。

「これは聴いたことあるか?」

「もちろん!」

「じゃ、弾けるな」

「いやいやいや、いきなり無理っしょ!」

 弥太朗は大袈裟に仰け反り、笑う。

「颯にい、弾いてよ」

「あいよ」

 立ち上がって自分のギターをセッティングし、イントロのリフから弾き始める。

 基本的にはごくスタンダードな曲だ。極端に難しい部分はないので、今の弥太朗ならすぐにマスターするだろう。

 弥太朗は真剣な目つきでスコアを追いながら、颯太のギターに聴き入っている。

 弾き終わると、弥太朗はうんうんと頷く。

「わかった!」

「スコアは来週までに頭に入れとくこと」

「了解」

 颯太のレッスンは実戦形式だ。立って弾くことと、スコアを見ないことは、課題曲クリアに必須の条件。それが出来なければ、実際にギタリストとしてステージに立つことは出来ないのだから。

「じゃ、ちょっと復習な。クレイジードクター」

「はーい! それなら大丈夫!」

 時々抜き打ちで、過去の課題曲をこうしてテストする。忘れていなければ合格だ。

 弥太朗はギターをセッティングし、迷わずに弾き始める。そのプレイにはまったく迷いも戸惑いもない。完全に頭に入っているのだろう。

「よし、OKだ」

「いぇーい!」

「テンポにムラがあるから、それだけ気を付けろな」

 気になる点と言えばそれくらいだ。それも、バンドでプレイする機会があれば、すぐに問題はなくなるだろう。

「バンドやりゃいいのに…って、まあ、今年は無理か」

「バンドなー。やりたいんだけどなー」

「文化祭近いだろ?」

 進学校である弥太朗の高校では、イベントは主に一学期に集中している。去年も一昨年もその話を聞いていたので、それは颯太も知っていた。

「近いし、誘われてる」

「最後の記念にやっとけば? Jポップでもギターロックでも」

「イヤだね。俺はヘヴィメタルしか弾かない」

「お前、頑固だなぁ」

 颯太は、高校時代は助っ人としていろいろなジャンルのバンドに参加していた。それとは違い、弥太朗は毎年来る誘いを全部断っている。

「どんなお誘いなんだよ」

「バックナンバーとか? スパイエアーとか?」

「全然悪くねーじゃん。経験しとけば。フォークやれって言われてんじゃないんだし」

 何なら、フォークでも経験しておけば良いと颯太は考えているのだが、弥太朗は首を振る。

「せめてラスベガス」

 ラスベガスが「せめて」のレベルでは、普通に学内でメンバーを集めることは不可能だろう。

「どこの高校生があのドラム叩くっつーんだよ」

「だよなー?だから、俺、やらね」

「俺はお前にバンドやって欲しいけどなぁ」

「いや、やりてーよ、俺も?」

 その続きはわかっている。

「颯にいとツインギターなら」

「だから、それはな?」

「はいはい、無理なんだよなぁ」

 スクリームは完全にプロ志向で活動している。その颯太に、別バンドでの活動は無理だ。

「俺、颯にいとギター弾きたくて始めたのにさ」

 颯太を目標にしてくれていることは嬉しいが、それが裏目にも出てしまっている。バンドでのプレイは、間違いなく弥太朗の腕を上げるというのに。

 何度もそう話したが、彼は決して首を縦に振らない。

「ったく。ま、とりあえずアームドアンドレディだ。見ながらで良いから弾いてみろ」

「はーい」

 弥太朗はスコアを覗き込みながら、ギターをかき鳴らし始めた。

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