第三話
今日も、早い時間に店に向かう。この水曜日だけは、颯太一人ではない。
「あー、颯にい! おはよ!!」
店の扉の前には、ブレザーの制服姿でギターケースを背負った弥太朗が待っている。彼は颯太の顔を見ると、笑顔で手を振る。
「おはよ。早かったな」
「今日短縮授業だったんだよ」
前髪を長く伸ばして、茶色い髪。成績の良さにものを言わせて、生徒指導からも見逃してもらっているらしい。
彼ももうすぐ高校3年生になる。背もすっかり伸び、颯太と殆ど変わらないくらいになった。
「颯にい、飯食った? おにぎり食べる?」
「サンキュ、後で食うわ」
彼の差し出したコンビニ袋を受け取り、店の鍵を開ける。
2年前、高等部に進む折に、弥太朗はギターを両親に強請って手に入れた。
その少し前に、弥太朗から聞かれたのだ。
「俺、颯にいとバンドやりたいなー。何の楽器なら一緒にやれる?」
「どれでもやれるぜ? 俺、ギターだから」
「じゃあギターがいい! ギターやるよ、俺。教えてよ!」
「ああ、いいけど?」
その後、彼がギターを手にして以来、今度はギターのインストラクターとして毎週会っている。和馬に事情を説明すると、喜んで店の機材の使用を承諾してくれた。
店内の灯りをつけ、アンプのスイッチを入れる。
弥太朗はすっかり手馴れた様子で、自分のギターを取り出すと、シールドでアンプに繋いでチューニングを始める。
「で、どんな感じだ?」
今はケルベロスのヘル・ドライブを教材としてコピーさせている。弥太朗の上達はなかなか早く、この曲の厄介なギターソロも半分くらいは弾けるようになっていた。
「一応、一通り弾けるようになったけど、オリジナルの速さはまだ無理だー」
複雑なフレーズに加えてBPM230という、かなりの速さを要求される曲だ。そう簡単には手なずけられない。
「じゃ、とりあえずアタマから」
「はーい」
素直な返事は小学生の頃のままだ。
彼は原曲に近い速さで弾き始めるが、ギターソロに入るとスピードが落ちる。が、大きなミスはない。細かいところでコピーしきれていない部分はあるが、そこそこ及第点だろう。
一通り弾き終わると、颯太の顔を見て首を傾げる。
「そこまで弾けたら、あとは慣れだな。はい、もう一回」
「うぃっす!」
弥太朗のギターは、颯太と色違いでグレード違いの赤いシェクターだ。どれを買えば良いのかと相談されたので、自分の使っているものと同じものを勧めた。
もう一度弾き終わり、弥太朗は椅子に座る。
「疲れた! マジで疲れるこれ!」
「ヤワだな、ヤタ。雄貴さんはこんなん20曲くらい弾くんだぜ?」
「わーってる! わーってるけど! 俺と雄貴さん比べないでよー!」
空を仰いで掌で顔をパタパタ仰ぐ。仕方がないので立って行って、浄水器の水をグラスに注いで出してやる。弥太朗はそれを一息に飲んだ。
「そんでも、今週頑張ったじゃねぇか? 思ったより弾けてる」
「頑張っただろ!? 俺。この曲好きだもん!」
そもそもヘル・ドライブを弾きたいと言ったのは弥太朗の方だ。頑張るのも当然のこと。
「俺もこれ好きだからな」
プレイするのは勿論のこと、オーディエンスとしてライブに行った際には、颯太もモッシュ&ダイブを全力で楽しむ一曲だ。
「ま、速さは練習して慣れてもらうとして、後はイントロ終わりのスイッチ奏法のとこと…エフェクターも入れていくか」
「うっす!」
颯太は再び立ち上がり、足回りのエフェクターのチェックを始める。