第二話
当時20歳だった颯太も、大学を順調に卒業した。が、長髪で就職活動など出来る訳もなく、その気もなかった。家庭教師のアルバイトだけは実績が高かったので卒業後も続けていたが、約4年ほど前に別のアルバイトを見つけて辞めた。
新しいアルバイト先は、新規オープンのメタルバーだった。
中学生の頃からずっと聴いていて、憧れだったヘヴィメタルバンド、ケルベロス。そのドラマーである和馬がオープンさせた店だ。
ケルベロスに憧れる余りに、彼らの事務所宛に自分のバンドのデモ音源を幾度も送っていた。それを聴いた和馬が、颯太に電話をくれた。
「うちの店のスタッフオーディションやるけど、颯太くん来ないか?」
初めは耳を疑ったが、詳細を彼から聞いて、その話に飛びついた。
その新店にはステージがあり、ドラム以外の楽器ができるスタッフを探しているのだと。
「やります! 受けさせて下さい!」
ケルベロスの雄貴の影響で始めたギター。それが、こんな形で役立つ日が来るとは夢のようだった。
オーディション当日に教えられたその店、サンダー&ライトニングに入ると、10人ほどが先に入って待機していた。
ギターは2名、枠がある。ベースとヴォーカルは1名ずつだ。この10人余の中から合格するのは4名。今いる受験者は和馬から声がかかった者ばかりなのだろうから、実力はあるはずだ。
それでも、颯太には自信があった。ケルベロスの曲は当然殆どコピーしていたし、彼らのルーツであるNWOBHMの名曲の数々もコピーしている。この中の誰よりも、やることをやっているはずだ。
セッション形式で、事前に知らされていたアイアン・メイデンやシン・リジィなどの3曲ほどを、メンバーを入れ替えながら何度かプレイした。
結果は後日、和馬から電話で知らされた。
「颯太くん、合格な。まだやれる曲あんだろ?」
「あります!」
「そんなら頼もしいな。あとな、颯太くんにはバイトリーダーもやってもらうから」
「えっ? バイトリーダーですか?」
「おう。あんだけメンバー入れ替えてやってたのに、毎回きっちりリードしてまとめてたからな。大丈夫だろ」
「ありがとうございます! 全力でやります!」
電話の前で頭を下げ、和馬に礼を言った。
それからバイトリーダーとして務め、2年目に入る頃には店の鍵も預けられ、和馬の不在時には店長代理として店をとりしきるようになった。
店のステージは、主に来店客がセッションプレイをして楽しむために使われている。その時に足りないパートを補うのがスタッフの役目の一つだ。普通のバーのスタッフとはそこが違う。
その為、来店客がプレイしたいという曲が弾けないのでは話にならない。その為に、ありとあらゆる楽曲をコピーする必要がある。
それは、颯太の腕を上げるのにも一役かっていた。先日のカウントダウンイベントでは、颯太のバンド・スクリームはオープニングアクトに指名された。
好きなヘヴィメタルにだけ集中できる、この職場環境は最高だ。
和馬からの許可もあり、開店の前からスタジオ代わりに店を使わせてもらえるのも良かった。 開店時間までに開店準備を済ませるなら、いくらでも使えと。寧ろ和馬は、そんなふうにこの場所を使ってもらえるのが嬉しいようだった。